74話 四者会談③
ヘリオーティスに関しては、意見が真っ二つに割れてしまった。新国民対、亜人含む旧国民の構図ができあがる。シーマとエゼキエルはヘリオーティスを憎悪しており、ディアナから取り上げなければ気が済まない。アスターもシーマたちと同意見だ。
懸命に書きとっていたシオンが顔を上げ、挙手した。アスターは苦い顔で発言を許可する。シオンが大勢の前でまともに意見を述べられるのかと、シーマはハラハラした。
「俺は亜人と人間、両方の世界で生きてきた。両方のいい所、悪い所を理解しているつもりだ。人間にも悪い者がいて、亜人にも悪い者がいる。その逆もあって、いい人間もいるし、亜人だって必ずしも粗暴ではない」
赤毛と柘榴石の瞳はヴィナス譲りだ。物怖じせずに話せるシオンをシーマは誇りに思った。
「亜人の友達を苦しめていたヘリオーティスが、俺の主であるサウルを救った。だが、仲間だと思っていた青い鳥は貴族だからという理由だけで、女子供の命を奪おうとした。俺の親友は、人間から恐れられるような強い力を持つ異形だが、理由なく殺したり、喰ったりすることはない。聡明でいつも正しい選択をする……俺が言いたいのは、ええと、つまり……」
「組織性ですべてを判断できないということだ」
サチがシオンの言葉を継いだ。
「組織自体が腐っていると、その中にいる者たちの行いも悪くなる。個々に責任を負わせることが正義じゃない」
「其方はヘリオーティスを残してよいと考えるか? 人間どもの犬め!」
エゼキエルはやや感情的になっている。気持ちがシーマにも痛いほどわかった。
「感情に任せて復讐をしても、根本的な解決には至らない。だから、俺は復讐をやめた」
サチはグラニエを失っている。淀みない瞳はそのことを訴えているのだろう。
「ヘリオーティスはディアナを護るために必要な組織だ。再解体して編成し直すが、殲滅はしない」
エゼキエルの体から瘴気が立ち上った。前世で殺された恨みもある。くわえて、愛する女を盗られたことで憎しみが倍増しているかと思われた。シオンと同じく、わかりやすい男だ。つねに感情を押し込めていたユゼフと、エゼキエルの決定的な違いはここにある。
無言の応酬はしばらく続いた。エゼキエルが殺意を向けて来ても、サチは視線を外さない。こちらは余裕の表情である。とことん小憎たらしい。
その間、カオルが大きめの石盤に決定事項と意見が対立している議題を箇条書きにする。皆に見えるよう支え木を添え、自身の席に立てた。
「亜人や旧国民の権利を認めることについて、女王陛下はどのようにお考えでしょう?」
「にゃーご!」
カオルは母親に対し、よそよそしい物言いをする。親子関係は悪いのかもしれない。問いかけるような鳴き声を上げる猫はアスターの抱擁から逃れ、円卓の上に乗った。
「私自身は亜人や旧国民を嫌悪したり、差別したりすることはない。アフロディーテの生まれ変わりと言われているが、前世の記憶はないし、虐げられているのは気の毒だと思っている」
「ヘリオーティスの非人道的な行いをどのようにお考えですか?」
「弱き者を虐げることがあったのなら、それは正義ではないと思う。犯した罪は償うべきだ」
「例え話ではありません。実際に亜人は大量に殺戮されています。奴隷として売られ、家畜以下の扱いを受ける者たちも存在します。まごうことなき事実に向き合うべきでは?」
「にゃにゃにゃ……」
なるほど。息子は反ヘリオーティスか。ディアナは言葉に詰まった。こういう時に出しゃばるイザベラは黙っている。猛女の代わりにミリヤが言い返した。
「ヘリオーティスも惨殺され続けています。亜人の方々には、お心当たりがあるのでは?」
ミリヤはシーマに刺すような視線を投げた。愛する毒花はヘリオーティスだ。
「報復すれば、次の報復が待っている。復讐の連鎖は終焉を知らない」
と、サチ。
「ここで恨みごとを言っても仕様がない。親しい者を失ったのはお互い様ではないか?」
アスターは冷静である。
「我々はずっとそのように戦ってきた。奪い、奪われ、憎み、呪い……すべてが空しいだけだ」
ポロッとこぼした本心が胸をえぐった。
「護るために必要なのは戦いじゃない。わかり合うことだ」
シオンの言葉を最後に場が静まった。
間を置いて、次にアスターが口を開いた時には、熱された空気はだいぶ冷やされていた。
「まとまらないのはローズ領とヘリオーティスの件だが、それぞれどちらかを譲歩するわけにはいかぬだろうか? たとえば、シーマはローズ領を譲る代わりに、ヘリオーティスを殲滅するとか?」
「どちらも譲りたくない」
「ディアナはどうだ? ローズ領をあきらめて、ヘリオーティスを残すか……?」
「ローズをあきらめるなら、解体後もヘリオーティスを違う形で残してもらわないと……自衛ができない」
「だ、そうだ。エゼキエルはヘリオーティスを殲滅したとして、ディアナの安全の確保を約束できるか?」
「そっ、それは……」
「ディアナが危険にさらされても、構わないのか? このままいくと交渉は決裂するから、シーマは瀝青城に攻め入るだろう。シーマと共にヘリオーティスとディアナを打倒するか?」
「そんなことはしない!! ディアナを加害するようなことは!」
エゼキエルは声を荒らげた。対するアスターの声は落ち着いている。
「ヘリオーティスを徹底的に潰せば、ディアナを殺すことになる。ディアナも、そこにいるミリヤもヘリオーティスなんだよ? ヘリオーティスを壊滅に追いやるということは、彼女らを見捨てることと同義だ」
正論だ。エゼキエルは言葉を返せなかった。アスターの言葉はシーマにも向けられている。エゼキエルがディアナを失くしたくないように、シーマもミリヤを失いたくなかった。
議論が途切れ、しばし思考する時間が与えられた。
サチがディアナと小声で話している。シーマも含めて、聴力の優れた亜人たちには彼らのやり取りは筒抜けだった。女王は祭り上げられていただけで、無力だということはわかりきっている。そして、会談はサチ・ジーンニアの筋書き通りに進んでいた。
シーマのほうを向くディアナは小刻みに震えており、円卓の下で手を握るサチがいなければ、声を発することさえできないと思われた。
ディアナが勇気を振り絞って出した答えは、
「ローズ領をあきらめる代わりに、ヘリオーティスの一部を女王親衛隊として残すことを認めてほしい」
シーマは横で呆然自失するエゼキエルの意見を求めたが、何も言えないようであった。サチに依存しきっているディアナを見て、ショックを受けているのだろう。
シーマはうっすら涙を浮かべるミリヤにうなずいてから、ディアナに向き合った。向こうから譲歩してきたのだ。こちらがヘソを曲げ続けるわけにはいかない。
「いいだろう。だが、女王親衛隊として残した場合、こちらが監査に入る」
ディアナは首肯し、後ろで待っていたイザベラが、「異存ありません」と答えた。
天幕の下に割れんばかりの拍手が鳴り響いた。始めたのはシオンかジャメルか。そこにいる全員が立ち、手を叩いていた。激しいやり取りのあととは思えず、皆が皆、笑みを浮かべ、角の取れた顔をしている。アスター、シオン、カオル……エドアルド王子だけが無表情だ。しかめっ面のエゼキエルの背後にいる骸骨も、何を考えているかわからない。ティモール、ジャメル、イザベラ、ミリヤ、サチ、ザカリヤ……円卓を囲む彼らの顔を見ていると、シーマは穏やかな気持ちになれた。




