73話 四者会談②
謝罪が終わったところで、ヴァルタン領とローズ領の所有権について話し合うことになった。エゼキエルとの話はついているため、シーマはヴァルタン領を譲渡すると伝えたのだが……
「ローズ領は?? ローズ領はもともとディアナ様のものでしょう? お返しくださいませ!」
謝罪の時にしゃしゃり出た猛女──イザベラ・クレマンティが異議を申し立てた。
「ローズ領は余のものだ。無理やり強奪されたのを取り戻しただけで……」
シーマがかしこまった話し方をしているのに、猛女が遠慮する気配はない。
「本来、王権はディアナ様が引き継ぐはずでした。権利も領土も何もかも奪い取っておいて、それはないでしょう?」
「あとから見つかった遺言書とやらの信憑性は低い。検証をするのであれば、エデン卿を呼び寄せねばなるまい」
「エデン卿を味方に取り込んでおいてから、証人として呼び寄せるやり方には賛同できかねますわ」
「他に証人はいないだろう。先王の筆跡を知る者を探し出さねばなるまい」
「これも、とっても不思議なことなのですが、先王の側仕えをしていた者たちは皆亡くなっているのです。謀反で生き残っていた者たちまで不審死を遂げているのですよ? 明らかに、何らかの力が働いてますわよね?」
「何を申したいのかわかりかねるが、証人がいないということは証明できないということではないのか?」
「いいえ。状況を精査し、包括的に判断する必要があります。なんなら、法廷で争うべきかと」
ただのお嬢様かと思いきや、この女が一番の癌だったのだとシーマは思い知った。今まで、ノーマークだったのが悔やまれる。隣にいるエゼキエルと目が合うと、
「朕はローズ領に関しては、わからぬ。現世での争いごとには関わっていないため、発言は控えさせていただく」
早々に戦線離脱を宣言された。これなら、ヴァルタン領は意地でも守るべきであったとシーマは後悔する。一向に引く様子のない猛女に対し、戦える者はシーマ陣営にはいなかった。ミリヤはディアナ側へ行ってしまい、ジャメルは護衛。うっかり、元の持ち主だったシオンを見てしまって、慌ててシーマは視線をそらした。
シオン=イアンということは周知されているだろうが、公言はできない。なぜなら、シオンは先の謀反の首謀者で、死刑になるべき大罪人だからである。
涙の乾いたディアナは当然のごとくイザベラに主張させているし、サチとその後ろにいる美男子──ザカリヤ・ヴュイエも眉を下げて、微苦笑している状態だ。猛女を止められる者は誰もいない。
シーマの視線は最終的にむさ苦しい髭面へと移った。アスター……
「は?? 私か!?……助けを求めて、こっちを見てくるんじゃない!」
露骨に拒絶された。他に戦える者はいないのか。シーマは音を上げそうになった。猛女はますます勢いづく。
「本来、主国の女王となるべきディアナ様が夜明けの城から追いやられているんですもの。大陸の半分をいただけないのは理不尽だと思いますわ」
「だから、ディアナに主国を治める資格があるかどうかは、確定していない」
「ですから、法廷で争っても構わないと申しているではないですか? この会談で結論が出なければ、持ち越してもいいと思います」
「裁判になった場合、負けても実力行使に訴えないと約束できるのか?」
「それはお約束できませんわね。そちら側が卑怯な手を使わなければ、絶対に勝訴する案件ですから」
「勝ち負けを判断するのは君ではなく、裁判官だ」
「正義は法の下にあります。裁判官が買収されていた時、真の正義は下されません」
「不正を働くという前提で話すのは、やめてもらえないか?」
「後ろ暗いところがあるから、逃げ腰になるのです。こちらがある程度、忖度差し上げているのはご存じですわよね? 裁判になったら、すべてが明るみになりますわよ?」
ついに脅してきた。謀反の時、真っ先に始末すべきはこの女だったと、シーマは奥歯を噛んだ。そういえば、今は亡きニーケ王子の暗殺を防いだのは彼女だったかもしれない。
このままいくと話し合いは決裂し、和睦の話が白紙に戻ってもおかしくなかった。ローズを手放すことは完敗を意味する。ディアナに完敗するぐらいならシーマは椅子を蹴って、背を向けてもいいとすら思った。
助け船は思わぬところからやって来た。
冷徹なアーモンドアイはミリヤの瞳と同じ琥珀色をしている。以前は黒ではなかったかと、シーマはサチ・ジーンニアのまっすぐな視線を受け止めながら思い出した。サチはシーマを一瞥してから、正面のアスターに向き直った。
「アスターさん、次の議題に移ってくれないか? 他の話を進めることにより、譲歩できる点が見つかるかもしれない。どれを譲ってどれを貫くのか、互いに見えてくると思うんだ」
「構わぬが……次はもっと荒れること間違いなしだぞ? いいのか?」
「望むところだよ。これを機に思っていることをぶつけ合えばいい。本音をさらけ出して初めて、仲直りができるだろう」
「よーし……じゃあ、言うぞ?」
「にゃぅおあーん!」
猫の合いの手のあと、出てきた言葉は、
「ヘリオーティス」
この言葉が出てきては、まとまるどころか、いっそう溝が深まるだろう。頭痛がしてきて、シーマは眉間を押さえた。
アスターは諦観しきった笑いを浮かべる。ここで初めて自分の意見を述べた。
「進行役として、意見を申すのは憚られるが、私個人はヘリオーティスを徹底的に潰すべきだと思っている。感情論を抜きにしても彼らは危険だと思うし、国益に貢献するとは思えないからだ」
「同感だ。ヘリオーティスは残してはいけない」
シーマは思わず、同調してしまった。隣のエゼキエルも反応する。
「亜人をこれまで、さんざん虐げてきた連中を許してはならない」
この件に関しては味方が多そうだ。サチも亜人だから気持ちは同じだろう。
皆の視線が少年のような姿形の彼に集まった。丸みを帯びた短髪の先だけ金髪になっている。変装で染めていたのか。幼い見た目はディアナとお似合いだった。
「俺か?……先にディアナの意見を聞いてほしい」
サチは口調を普段と変えず、ディアナに目配せした。なぜか、イザベラがおとなしくしているので、皆がホッとしている。
「一国の女王として認められるなら、ヘリオーティスは活動停止してもいい」
小さめの声でディアナはハッキリ断言した。
順当であろう。争いを激化させたのはヘリオーティスだ。
「ただの口約束だけではダメだ。すでに解体したにも関わらず、再興しているではないか? 彼らの犯してきた罪の数々を詳らかにし、処罰せねば」
アスターが厳しい意見を言った。
「何人かは処罰の対象になると思う。でも、全員じゃない」
ディアナの回答は自信なさげだ。猛女イザベラが口を開いた。
「ヘリオーティスは再編成し、女王親衛隊として一部は残る予定です。これまでの活動を維持していきたい者たちとは、決別すると思います」
形を変えて残るのでは意味がない──シーマと同じく、エゼキエルも納得できないようだった。
「組織を残しては、これまでと変わらないではないか? 活動を続ける者たちと決別するだけで、捕縛はしないのか?」
ディアナに甘いエゼキエルであっても、憤りを隠しきれずにいる。イザベラはとたんに歯切れが悪くなった。
「女王親衛隊として残った場合、定期的に監査するとは思います。去る者たちを捕えることは、かつての仲間ですから、さすがにできません。ただ、援助はしませんし、あなた方に捕らえられた時は制裁を受けても仕方がないと考えています」
「丸投げということか? 自分たちの組織なのに、完全には解体させず、罪を犯した者たちを罰することもしない。そんな無責任が許されると思っているのか?」
エゼキエルの追及に対し、イザベラは唇を噛んだ。
ヘリオーティスには彼女も思うところがあるのだろう。一応、ディアナ側として主張しているが、本心は違うのかもしれなかった。
「発言してもよろしいでしょうか?」
いまだ、ディアナサイドから動かないミリヤが低めの声を出した。声が低いということは、素のミリヤだ。
「ヘリオーティスを完全になくしてしまっては、ディアナ様は自衛する術を失います。人間は亜人と違い、弱いです。支えを失っては生きていけないのですよ」
「弱い? 三百年も亜人を虐げ続け、よくそんなことが言えたものだ」
エゼキエルが反論する。
「亜人や青い鳥だって、人間を殺しているでしょう? 彼らは罰を受けたのですか?」
「侵略を始めたのはそちらだ」
「人間を追い出そうとしたのは、そちらでしょう?」
言い争いは永遠に終わらない。シーマもエゼキエルと同じ気持ちだった。相手がミリヤじゃなかったら、参戦していたところだ。
つまるところ、ミリヤは人間でシーマたちとの間には大きな隔たりがある。いくら愛そうが、根本的なところでわかり合えない。優しさや愛情が偽りで、彼女が本当の悪女だったら、どんなにか気が楽だったろうとシーマは思った。




