70話 新しい服
数日経ち、四者会談で話し合う議題がだいたい定まってきた。
文だけのやりとりでは解決できないことが論点となる。ヘリオーティスへの対応、ヴァルタン領とローズ領をどうするか、謝罪するかしないか、亜人の権利の確立など。
時間の壁や不可侵条約、軍事協力に関してはほぼ了承を得ているので、確認だけに留まるだろう。時間があれば、詰めた話もできるかもしれない。特に争われるのはシーマとディアナ間になると予想された。
シーマは謝罪したくなかった。謝罪しては過去の謀反を操っていたと認めることになる。これを認めては、王位を返還せざるを得なくなるではないか。
何度か文の往復を繰り返し、百歩譲って、ヴィナスとの不倫の件なら謝罪してもいいと返答した。これはミリヤに勧められたのもあるし、ディアナのほうからヴィナスの件を謝罪すると言ってきたからである。ディアナはおそらく、サチに説得されたのだと思われる。
議題が絞られたところで、今度は会談の開催場所をどこにするかという問題が浮上した。四者が行きやすく、わかりやすい場所で、なおかつ歴史的な対話の場としてふさわしくなければいけない。
アスターの提案で選ばれたのは、剣術大会の舞台となった円形闘技場だった。
王都より西に数十スタディオン。王領とヴァルタン領の境目あたりの平原にある。シーマ、ディアナ、エゼキエルのそれぞれが出兵し、周囲を守らせることになった。
この間、シオンとカオルは夜明けの城、瀝青城、魔王城を目まぐるしく行き来して、意見のすり合わせをした。
大活躍したのはシオンの執筆能力である。シーマ、エゼキエル間のやりとりは、すべてシオンが代筆した。シオンが一人で文通しているというか、自問自答しているといっても、過言ではないだろう。慇懃な文章は、敵対していたシーマとエゼキエルの感情を和らげた。
会談には当事者四人の他、仲介役を務めたシオン、カオル、アスターが出席する。アスターは当日、進行役を務めることになった。それと、グリンデルのエドアルド王子──通称クリープ。彼は夜明けの城にいる間、間者としてシーマのために働いてくれていた。ドゥルジの奴隷だったのを解放され、今は瀝青城の弟の所にいるという。グリンデルとの戦争は避けられず、青い鳥とも深い関わりがあるため、同席することになった。
その他、護衛と側近は一人ずつ同席が認められる。シーマはジャメルとミリヤを連れて行くことにした。ミリヤは正確には愛人だが、連れて行ける人数制限があるので仕方あるまい。ミリヤの存在はディアナには明かさず話を進めた。サチも黙っていてくれたようだ。
ディアナ側の参加者はイザベラ・クレマンティ。元宰相の娘ということ以外、シーマはよく知らない。ただの小娘かと思われた。目を引くのはサチとエゼキエル側の参加者だ。
サチ側はザカリヤ・ヴュイエ。なんと、歌劇の主人公、堕ちた英雄ザカリヤはサチの父親だそうだ。そして、エゼキエル側はティモール・ムストロ、サムエル・ヴァルタンを連れてくる。変な頭のティモールは置いといて、サムエル・ヴァルタンとはすごい名前が出てきたものだと、鳥肌がたった。サムエルはアスターと並ぶ八年戦争の英雄だ。
アスター、ザカリヤ、サムエル──会談の場にアニュラス四大英雄のうちの三人が集結することになる。
「緊張するなぁ……」
直前になってシーマは本音を漏らした。寝室と連結する衣装部屋にて、姿見には完璧な姿の銀髪の王が立っている。夕焼け色の上衣に縫い込まれた金糸の刺繍は、弓と百合を象っていた。模様が派手なので襟元は地味に、マントは毛皮ではなくベルベットだ。
服装を選んだのはシオンである。自称ファッションリーダーの言うことは信用に値する。あいにく、従僕たちが着付けを手伝い、シオンはこの場にはいなかった。
姿見の横に立つミリヤからは、凛とした生命感がにじみ出ていた。今日はディアナのお古ではなく、彼女のために仕立てたドレスを着ている。上品なモスグリーンと、袖から顔を出す微細なレースが美しさを引き立てる。
「あちら様も緊張しているだろうさ」
「王たちに会うより、ザカリヤ・ヴュイエやサムエル・ヴァルタンに会うほうが緊張するよ。反則だろ? なんで、そんな大物を連れてくるんだよ?」
「アスターとそう変わらないだろう?」
「いいや、変わるって!」
言ってから、ミリヤの顔が強張っているのに気づいた。思わず抱き寄せたところ、体中の筋肉がカチコチになっている。
「ごめん、おまえは気が気でないよな?」
主と数ヶ月ぶりに対面するミリヤはもっと、緊張しているに違いなかった。敵の首領と恋仲になっているのだから、合わせる顔がないだろう。シーマはきっちりまとめられたミリヤの髪をなでた。まだ短い焦げ茶色の髪は、つけ毛で増量してある。
「大丈夫。何があっても、おまえのことは護るから」
「自分のせいで、わたしが窮地に立たされているという認識はあるのか?」
花びらのような唇は、今日に限り鈍重なようだ。転びそうになる彼女を支え、シーマは部屋を出て回廊を歩いた。外で待っていたジャメルは、間をあけてついてくる。
切られた足の腱は、完全には治らない。ミリヤは一生歩行に苦労する。
途中、王の間で待っているはずのシオンに会った。
顔を見るなり破顔し、走り寄ってくる。
「来るのが遅いから、迎えに来た!」
「昼前には間に合うだろう。まだ、時間に余裕がある」
どちらが案内される側かと突っ込みたくなるが、シオンが案内役を務めてくれる。アスターやカオルは別の王の所にいる。
「見てくれ!!」
シオンは突如、着ていた藍色のダブレットをダガーで切り裂いた。肩から脇腹までスパッと。シーマは「あっ!」と声を上げ、切られた部位がすぐさま元に戻るのを見て、瞬きした。
「ビックリしただろう! 美織の織った生地は切っても裂かれても、修復するんだ。あと、伸縮する!」
どうやら、新しい服を自慢したいらしい。
「これなら、戦闘中、服がボロボロになる心配はない」
甲冑も着ず、服がボロボロになるまで戦うのは、シオンぐらいのものだろう。
「ほら、ジャメルの服も、同じ生地で仕立ててもらったんだよ!」
シーマのうしろで控えていたジャメルが、ここぞとばかり手を広げてみせる。新しい服を着ていたのに、全然気づかなかった。えんじ色のダブレットは裾長で、騎士団の制服と似ている。ジャラジャラ吊るした飾緒が位の高さを表していた。
この間の抜けたやり取りの間、ミリヤは知り合いに会ったのか、足を引きずり、シーマから離れていた。
シオンの自慢は止まらない。
「美織はとっても美人なんだけど、おしとやかで、気取ったところがなく、賢くて、気立てがいいんだ。俺にはもったいないくらいの彼女だよ!」
別の恋人を亡くして凹んでいたと聞いていたのに、立ち直りの早さはシオンの特技といってもいい。
「エデンの山奥に住んでるから、たまにしか会えないんだ。でも、頼めば、また織ってくれるかも! 俺のことが大好きだから、なんでも応じてくれるんだ」
僻地に住む孤独な女性かと思われる。憐れな女にとって、シオンの明るさは真夏の太陽のようであろう。
「うん、うん。素晴らしいな! 大量生産できるものなら、騎士たちの制服にも使ってやりたいほどだ」
シーマは調子を合わせた。耳半分で聞く、適当な受け答えをするのは禁物だ。敏感なシオンはすぐに感づく。ジャメルが補足説明をしてくれた。
「服が仕上がるまで、時間がかかったものですから。ずっと、首を長くして待っていたんです。他に顧客を何人も抱えていて、イアンは飛び入りのうえ、注文の多い客ですからね」
「この日に間に合ってよかった!」
たしかに、今日はシオンの晴れ舞台でもある。仲介者として、しっかり務めてもらいたい……というより、おとなしくしていてほしかった。




