76話 四者会談⑤
とんだ茶番を見せられた。
アスターが咳払いし、会談は再開する。
「サチは残念だったな……そう、にらむな! 会談中に勝手な行動をとるからいけない。自業自得だ」
「にゃごろーーーん」
哀れ。サチは猫にまで嘲笑される。しかしながら、この恋愛劇は好意的に捉えられたらしく、場の雰囲気がさらに丸くなった。アスターはエゼキエルに意思確認をする。
「サチ……サウルを加害しないと約束できるか? 前世での諍いを水に流すと」
「約束しよう」
恋愛に勝利したエゼキエルは席を移動し、ディアナの隣に座った。ディアナをサチと挟む形になる。精神的優位に立ったことで、寛容になったようだ。
「これで、話し合う議題はなくなったな? あとは合意文書にサインして……」
「まだ話したいことがある」
シーマはアスターの進行を遮った。
「ディアナに対してだ。ミリヤの守人の契約を解除してほしい」
放心状態のディアナはすぐに内容を呑み込めないらしく、白けた沈黙が生まれた。ややあってイザベラが尋ねる。
「ミリヤはどう思ってるの? 解除してほしいと思ってるの?」
ミリヤは話し合いに参加していた時とは打って変わり、鈍重な様子だ。
「わたしはディアナ様をお守りしたい……でも、ろくに歩けもしない体で責務を果たすことは無理だと思っています。お許しいただけるなら、解除していただけると……ありがたいです」
最後のほうは消え入りそうな声だった。ミリヤが拒否しなかったので、シーマは胸をなでおろした。ディアナは顔の中心に皺を寄せ、怪訝な表情になっている。
「どういうこと? ミリヤは私から離れたいと言っているの?」
ミリヤは押し黙り、イザベラが答える。
「そうですね。ミリヤの処遇はシーマ陛下に一任されているので、どのみち帰ってくることはできませんが、ディアナ様の守人をやめたいと申してます」
「どうして??」
「それは……ですね……」
イザベラは言いにくそうにしている。皆まで言わせるなとシーマも思う。イザベラはディアナの耳元でささやいた。
「……そういうこと?……わかった。好きにすればいいじゃない。美人は得よね?」
ディアナは嫌な言い方をした。自身がお姫様扱いされるまえだったら、もっと荒れただろう。
「別におまえがいなくなろうが構わないわ。お得意のぶりっ子でうまく仕留めたんでしょうよ。高慢で嫌味な男だけど、おだてるのが上手なおまえなら、やっていけると思うわ。お似合いよ?」
ディアナはそれだけ言い、フンと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。ミリヤは下唇を噛み、顔を上げられずにいる。ディアナのこの性格の悪さを見て、何も言えない周囲の男どもはボンクラである。シーマは反論せずにはいられなかった。
「そんな言い方はないだろう? 今まで、君のために誠心誠意尽くしてきたのに、優しい言葉すらかけられないのか?」
ミリヤが失ったのは歩くことだけではない。拷問にかけられた体は傷だらけだ。これまでディアナのために、やってきたことを考えると、心が痛まずにはいられない。
責められるとは思っていなかったのか。ディアナは目を見開き、シーマを凝視した。その既視感のある顔の前に、イザベラが立ちはだかった。
「ちょっと! 女同士のあれこれに立ち入らないでくれます?? なんにも知らないくせに主観と正論で決めつけて、片方を悪者に仕立て上げるなんて愚か者の極みです。女社会では暗黙の了解があるのですよ? ディアナ様はこう見えて、ミリヤのことを大切に思っているし、心配もされています。突き放すような物言いをするのは、未練が残るからに決まっているでしょうが!」
猛烈な勢いでまくし立てられ、シーマは圧倒された。
「これだから、女心のわからない男は……堂々と不倫するような男って、ほんとしょうもな……」
あげくの果てに罵られ、女の敵に仕立てあげられてしまった。立つ瀬がなくなったシーマは、口をつぐむしかない。アスターがやれやれと肩をすくめた。
「寝ている犬を起こすな……という、ことわざがあってな……」
犬とはイザベラのことか。犬というより狼だ。凶暴すぎる。
“犬”という言葉を咎められるまえに、アスターは話を切り替えた。
「もう、いいな? とっとと、同意書にサインしてくれ! お開きにするぞ! 同じ空間にいると、ずっとケンカし続けるだろう?」
終了させようとした時、これまで置物のようだったクリープことエドアルド王子がアスターに耳打ちした。
「あっ! そうだった、すまんすまん。存在感が薄すぎで、すっかり忘れていた……グリンデルのエドアルド王子からお話があるそうだ」
王子に対して、ひどい扱いだ。なお、現在のアスターはただの無職である。シーマ以外の者たちも同じ感想を抱いたようで、何人か苦笑している。後ろからジャメルが野次を飛ばした。
「盗賊の会合じゃないんすから!」
「あいにく盗賊なんぞになったことはないから、それがどのようなものか、わかりかねる。野良犬には懐かれるようだがな?」
白々しく返すが、ジャメルも負けてはいない。
「野良犬も育てれば、立派な猟犬になります」
「猟犬になれたのなら、素質があったのだ。審美眼には自信がある」
アスターは満足げにジャメルとカオルを交互に見る。
「それでは、殿下のお話を謹んで聞くがよい」
そつなく、エドアルドに場を譲った。
眼鏡を押し上げるエドアルドは終始、無表情である。以前ほどは、みすぼらしくないが、仕立ての良い服を着ていても、王子というより侍従とか役人に見える。彼をアスターの秘書か何かと勘違いした者もいるのではないか。
まず、エドアルドは抑揚のない声で名乗り、会談の席を設けたことに感謝の意を述べた。それから、ここ十五年の間にグリンデルで起こった騒動について説明した。
母であるクラウディア元王妃が反逆罪と不義密通罪を言い渡され、死刑にされたこと。自身も追われる身となり、魔国でドゥルジの奴隷としてしか生き延びる道がなかったこと……
「サウル王の生まれ変わりである弟だけが、望みの綱でした。私は母の汚名を雪ぎ、グリンデルを正しい道へ導きたいと思っています。皆様が弟の呼びかけに応じて集まってくださったこと、こうして協力関係を結ぶことに合意してくださったこと、重ね重ね申し上げますが、感謝の念に堪えません」
長く、つらい戦いであったことは想像に難くない。そして、まだ終わっておらず、これからなのだと改めて痛感する。シーマはエドアルドには同情していた。
この会談は和睦が大きな目的に見えるが、グリンデルに対抗するための軍事同盟の締結という別の側面も持っている。……いや、サチ・ジーンニアの本来の目的はこちらだろう。ディアナの王配としての権力が得られなかったとはいえ、まずまずの成果は上げられたのではないか。
主国が団結し、魔国の脅威も取り除かれた今、敵は一国に絞られた。




