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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる  作者: 黄札
第一部 新しい王の誕生(前編)五章 温かい食卓と疑心
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81話 クレセント②(シーマ視点)

 シーマは剣を抜いた。弓なりに反ったクレセントは銀色の光を放つ。

 カオルとウィレムは喫驚している。目を剥いて、クレセントを凝視する顔が滑稽だった。シーマの機嫌は少しだけ回復した。


「そりゃ驚くだろう? イアンがこれにそっくりな偽物を持っていて、俺も驚いた。この剣は三百年前、ガーデンブルグ王家から、我がシャルドン家が(たまわ)った物だ。エゼキエル王がエデンへ行った際、手に入れた物と聞いている。エデン語で“カタナ”というのさ。切れ味は骨をも裂くほど鋭い」

 

 妖しい光を放つ刃に、カオルとウィレムは釘付けにされる。


「さて、今からいくつか質問をする。正直に答えなければ、どうなるかわかるな?」

 

 シーマは笑みを浮かべ、宣言した。狼狽するグリンデル人たちには、ジェフリーが弁解する。こういう時、黒髪直毛優等生は役に立つ。


「この二人はイアン・ローズの家来だった者たちです。ローズ城に詳しいので連れてきました。剣を抜いたのは嘘を見抜くためです」


 シーマは刃先をカオルとウィレムに向け、


「まず、ひざまずけ」


 と、厳かな声で命じた。

 広間にはグリンデル人、シーマとジェフリーの他はカオル、ウィレムしかいない。丸腰でも抵抗される可能性があった。シーマが平然としていられるのは、彼らが虫けらだと確信しているからだ。


「一つ目の質問。イアンとサチ・ジーンニアはこの城のどこかに潜んでいるか、否か? いないにしてもいるにしても、納得できる理由を述べよ」

 

 この質問に対し、答えたのはウィレムだ。顔を強張らせていても、反応できる点は誉めてやりたい。


「イアンたちは、いません……理由はイアンの鳥のダモンがいないからです」

「鳥?」

「醜く騒がしい鳥で、イアンはなにより大切にしています。逃げたのなら、ダモンも必ず連れて行くはずです……この城に残っていれば、騒がしい鳥なので気配で気づきます」


「醜い鳥をそんなに大切にしているのか? あの唐辛子頭が?」


「ええ。十歳の誕生日に贈られたそうです。イアンが喜ぶようなメッセージを添えて、毎年誕生日に匿名でプレゼントを贈って来るんですよ。二十歳の時には、白馬をプレゼントされてました」


「喜ぶメッセージとは?」 

「おれが聞いたのは「あなたの美しい髪が愛おしい」とか……それからイアンは髪を伸ばし始めたそうです」

 

 シーマのうしろで、ジェフリーが吹き出した。これは笑える。外見を馬鹿にするのはよろしくないが、イアンの赤毛は美しくない。


「こら! 笑ったら、かわいそうだろうが!」


 シーマはジェフリーを注意し、ウィレムに向き直った。


「奴らがここにいない理由としては弱いが、おもしろいことを聞いた。そのダモンという鳥を見つけたら、イアンの目の前で毛をむしり、串刺しにしたあと、丸焼きにしよう」


 シーマはウィレムからカオルに視線を移した。ウィレムはわかりやすい。ペラペラ話すことで、馬脚を現すタイプだ。何も隠し事をしていないときは、どうでもいいおしゃべりに転じる。なにか隠しているのは女みたいな顔のこいつ、カオルのほうだ。


「二つ目の質問だ。人質の正確な人数を言え」


 シーマは視線をウィレムへ戻した。今度は軽薄なウィレムも、注意深く言葉を選ぶ。とたんに歯切れが悪くなった。


「おれはイアンと共に王城へ突入したので、瀝青城(れきせいじょう)にいた捕虜や人質を移送した件には関与してません。最初、人質はもっといたんですが、何者かに毒を盛られ、五人の王子が亡くなったと聞いています」


 毒を盛ったのはガラク・サーシズの配下だ。シーマが黒幕だと知らぬウィレムは、調子を崩さず話し続ける。


「だから、おれの知る限り、この城へ移送されたのは、グリンデルのお客様二人とイザベラ・クレマンティとシーラズ卿だけです……あ、シーラズ卿だけは王城へ向かう途中に人質移送組へ送りましたが……」


 ウィレムの話が終わると、シーマは鋭い視線をカオルに浴びせた。


「カオル・ヴァレリアン」

 

 カオルはシーマの目を見ようとはしなかった。かわいそうなぐらい怯え、唇まで白くなっている。長い睫毛が震えるさまは憐憫を誘った。ただし、女だったらの場合だ。


「おまえは人質を移送してから、ずっとここにいた。ホモのリンドバーグを寝返らせ、ジニア|(サチの愛称)とイアンが我がシーラズ城を襲撃するまでは」


 カオルは下を向き続けている。シーマはクレセントの刃先を、カオルの眼前にちらつかせた。


「カオル・ヴァレリアン、おまえに聞く。人質の数は何人だ?」

「……」

「顔を上げろ! そして答えろ! 嘘は許さない」


 顔を上げたが、カオルの茶色い瞳は泳いでいる。よく見ると、虹彩の回りに緑が滲んでいて金緑石のようだ。うっかり見入ってしまいそうになる。

 たどたどしくカオルは答えた。


「……城を……おとなしく明け渡せば……命は助けると……」

「それはその時の話だ。今はまた別の問題が生じたので、おまえの裏切り如何(いかん)によっては、命の補償ができなくなった。さあ、何人だ? 答えろ!」

「……三人だ」


 シーマはキレた。プツッと。

 素早くうしろへ移動し、ソファでことの次第を見守っていたボワレ大使を刺した。皆が唖然とするなか、凶行に及んだのである。


 強い怒りに支配されながらも、冷静な自分も残っている。ゆえに凶刃はカオルではなく、情報を持たぬ部外者へ向かった。隣に座っていたベナール大臣が驚きと恐怖で、ソファから滑り落ちる。


「血迷ったのか!?」


 叫び、這うように逃げるベナール大臣の背中ををシーマは斜めに斬った。鮮血が飛び散り、ソファと床は血まみれになる。さらに肩甲骨の間を刺し貫いた。

 そこで、ボケッとしているジェフリーに気づいた。


 ──使えん奴め。主だけに汚れ仕事をさせるつもりか?

 

「ジェフリー、そっちのとどめを頼む!」

 

 シーマが言ってやると、やっとジェフリーは我に返った。ジェフリーの剣は針のごとき細剣である。シーマは彼を見栄えと従順さだけで、連れ歩いているわけではない。剣に関しては相当の腕前だ。ジェフリーはシーマの用心棒も兼ねている。


 血まみれの胸を押さえ、逃げまどうボワレの首をジェフリーはひと思いに刺した。見事、一撃で仕留める。

 シーマは骨に引っ掛かった剣を抜くため、大臣の背中を足で蹴り倒した。うつ伏せに倒れた大臣はまだ、もがいていた。

 肉と金属が擦れ合う音に鳥肌が立つ。有機物と無機物は相性が悪いのだろう。ドジュッとか、ズシュッとか、グジュッとか……気持ち悪い音だ。それなのにゾクゾクしてしまう。シーマはその音を何度も味わった。何度も何度も……

 繊維が鉄に擦れる。血が飛び跳ねる。骨に当たる、ゴンッ! 血管が千切れる、プツン!


 シーマはもがく大臣の背中を、動かなくなるまで滅多刺しにした。

 ジェフリー、カオル、ウィレムの三人は、その様子を突っ立って傍観した。

 

「一太刀でやるのは、なかなか難しいな?」

 

 上衣の袖で、顔に飛んだ血をシーマは拭う。


「ガラクの時もそうだった。一度では死なず、汚い血で服を汚してしまった。ジェフリー、おまえの腕前に敬服する」


 ジェフリーは無言だ。口の端がピクピク痙攣している。


 ──ああ……残念だ。おまえは人間だったな?


 シーマは少しガッカリする。ここにいるのが、ユゼフだったらどんな反応をするのかと、つい想像してしまう。ユゼフは自分をここまで暴走させたりしないだろうが。


「なに、心配いらない。馬鹿イアンが捕虜を殺したことにすればいい。誰も疑問に思わない」

 

 シーマはジェフリーを安心させるべく、優しい言葉をかけた。しもべを気にかけるぐらいのことはする。ジェフリーがユゼフに比べて無能だからといって、冷たくしたりしない。シーマは寛容なのだ。だが、嘘つきには厳しくあたる。

 シーマはカオルに向き直った。


「さあ、もう一度だけ聞くぞ。人質は何人だった?」


 血に濡れた刃をカオルの顎に当て、顔を上げさせる。

 カオルはガタガタ震えていた。今にも、漏らしそうだ。漏らしたら、床を舐めてもらおう。


「ほら、このシーマ様の目を見て答えろ! 何人か?」

 

 シーマはいつものように微笑んだが、カオルは顔を歪めるだけだった。綺麗な男をいじめるのは楽しい。


「ん? ちゃんとはっきり言え。なに言ってるか、わからん」

「こいつ、ビビって声が出ないんですよ」

 

 ジェフリーが嘲笑する。突然の大惨事にまごついていたのが、戻ってきたようだ。それでこそ、我がしもべだとシーマは思う。


「……ニケ……王子が……」

 

 カオルは、やっとのことで声を出した。


「ニケ? 末のニーケ王子のことか?」


 ジェフリーが問うと、カオルは二回うなずいた。首振り人形だ。

 そうか、生きていたのか。ガーデンブルグ王家最後の男児が──


 サァーと体温が下がっていく。完璧だった計画に小さな綻びが生じた。それもこれも、彼のせいなのだろう。サチ・ジーンニア。


「ジェフリー、このボンクラ二人を見張っとけ。俺はやることがあるが、数分でここを発つ」


 シーマは剣を鞘に収めた。笑っている場合ではない。

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