43話 イカレ親父
ついにドゥルジとやり合う時が来た。エゼキエル本人が行かねならぬだろう。首領同士の一騎打ちだ。邪魔する者は敵味方関係なく、問答無用で斬り伏せる。
エゼキエルは身一つでアスターのもとへ瞬間移動することにした。近距離であれば、カッコゥの居場所へ移動することができる。演習を重ねた魔王軍は、オートマトンの騙し討ちが成功したところで出動させる予定だ。
エゼキエルが降り立つと、食肉植物の影に隠れていた兵士たちは吃驚した。腰を抜かす者、武器を構える者、彫像のごとく固まる者など、反応はさまざまである。
「アスターはどこだ?」
と、問いかけたところ、肩にカッコゥが戻ってきて、アスターはすぐに姿を現した。兜に面頬がついておらず、厳つい髭面が丸出しなので、誰だか一目瞭然だ。上下不揃いの甲冑に腕は剥き出しで、膝下はブーツといった装いだった。周りにいる者の装備も同じくいい加減である。これでは、戦に駆り出された農民兵や寄せ集めの傭兵のようだ。
「ユゼフだな?」
アスターは動揺する素振りなど、毛ほども見せず、周りの兵士に武器を納めるよう命じた。そして、陣営の中心へ案内すると、折り畳み椅子に腰掛け、エゼキエルにも向かい合って座れと勧めた。
亜人の兵士はエゼキエルに平伏し、人間の兵士は恐れおののき退いていく。アスターの隣にいる美貌の戦士も目を見張り、体を強張らせているので、これが正しい反応なのだろう。魔王の姿を見て平然としていられるのは、イカレ親父だけだ。
美貌の戦士の名はカオルだったか。エゼキエルはディアナが男装しているのかと思い、ときめいてしまった。
「んで、なんで一人でやって来たのだ?」
アスターの武骨な口調が胸の高鳴りを鎮める。
「ドゥルジを倒すために決まっているではないか」
「いや、おまえ……普通、身を守るために最低限の兵ぐらい連れてくるだろうが?」
「兵を連れていては、魔力でドゥルジに気づかれてしまう」
「……それはだな、魔術とかでわからないようにするんじゃないのか?」
「さようか? では、今度リゲルに聞いてみよう」
「大丈夫か、おまえ!?」
アスターが怒号を上げたので、エゼキエルは仰け反った。
人間にしては大きくても、アスターはエゼキエルより小さい。魔力もない人間ごときに、なぜひるんだのか?……自分でもわからなかった。
ひとまず、待機させている兵はオートマトンの作戦が成功してから突入させると伝え、事なきを得た。
「だが、あまりにも向こう見ずの行動ではないか? 頭が直接出向くなど、聞いたことがないぞ?」
「売られた喧嘩は買う、ただそれだけの話なのだがな? ドゥルジはこの手で倒したい」
魔王を“おまえ”呼ばわりする人間は、愛する魔女以外にはいない。むさ苦しいジジイに馴れ馴れしくされたくないのだが、妙なことにしっくりきた。
「それでこそ、男だ!!」
唐突に背中をバチンと叩かれて、エゼキエルはびっくりしてしまった。
叩いてから痛かったのか、アスターは顔をしかめている。硬い鱗に覆われているため、分厚い手でもダメージを負ったのだろう。
「大丈夫か?」
「なんと硬い背中だ……しかし、ユゼフ、おまえ成長したな!」
アスターはエゼキエルを“ユゼフ”と呼ぶ。化けていた時はユゼフではないと、誰よりも早く察したというのに不可解だった。
「朕はユゼフではなく、エゼキエルだが……」
「同一人物だろう? 以前は疑ってしまい、悪かった」
面映ゆい。アスターがユゼフと呼ぶときには情愛が込められていて、エゼキエルは嫌な気持ちがしないのだった。父親がいたら、こういう感じなのだろうとも思った。
エゼキエルの父にあたる二世は、無性生殖で死ぬまえにエゼキエルを産んだ。人間のごとき生殖をするようになったのはエゼキエルの代からである。だから、エゼキエルは両親の温もりを知らない。
サムに特別な感情を抱くのはユゼフの心の影響もあるだろうが、子以外の肉親に憧れを持っているからだと思われる。
エゼキエルはアスターの無礼な態度を黙認した。
アスターとのやり取りを見て、恐れる必要はないと安心したのだろう。カオルの体の強張りが、和らいでいる。顔を向けると目をそらされてしまうので、エゼキエルは極力見ないように努めた。
打ち合わせの時間はたいしてなかった。ドゥルジ軍の移動速度は速い。オートマトンの出撃時間が迫っていた。
オートマトンがある程度ドゥルジの軍を蹴散らし、魔王軍と合流したあと、姿を現すようにとエゼキエルは念を押された。それまでは後方で控えていろと。
「それでは早く来た意味がないではないか?」
「人間の戦いぶりを見ておくがいい。やたらめったら、突っ込むのが勇猛とは限らないのだ」
人間どもに護られるとは、変な心持ちがする。だが、エゼキエルは素直に従った。一見、横暴に見えても、気遣ってくれているのが感じ取れたからだ。なにより、アスターはエゼキエルの見た目をいっさい気にしない。種族を越え、普通に接してくるのである。だから、エゼキエルも人間としてではなく、“アスター”として接することにした。
軽い打ち合わせというか情報交換の後、アスターはエゼキエルをオートマトンのところへ連れて行った。
オートマトンを指揮するのはルイスという見るからに貧弱な人間だ。三つ編みにした黒髪といい、伏し目がちの優しげな面立ちといい女性的で、喉ぼとけやうっすら生えた髭が違和感を与える。匂いと服装でエゼキエルは男と判断した。
オートマトンは百頭。司令塔レガトゥスの後ろで控える鉄人形どもには生気がない。真っ平な顔の平兵士より、髑髏のレガトゥスのほうが親近感を持てたが、同じ髑髏でもサムとは質感が異なっている。骨は生命感を漂わせており、金属の髑髏は無機質である。
レガトゥスの胸をパカッと開けると、開けた部分の裏側が盤になった。盤上に並んだ正方形を押し続けるルイスは、ピアノを弾いているように見える。割れた胸は光を発し、記号や文字が浮かび上がっていた。
エゼキエルは好奇心を抑えられなくなり、のぞき込んだ。やってしまったと後悔しても、もう遅い。たいていの人間はエゼキエルが近づくと、腰を抜かすか逃げる。
だが、ルイスは他の人間のように逃げなかった。本能的に身を固くすることはあっても、数分後には慣れ、エゼキエルに説明までしてくれた。
「鍵盤で指示を打ち込むと、電光板にそれが表示されます。最新のオートマトンでは百ぐらいの指示を一度に入力できると聞きますが、これは旧式なので二十程度です。味方を識別させるのが一番難しいところですよ。定義が曖昧ですし、旗を頼りにしてもらうしか……」
「魔力や瘴気を感知することはできぬのか?」
「残念ながら、このオートマトンにはそういう機能はついていません。最新型でも、できないんじゃないですかね?」
青い鳥と魔王軍の旗の下にいる者は攻撃しないと、なんとか指示を入れられたようだった。ドゥルジを騙すため、グリンデルの国旗を掲げさせ、即座に攻撃を開始するのではなく、間を置いてからするようにと入力している。
エゼキエルが驚いたのはオートマトンの性能だけでなく、ルイスの親しみやすさだった。前段階でアスターが警戒心を解いているとはいえ、魔人でさえ恐れるエゼキエルを前に平気な顔をしていられるのは尋常ではない。
──肝っ玉が据わっているのとは少し異なっていて、この男からは深い悲しみが感じられる。死を恐れていないのか?
感情が希薄なところがある。エゼキエルは悲しみをまとうルイスを憐れみ、その学識に敬意を持った。
アスターの周りだけかもしれないが、人間にも個性がある。人間だからといって、魔人を忌避したり、愚かで虚弱だったりするわけではないのだと思い知った。“人間を侮るな!”──兄の言葉が脳裏に浮かび上がり、エゼキエルは改めて胸に刻みこんだ。妖精族だったころのように、人間とも分け隔てなく接することができるような気もしていた。




