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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる  作者: 黄札
第五部 戦わない戦い(前編)一章 イアン
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18話 仮面を剥がす

 いつもここで寝ているのか?……と尋ねたのは、部屋があまりにも質素だったからだ。家具といえば、本棚とベッドくらいのもので、装飾品の類は見当たらない。暗い街の風景を描いた絵画が一枚掛けられているだけだ。地味さはヴァルタン家のユゼフの部屋と張れる。

 イアンとは違い、好きな物を置いたり飾ったりしたい欲がないらしい。意外だった。王族や貴族は華やかなイメージだ。


 結は小太郎に預けてきた。ダガーはアクセサリーなので、腰に差したままである。イアンにも最低限の分別はあるので、いくら腹が立っても、剣の扱いを知らぬ男相手に抜刀はしない。シーマが装備しているのは、つばに宝石が埋め込まれた見るからに飾り物の剣だ。

 微笑みの仮面をつけた実父は淡い灰色の瞳を向けてきた。


「おまえから話したいと言ってくれるなんて、嬉しいよ」


 こんなことを言っていても、瞳の奥に怯懦が宿っているのをイアンは見逃さなかった。

 昨日の暴力が利いているのだろう。痛みは精神を脆くする。本当はイアンが怖いが、頑張って何でもないふうを装っている。

 こう分析することで、イアンの気持ちはだいぶ楽になった。交渉の際、優位に立てるのは、かなりありがたいことだ。気持ちの面で勝ったイアンは落ち着いて質問することができた。


「どういう意図で俺をお婆様に会わせたのか、教えてほしい」

「意図? そんなものはないよ。純粋に身内だから、会わせてやりたかっただけ」

「嘘をつくな。おまえは無意味な行動を取らない。絶対に、だ」


 シーマは返答に悩み、笑顔を張り付けたまま固まった。ここでイアンを怒らせたら、対話は終了となる。用心深くなるのもわかる。


「鋭いな、おまえは! 皆が思ってるより、ずっと賢いよ!」


 自分の意向を明らかにしようと、決めたようだ。言葉を意訳すると、おまえは皆にバカだと言われているが、想像していたよりバカではなかった……となる。この程度では、イアンの怒りゲージは上がらない。


「太后の現状を見て、俺と同じ気持ちになってくれるのではないかと思った。俺たちの敵は同じだ」

「ディアナ様のことか?」

「そうだ、おまえの母を殺し、大切な肉親である太后の心まで壊した。許せないだろう?」


 シーマは薄笑いをやめ、声を震わせた。たぶん、演技ではなく本心だ。


「俺はディアナを憎悪している。ジャメルから聞いてないか? あの女は騎士団にいた亜人をあぶり出し、暴行したこともある。あいつらは亜人を虫ケラのように殺す」


 暴行されたのは、今はシェフ見習いのファロフだ。ジャメルや本人からは聞いていないが、他の騎士がイアンに教えてくれた。

 ここぞとばかりに、シーマは自分の故郷が焼かれた話をした。この悲惨な体験が、謀反を企てる直接のきっかけになったという。


 共感性の高いイアンは無辜(むこ)の民が惨殺された話に心を痛めた。すでに殺しているクロノス国王やシーマの父に、再度報復してやりたいとすら思った。グリンデルの地下街が燃やされたことを思い出し、悲しみと絶望に落とされもした。


「ディアナ様を憎めと言うのか?」

「気持ちを共有したい」

「憎いよ」


 イアンは真正直に答えた。


「殺してやりたいほど憎い」

「そうだろう? おまえの母の仇だ」

「亜人の敵だ。亜人を虐げ続けた一族を許せない」

「同じ気持ちだ。亜人のほうが優れているのに、人間どもは卑劣な手を使って我々を追いやったのだ」

「復讐したい」

 

 口に出せば出すほど、憎悪は増していく。イアンは(たか)ぶり、怒りに打ち震えた。心が怨嗟(えんさ)で満たされそうになった。

 シーマは笑っていなかったが、イアンと憎しみを共有できて喜んでいた。うわずった声がその証拠だ。完全に取り込めると思っただろう。共通の敵を持つことで、仲間意識が芽生える。不幸のすべてを敵のせいにしてしまえばよい。


 最大の誤算はバルバラだった。

 家族を奪ったイアンに対し、バルバラは責任を負わせなかった。代わりに彼女が(とが)を負ったのである。   

 バルバラの行動はイアンの決意を強固にした。


 戦わせない、戦わない道を選ぶ。


 友の言葉が一筋の光明となって、道を示してくれる。イアンは二度と間違わないつもりだった。


「国を一つにするため、力を貸してくれるか?」


 イアンの思いなど露知らず、シーマは意気込む。イアンは首肯した。


「亜人がその身を隠さずに生きていける世の中を作ろう」

「当然だ。亜人は堂々と外を歩いていい」

「シオン、わかってくれて嬉しいよ」

「でも、ディアナ様とは戦わない」


 マシュマロについた目が点となる。聞き間違いだと思ったのだろう。シーマはイアンのほうへ耳を向けた。


「何度でも言うよ。俺はディアナ様とは争わない。逆にあの方を守る」

「なぜだ??」


 シーマの声は怒を含んでいた。愛する人を殺した憎っくき仇を守るとはどういうことだと、憤っている。


「和解してもらいたい。戦いを避け、相手の主張を受け入れられるよう努力してほしい」

「悪女を増長させる気か」

「俺がディアナ様の所へ出向いて、意向をうかがってきてもいい」

「バカなことを言うな! 殺されるに決まっている!」


 シーマが声を荒らげても、イアンは腹を立てなかった。動揺している姿を見るのは愉快だ。


「危険は承知の上だ。誰かが橋渡ししなければいけないし、その役目に最適なのが俺だ」


 シーマの仮面が剥がれた。いいじゃないか、ようやく本音で話せると、イアンは八重歯を舐める。


「イザベラは仲間だったし、ディアナ様はぺぺの恋人だから、殺したくない。俺は親しい人を悲しませるようなことはしない」

「そんな生ぬるい話ではないのだよ、シオン。おまえの母は幸せの絶頂から絶望の淵へ落とされたのだ」

「ディアナ様を殺せば、また新たな憎しみが生まれる。俺たちは永遠に殺し合いを続けないといけない」

「和解に応じるような相手ではないのだ。おまえの純粋な気持ちを踏みにじり、利用しようと考えるかもしれない」

「ぺぺは六年前の魔国で俺を殺さなかった。奇襲をかけず、話し合いを求めた。そのおかげで俺は今、生きている」


 シーマは言い返せなくなった。ユゼフのやり方はシーマの論法では誤っていたことになる。誤りで大事な息子が生かされているのは許し難い事実だ。


「俺が生きていること自体、間違いってことになるな? まあ、そうかもしれないけど……」

「悲しいよ、シオン。そんなことを言うな」


 イアンの考えは理解されず、今のところ説得できる見込みはゼロだった。気長に試みるには事態は進み過ぎている。


 ──でも、俺はあきらめないさ。何度でも、わかってもらえるまで話す


 シーマはショック状態から、すぐに立ち直れないでいた。うつむき、黙りこくる太っちょは、実浮城の城下で見たダルマに似ている。


 ──どこから首なんだ? もしかして埋まってる?


 どうでもいいことを考える余裕がイアンにはあった。

 ややあって、顔を上げたシーマはジュストコールの内側から光る物を取り出した。


「ヴィナスが身につけていた物だ。おまえはクレセント(アルコ)をエゼキエルに奪われてしまったようだから、代わりにこれを持っていてくれ」


 手にはグリンデル水晶の首飾りが握られていた。どうやら、憐れみを乞う作戦に転じたようだ。卑劣だが、イアンは動じない。


「もらえないよ。大切な形見だろう?」

「いいんだ、俺は身につけることができないし、おまえが持っていたほうがヴィナスは喜ぶと思う」


 太っていて首に掛けられないということか。痩せろ……

 卑劣な作戦より、肥満でいられる怠惰のほうがイアンの気に障る。どうして、そんなになるまで食らうのだ?

 だが、良いことを思いついた。


「なら、俺の持っているこれと交換こしよう。これなら、ゆとりがあるから、身につけられるだろう?」

 

 イアンはメシアの剣を象ったお守りを首から外した。赤ん坊の時、母が持たせてくれた物だ。

 シーマはよほど嬉しかったらしく、ぱぁっと顔を輝かせた。


「いいのか? それこそ、大切な物では?」

「もちろん大切さ。このお守りは俺の命を守ってくれたこともある」


 大切な物を差し出すことで、信頼を得る。イアンを懐柔しようとするシーマの思惑の裏をかいてやったのである。

 イアンの内心を察することもなく、シーマは浮かれた。息子特典と馬鹿だという思い込みによって、あざとい行動に感づけないでいる。全身からほとばしる精気……シーマの場合は人間とは輝きが違う。霊気というのか──が心の動きを物語っていた。


 シーマはイアンの後ろに回り、首飾りをつけた。イアンもお返ししようと、シーマの首にお守りをつけてやろうとする。そこで、長さが足りないことに気づいた。思いのほか、首回りが太いのだ。

 結局、身につけてもらうことはできなかったが、少しだけ歩み寄ることはできた。

少し設定が変わっています。改稿前を読んだ方にはお詫び申し上げます。(ファロフのところ)

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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる設定集

cont_access.php?citi_cont_id=495471511&size=200 ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
今回奇跡的にまともにシーマと渡り合ったイアンを凄いと思った……Σ(・ω・ノ)ノ! そして、冷静な対応! 立派だよ……(つД`) でも、凄く良いシーンの合間に冷静なツッコミがあって、 めっちゃ堪えられな…
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