78話 会談のあと
波乱の四者会談はようやく幕をおろした。
アスターに話したいことがあり、シーマはその場に残った。いい加減、騎士団に戻って来てほしい。なんだかんだ言っても有能な男である。
先に帰らせるわけにもいかないので、ミリヤを連れたまま立ち話した。
「家族も心配しているだろうし、潮時だろう。ディアナと和睦したことで、恩赦を受けてもいい環境が整っている」
「そうは言ってもなぁ……青い鳥をそのままにしておくわけには、いかんし……」
まだ、残っていたサチとザカリヤが話に割り込んできた。
「青い鳥なら、こちらで引き取るよ。ザカリヤもいいって言ってる」
「もう敵対する必要はなくなったのだから、女王騎士団に組み込んでしまおう」
ディアナの女王騎士団は元ヘリオーティスだらけだろうに、犬猿の仲の青い鳥を併合するというのか。
思い切った提案にアスターも困っている。
「上層部は和解したが……末端の意識まで変えるには、時間がかかるのではないか?」
「俺やザカリヤ、エドも説得にあたる。悠長なことは言ってられないよ。一致団結しないと。脅威はすぐ目の前まで迫ってきている」
アスターは腕組みし、考え込んでいる。サチのやり方は急進的だ。今回の会談は成功したものの、運に左右される面も否めない。
「少し時間をくれ。考えてみる」
「そうそう、イアンのことも主国の騎士団で預かってほしいんだよ。ザカリヤの言うことを全然聞かないから、困っているんだ」
臣下に入った我が息子を追い出すというのか? 息子を厄介者扱いしているのかと、シーマはムッとした。不穏な空気を感じ取ってか、サチは弁明する。
「いや、イアンの気持ちはもちろん嬉しいんだけど、うちのほうでは組織がまだしっかり確立できていない状態だから、元の騎士団に戻って経験を積んだ後に戻って来てくれたほうがいいんじゃないかなって……そのほうがイアンのためになると思う。よくわかっているアスターさんのもとでなら、成長できるよ、きっと」
アスターは苦い顔で躊躇している。当のシオン(イアン)は、少し離れた所でティムやジャメルと楽しそうに話していた。
「あのなぁ……バカの世話まで押し付けてくるな! 家来にしたんなら、ちゃんと自分で面倒みろ!!」
サチはピシャリと一喝されてしまった。シーマも、アスターの言うことは正論だと思ったが、同時にこれはシオンを取り戻すまたとない機会でもある。微笑みの仮面を被ることにした。
「まあまあ、シオンも友達がいたほうが、のびのびできるだろう。こちらとしても、監視しやすい所にいてくれたほうがありがたい」
うなだれるサチの味方をした。
「瀝青城は暗いし、夜明けの城のほうがシオンには合っている。また、気が変わるかもしれないだろう? 急に慣れない所でやっていくのは難しいさ」
口汚いだけで、アスターも本当はシオンのことを案じている。いやいやながら、了承してくれた。
「私が騎士団に戻る場合は致し方ない……本当は僧籍に入れるか、ベビーシッターでもやらせるのが一番だと思うが。平時はバカすぎて、ちょっとした用事も済ませられないし、有事はひょっとしたら奇跡を起こす可能性もあるが、だいたいはパニックになって状況をもっと悪くするだけだからな」
シオンに対するアスターの評価は低すぎる。シオンがティムと刃を合わせ、舞い始めていてよかったと、シーマは胸をなでおろした。この会話は聞かせられない。
シオンにだって、できることはたくさんある。アスターは少し言い過ぎではないか――内心、そう思った。
「しかし、シオンは人並み以上に強いのだろう? そんな悪しざまに言うほどか?」
「あいつを一番戦わせたくない奴が何を言う?」
アスターは急所をえぐってきた。シーマはシオンを危険な目に合わせたくない。当然ではないか。奪われ、姿を変えてやっと戻ってきた愛息子だ。シーマの心情を読み取り、アスターの目尻が少しだけ下がった。
「強いか強くないかで言えば、圧倒的に強いよ。人間なんかの私が太刀打ちできないほどな?」
「それなら、どうして……?」
「物理的に強くても、精神が弱ければ使い物にならん。それにあいつは、心に消えない傷を負ってしまった」
──ヘリオーティスに拷問されたことか。
表面上は明るく振る舞っていても、まだ癒えていないのか。
「心が健全ではない者は戦いに向いてないのだよ。自暴自棄に陥り、無駄死にするどころか、周りまで危険にさらす可能性もある」
アスターの目は悲しげで、自虐的な言葉とも受け取れた。シオンを戦わせたくない理由は、シーマと同じだ。
舞を終えたシオンが、にこにこして汗を拭っている。つまるところ、周りがどうこう言っても、本人の意志に委ねられるのだ。シオンの気持ちが騎士から離れてくれることを、シーマは願うばかりだった。
「話は終わったか?」
闘技場の隅でディアナとの別れを惜しんでいたエゼキエルがやってきた。
周りを見たところ、まだ誰も帰っていない。しもべ同士の仲もよく、それぞれに話したいことがあったのか、全員がその場に留まっていた。
「ティム、アレをアスターに渡そう」
ティモールはシオンとの剣舞に夢中で、荷物を円卓の上に投げ出していた。
「こら! ちゃんと持っていないとダメではないか!」
叱るエゼキエルにユゼフの影がチラつく。結局、甘い。
ティモールは傾いたトサカを直しつつ、「すんませぇーーん」とヘラヘラ謝っている。このふざけた態度に激怒しないとは、よほどのお人好しである。
ティモールは大きく膨らんだ巾着袋を抱えて持ってきた。
「魔瓶っすねー! 五百本あるかな?調教されたグリフォンが入ってます」
現在、主国騎士団のグリフォン隊は五百騎。これを合わせれば、千になる。魔瓶に封じ直すのはエゼキエルでないと無理なので、全頭は戦闘に使用できないかもしれないが、戦力としては充分な数だ。
「足りなければ、もっと作って送るが……。乗りこなせる騎士を育成するにも、時間がかかるだろう? ひとまず、これだけ渡しておく」
「おお……! これはありがたいことだ。しかし、私はまだ夜明けの城に戻るかわからないのでな? シーマに渡しておくがいい」
「それと、以前申していた採血は滞在中にしておこうと思っている」
「うむ、非常に助かる!」
シーマは聞いていなかった。アスターが間髪を入れず、説明する。
「ユゼフやイアンの血は回復効果がすごいだろう? だが、持ち歩くと鮮度が落ちてしまう。私が世話をしている学生が血を粉にする技術を開発してな? 戦になった時の治療薬として、衛生兵に渡しておこうと思っていたのだ」
「なるほど……」
その技術とやらを、主国の騎士団でもぜひ役立ててほしいものだ──アスターはシーマの考えを察し、補足する。
「知恵の島にいるレーベだよ。直接頼みにくいのなら、うちの娘かダーラに仲介してもらえばいい」
「おまえが戻ってきてくれたら、面倒なやり取りはいらない」
「だから、少し時間をくれと言ってるだろう?」
このやり取りの間、ディアナが近くまで来ていた。目当てはエゼキエルだ。ディアナは懐かしい愛称でエゼキエルを呼んだ。
「ぺぺ。私、もう行くわね。瀝青城に来て。約束よ?」
首肯するエゼキエルにディアナは光る珠を差し出した。
シーマは目を疑った。珠が光っているのがめずらしいのではない。膨大な霊気を内包し、滲み出る力を具現化して光を放っているのだ。見るのは初めてだが、話には聞いている。あれはもしや……
「竜の珠よ。私の臣下の者がイアンから奪ったもの。あなたが持っていて」
シオンも気づき、目を剥いている。我が息子が命がけで手に入れたものだ。両手に収まるほどの珠は心臓のように淡く脈打ち、柔らかな光を明滅させていた。
シオンから強奪しておいて、それは酷いのではないかとシーマは憤った。
「盗んだものは、本来の持ち主に返すべきではないのか?」
二人の会話に割って入ってしまった。ディアナはシーマの非難を弱々しく受け止める。
「でも、これはぺぺを……彼を殺すための道具でしょう? 私は大事な人を亡くしたくないもの。加害するつもりで得たものを返したくはないわ」
声は小さく、シーマを恐れているのがわかった。しかし、弱いながらも視線は外さず、青緑の瞳からは確固たる意志が感じられた。
エゼキエルはすぐに受け取れずにいた。
「いいよ。それはエゼキエルが持っていてくれ」
シオンが走り寄ってきて、エゼキエルを促した。
「俺が死ぬ思いで手に入れたものだけど、今は必要ない。ユゼフはエゼキエルだし、エゼキエルもユゼフなんだ。いつか、ユゼフの……ぺぺの記憶が戻ってほしいとは思う。でも、エゼキエルにはそのまま生きていてほしい」
「海の宝であろう? 竜を倒し、手に入れた戦利品を渡してしまってもよいのか?」
エゼキエルはシオンに遠慮しているようだ。
「俺にとっての宝は、珠なんかじゃない。親友と共に戦った、その時間こそが宝なんだ。 だから、エゼキエルを傷つける可能性のあるものはエゼキエル本人が持つべきだと思う。ディアナ様の選択は正しい」
シオンの目には迷いがなかった。胸元に手をやり、服の下にあるお守りを触る。
「戦わない道を選べばよい。戦わない、戦わせない選択肢も必ずある……って、親友が言った通りになった。これほど喜ばしいことはないよ。今まで、頑張ってきたことが全部報われたんだから」
無垢の言葉は胸に響いた。シーマは息子の心を護ってやりたいと思い、エゼキエルはその望み通り、竜の珠を受け取った。
ここまで、長い物語にお付き合いいただき、ありがとうございました。
あと四話で第五部前編が終わります。来週は土曜日まで更新して、後編は1/28(水)より連載再開します。




