79話 愛を優先する
会談を終えたその日に、ミリヤは足の手術を受けた。
王室付の学匠数人が助手を務め、魔女のリゲルがシーマの血を患部に流し入れる。断裂した組織に王の血を直接注入することで活性化し、修復するのだという。ただし、時間が経っているため、成功する保証はなく、異物を入れたせいで拒絶反応が起こる可能性もあった。
ベッドに横たわり、処置されるミリヤの手をシーマはずっと握っていた。手術の成功を願う気持ちと相反する想いが、せめぎ合っている。
自由にしてしまえば、どこかへ消え去ってしまいそうで怖い。束縛しようとする自分の浅ましさにも気づいていた。とはいえ、離れるなと縋りついて、みっともない姿をさらすのはプライドが許さない。
麻酔をかけているのに、ミリヤが悲鳴をあげて飛び起きる場面もあった。リゲルいわく、拒絶反応ではないらしい。
「おまえの血とミリヤの組織が結合して、新しい組織に生まれ変わった。急速に増殖し、くっつこうとしているから、回りの骨や筋肉が追いつけずに引っ張られ、痛みを感じたんじゃろう」
シーマの血はミリヤの中で生き続ける。彼女とさらに深いところで繋がれた気がして、嬉しかった。
自分の血は、他の妖精族や魔人とは異なるのか聞いたところ、
「そうじゃな……妖精族の血はもともと回復能力に優れておる。じゃが、そのなかでも王の血は格別といえよう。近いのは人魚の血肉じゃ」
「俺の他にシオン、エゼキエル、サチ……他に同じ血を持つ者はいるか?」
「わしの知る限り、いないじゃろうな? 貴重な血じゃから、守っていかねばならん」
教えてはくれるものの、金髪碧眼の魔女はどことなくよそよそしかった。シーマはあまり好かれていないのだろう。今はエゼキエルに仕えているというが、この女が誰の味方で、何を考えて行動しているかは、はっきりしないままだった。協力してくれたかと思いきや、ディアナ側に立つこともあり、城を占拠された時は、なぜかシーマを逃がしてくれた。なによりヴィナスの願いを聞き届け、シオンを隠してくれた恩義がある。
手術のできる学匠は他におらず、時間経過と比例して成功率が下がってしまうため、魔術師を悠長に探している余裕はなかった。
また、リゲルはミリヤの師匠でもあり、ミリヤはこの胡散臭い魔女を信頼し切っているのだった。
†† †† ††
三日後、ミリヤは劇的に回復した。
以前と同じように走ったり、飛び跳ねたり、できるようになったのである。
「すごいな! 王の血というのは! ほとんど、あきらめかけていたというのに!」
予想以上に早い回復だった。
晩餐のあと、ミリヤは片足立ちで踊り子のポーズを取り、おどけてみせたり、宙返りを披露したりした。自分の力で歩けるのが嬉しくて堪らないのだろう。大変かわいらしいのだが、シーマの胸はキリキリ痛んだ。琥珀色の瞳は嘆きを察知する。
「まだ、わたしが逃げると思っているのか? もう、ディアナ様からは見放されたし、帰る所などないというのに……」
「足が治ったら、守人を辞める理由がなくなるではないか?」
「ディアナ様はお優しいから、一度おっしゃったことを撤回されたりしないさ」
「ディアナは優しくないし、おまえを妬んで手放すのをやめると言い出すかもしれない」
ふぅーーっと、深いところから息を吐き出し、ミリヤは呆れ顔になった。
「あのなぁ、わたしが何年、ディアナ様のそばに仕えていたと思ってるんだ? ディアナ様は、そんな意地悪をするような方ではないよ?」
「おまえはディアナの肩ばかり持つ」
「はいはい。そういう、ひねたことばかり言うから、女の敵に認定されるんだよ?」
ミリヤは滑るように移動し、座っていたシーマの目の前に立った。
一瞬だ。動きを目で追うことはできなかった。瞬きの間に彼女の美しい顔が迫ってきたので、シーマは反射的に軽く仰け反った。
「女の敵でも構わないけど。わたしの敵じゃなければ……」
そう言うと、ミリヤはシーマの首元のジャボをつかんで引き寄せ、キスをした。シーマが付き合ってきたなかに、ここまで積極的な女はいない。
女は守られる存在だと、決めつけていた。男との力量差は歴然であるから、受ける側にならざるを得ないと思い込んでいたのである。
保守的な生き方を貫きつつ、淫らで奔放。これまで、どれだけの男が彼女に魅了されたのだろう。
「妃になってほしい」
と言えば、
「嫌だ」
と返される。なぜかと問えば、「愛人のままのほうが気楽でいい」と。しまいには、
「騎士団でも入ろっかな?」
などと、とんでもないことを言い出す。
「ダメだ! そんな男だらけの所へ行っては!」
「父親かよ?」
過度に心配するシーマを笑って、花が咲いたみたいに彼女の周りだけ明るくなった。
「信じて」と言われたら、むろん「信じているさ」と応える。だが、シーマは絶対にミリヤを手放したくなかった。ゆえに、素早く行動した。
魔族の契約とは違い、守人の場合は双方の合意があれば、証人のもとへ出向かわずとも解除することができる。ありとあらゆる精霊はつながっており、いちいち天界へ赴く必要はないのだ。
ミリヤが歩けるようになった数日後、シーマは彼女を連れて瀝青城を訪れた。守人の契約を解除してもらうためである。
タールで塗り固められた四角い要塞は、シーマの美的感覚からかけ離れている。暗い城は気を滅入らせた。
城内に入るのは二度目だ。即位した直後、ユゼフから譲り受け、確認したそれきりだった。内装も時代遅れで古臭かったと記憶している。その内装を変えるためであろう。城内は工事中で職人が行き交い、騒然としていた。
取り次ぎ役から引き継ぎ、回廊まで迎えにきたイザベラは良家のお嬢様らしく、スカートを広げ、優雅に挨拶した。黒髪はまとめておらず、胸の辺りまで垂れる縮れ毛は緩やかに螺旋を描いている。白いデコルテがまぶしかった。
──意外と美人ではないか?
前回会った時、激しい口撃に遭い、猛女の印象が強くなっていたが、毒気の抜けた状態は、なかなか悪くない。年齢も二十歳に届かないくらいではないか。かといって、ディアナほど幼くなく、豊満なバストが目を引いた。
「ようこそ、おいでくださいました!」
にこやかに挨拶したあと、イザベラはミリヤを見て大げさにはしゃいだ。
「ミリヤ!! 歩けるようになったのね!」
彼女も守人で前世から仲が良かったのだと、ミリヤから聞いていた。戦闘技術を持つ侍女は限られているだろうし、彼女たちはそのなかでも特別だ。ミリヤが自然な笑顔を見せていることから、絆の深さが窺えた。
シーマは快くミリヤの隣を譲ることにした。女の敵という不名誉なレッテルを、早く剥がしてもらいたいものだと願う。
女同士は仲良く腕を組み、華やかな笑い声を立てながら、工事中の回廊を歩いた。シーマはその後ろを静かについて行く。
「アスターは騎士団へ戻ることになったんでしょ?」
「情報が早いな! 誰から聞いたんだ?」
「秘密。そっちの騎士団にも何人か、お友達がいるのよ。イアンも戻ったって聞いたわ」
たわいない女子トークと思いきや、早速情報交換を始めた。抜け目のない女たちだ。
「ああぁ……残念だわ! せっかく来たなら、ザカリヤ様を見ていけばよかったのに。あんな神級の美男子、めったにお目にかかれないでしょう? 残念ながら、今ちょうど留守なのよ」
「一度見れば充分だよ。どこに出かけたんだ?」
「サチと一緒にコルベ島にいるわ。クリープもね。青い鳥をこちらに呼び寄せたいらしいんだけど、思うようにいかないらしいの」
「そりゃ、そうだろう。先日まで敵同士だったんだ……待てよ?」
ミリヤは足を止めた。
「ザカリヤもサウルもいないということは、この城の防衛はどうなっている?」
「心配しなくても大丈夫よ。女王騎士団は連れて行っていないもの。親衛隊もいるしね!」
ヘリオーティスは先日、再解体させたが、女王親衛隊として一部は残っている。シーマからすると、亜人を迫害していた彼らと同じ空間にいるのは耐え難いし、怖れもあった。
振り向いて、少し離れたところから付き従っているジャメルを確認する。ジャメルは少数精鋭で固めた護衛隊を率いている。十人程度で自分を守れるのかとシーマは危惧した。
サチたちの留守を事前に知っていたら、行くのを先延ばしにしたかもしれない。敵城に王自らが少人数で訪れるとは狂っている。
気が急くまま、細かい確認もせずに動いてしまった。ミリヤをディアナから、引き離すことばかりが頭を占めていた。守人としての役目を解かせ、彼女に新しい未来を与えたい──ただ、その一心だったのだ。
危険を顧みず、愛を優先していると自分でもよくわかっていた。




