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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる  作者: 黄札
第五部 戦わない戦い(前編)三章 シーマ
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81話 襲撃

 それから何日か過ぎ、アスターが騎士団に帰って来た。サチかエドアルド王子(クリープ)を実働部隊の長とすることで、青い鳥との話はまとまったらしい。共闘に関しては承諾してくれたようだ。ただし、ディアナの女王騎士団に組み込むのは、まだ先の話になりそうだった。両者の溝はそう簡単には埋まらない。

 青い鳥の所にいるサチとザカリヤも、まもなく瀝青城に帰ると聞いて、胸のつかえが取れた。報告をシーマと共に聞くミリヤの顔も明るくなる。求婚が失敗してからも、サチはディアナの頭脳として瀝青城で重宝されており、その父親のザカリヤは女王騎士団の要石となっていた。彼らが戻れば、ミリヤの懸念も払拭されることだろう。

 サチたちはエゼキエルに用事があるらしく、魔国に寄ってから帰国するとのことだった。用事とは以前、エゼキエルと話していた時間の壁を出し入れする件かと思われる。壁を利用して、やりたいことがあるのかもしれない。


 王の間にて。登城するや否や、自分の屋敷に帰りもせず、アスターは諫言(かんげん)してきた。相変わらずの傲岸不遜ぶりに、シーマは閉口する。


「だから、行動が遅いと言っておるのだ! 時間の壁はグリンデル水晶があれば、通れる。四者会談の結果は伝わっておるだろうし、ナスターシャはいつ行動を起こしてもおかしくない!」


 国境付近の防衛を強化しろと、うるさいのだ。特にグリンデルと接する北東部、旧シャルドン領に軍を配備しろという。

 シーマだって、油断していたわけではない。かなりの兵数を割いて備えていたつもりだった。それでも、アスターは既存の砦だけでは足りないと、急ごしらえで構わないから、新しく建設せよと鼻息を荒くする。


「費用が……」

「んなこと、言ってる場合か!」


 王の間に怒号が響き渡った。

 野獣の咆哮を慰撫するのは聖なるミリヤの声である。


「簡易なものであれば、費用はたいしてかからないでしょう。建築日数も短く済みます」


 玉座の横に腰掛け、発言するミリヤは堂々たる風格を漂わせている。妃のような扱いにもだいぶ慣れてきた。二人きりの時以外は外向けの話し方だ。

 ミリヤの言葉を受けて、アスターはますます勢いづいた。


「ほら! ミリヤのほうがわかっておる! このボンクラが!!」


 護衛の小太郎以外に誰もいないとはいえ、ボンクラは言い過ぎではないか。カチンと来て、シーマは意地を張りそうになった。ちなみに、アスターは大臣や議会員など要人の前では敬語になる。


 しかし、肘掛に置いた手をミリヤに触れられ、シーマの気持ちは和らいだ。いつだって、彼女は正しい選択を促してくれる。もっと早く出会っていれば、未来は変わっていただろう。結局、新たな砦の建設を許可することにした。

 



 その一週間後、オートマトンが北部の旧シャルドン領に侵攻した。

 砦の建設はぎりぎり間に合い、アスターの判断は正しかったと思い知らされる。嫌味な有能さにシーマは舌を巻くばかりであった。

 魔国に援軍を頼み、アスターは騎士団を率いてすぐさま現地へ向かった。魔国にいたサチとザカリヤも、青い鳥を指揮して参戦する。


 城内は慌ただしくなり、シーマは激務に追われた。王都の守りをより強固にして、不測の事態に備えなくてはならない。防衛戦略会議、諜報会議、一部都市の閉鎖、市民、領主の避難、物資の配給……それ以外にも人々の不安を取り除くための演説を行ったり、内海の諸侯へ協力を要請したりと、やることはたくさんあった。

 ミリヤを瀝青城へ連れて行くどころでは、なくなってしまったのである。早朝から積み上げられた報告書の確認、命令書の作成に追われる。午前中から会議が入ることもあった。深夜まで働き、くたくたになってミリヤを抱いて寝る。優雅な朝食も二人きりの晩餐も当分はお預けだった。


 残念なのは彼女の卓越した知性を活用できる受け皿がなく、持て余される状態が続いたことである。有事の際、役職を持たぬ者は時をやり過ごすしかない。ミリヤはただの愛人であり、それ以上でもそれ以下でもない。夜に疲れ果てたシーマを慰めるぐらいしか、役割を与えられなかった。

 どんなに忙しかろうが、愛人を放置していることは心苦しかった。わかってはいても、現状を変えるのは物理的に不可能で、シーマにできるのは目の前にある職務をこなしていくことだけだったのだ。


 怒涛のような三日が過ぎ、四日目の夜。

 いやにミリヤが甘えてきて、シーマの心に影が差した。しつこく首や耳を舐めてきたり、脇をくすぐってきたり……しまいには寝間着の下にまで手を入れてきた。

 一日退屈していたのだろうが、こちらは十五時間以上、気を張っていたのである。くたびれていて、まぐわう気にはなれない。お気楽な彼女に腹も立った。けれども、触れられれば健康な体は反応し、自然と彼女と交わっていた。愛情深いというより、惰性的で色気のない行為だったかもしれない。おかげで、ささくれだった心は慰められた。

 終わったあとは力尽きて泥のように眠った。

 

 目覚めた時、ベッドの隣が空になっているとは思いもしなかった。

 ミリヤは麝香(じゃこう)の残り香を置き土産に、消えてしまったのである。

 ついに逃げたのか……。予感はしていた。いや、淋しくてディアナの所へ行ったのかもしれない。最近、忙しさにかまけて、全然構ってやれなかった。わざと心配させるため、どこかに隠れている気もする。本棚の影から飛び出して驚かし、心配するシーマを笑って、かわいい仕返しをしたいのかも──だが、部屋の隅々を探しても、ミリヤが出てくる気配はなかった。背筋を氷でなぞられたような気がして、シーマは寝室を飛び出した。

 城内を駆け回り、大声で彼女の名を呼ぶ。誰もが寝静まっている早朝の薄闇のなか、シーマの叫びは反響した。取り乱し、素肌にナイトガウンだけを羽織った半裸状態だ。誰かに見られたら、王は狂ったと思われただろう。幸いと言うべきか、誰も起きてくれなかった。あたり一帯、水を打ったような静けさで侍従どころか、下男下女すら出てこない。


 いつの間にか、シーマは誰もいない崩れ落ちた廃城を一人で走っていた。何もかもが壊され、奪われたあとだ。少年時代に見学したエゼキエル王朝の遺跡に似ている。日干し煉瓦の城壁に囲われた内部は、踏み込んだが最後、魂が迷い果てる死者の迷廊だ。

 幸せは吹き飛ばされ四散してしまったのだと、シーマは理解した。それが、自分の落ち度による結果だとも。あるのは絶望と戦慄だけ──




「シーマ! シーマ!!」


 尖った女の声が耳を打つ。甘い吐息と、柔らかな肉の感触、孤独をじんわり溶かしていく体温が、おぼろげな意識をはっきりさせる。

 一気に情報が押し寄せてきて、心許なげにのぞき込む女をヴィナスかと勘違いした。


「ヴィナス……?」

「……え??」


 ヴィナスは亡くなったのだと思い出し、ならば、自分の上にまたがり見下ろしてくる女は誰なのかとゾッとした。シーマは跳ね起き、女を突き飛ばした。

 小さな悲鳴を上げ、ベッドから落ちる彼女を見て、ようやくそれがミリヤだと気がつく。


「す、すまない……夢を見ていたようだ」

「いたた……あ、わたしなら大丈夫。シーマのことが心配だよ。かなり長い間、うなされていたんだよ」

「ああ……抱きしめてくれ」


 ミリヤは膝立ちで近寄り、背中に腕を回した。白い乳房をシーマの顔に押しつけ、息苦しいほどきつく抱いてくる。シーマは呼吸を乱し、ガタガタ震えていた。悪夢ぐらいでこんなことになるなんて、初めてのことだ。

 気持ちが落ち着くまで、少々時間がかかった。


「夢のなかで、わたしの名を呼んでいただろう?」

 頭上から声が聞こえる。


「どこへも行かない。ずっと、そばにいるから安心しろ」

 ミリヤは男みたいなことを言って、シーマをなだめた。


「怖がらなくていい。これからは、わたしがシーマのことを守るよ」


 湿った息がかかり、銀髪にミリヤが顔を埋めているのだとわかった。これでは男女の立場が逆ではないか。しかしながら、受け身の姿勢は気持ちよく、赤ん坊に戻ったかのような錯覚を起こす。母の温もりを知らぬシーマは(とろ)かされた。

 癒やしは睡魔を呼び、ふたたびシーマは夢の世界へと落ちていった。

明日も更新します。

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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる設定集

cont_access.php?citi_cont_id=495471511&size=200 ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
ぎりっちょ(ギリギリ)でセーフ!! アスターさんやミリアさんの言う事は、ちゃんと聞かないといけないのです!! なんだかんだ言ってても、2人共、色んな意味で経験が豊富ですからね♪ っで、忙しさにかまけ…
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