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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる  作者: 黄札
第四部 イアン・ローズ冒険譚(後編)三章 イアン
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63話 グリゴールの生い立ち

 謁見を終えたイアンは吹っ切れていた。海の王はわからずやではなく、話せばわかる魚人だ。もともと、竜は倒すつもりだったし、力を見せれば納得するのは地上と同じ道理である。


 ──やってやろうじゃないかよ? 竜ごとき俺の敵ではない


 休んでいけと勧められ、イアンはシレーネの家に案内されることとなった。最初に通った城下町の岩山の一つに家はある。岩と融合した四角い家にはつなぎ目がなかった。

 ツルッとした壁で思い出したのは百日城だ。つなぎ目のほとんどない石の壁が何ヵ所かあった。

 あの城には嫌な思い出しかない。ときどき悪夢に登場し、飛び起きたイアンは震えが止まらないこともある。二度と行きたくない場所だ。


 ──でも、行かぬわけにはいかないだろう。サチはグリンデルの王になるんだから


 恐ろしい記憶が、幸せな思い出に塗り替えられればいいのにと思う。ギュロッターリア一族には申し訳ないが、いっそのこと全部壊して一から建て直してほしい。

 よくよく見ると、シレーネの家は漆喰を塗ったのかもしれなかった。水中でどうやって塗ったかは置いといて、百日城とは製法が違うらしい。イアンは四角いトンネルをくぐり、高い天井の居間に入った。入り口の建物は玄関といったところか。生活の中心は岩山の中にあった。


 照明はランタンのみ。居間は王の間と同様、球形だ。人魚にとっては都合のよい形なのだろう。泳げるようになればわかる。邪魔な家具はなく、多様な海藻が室内を彩っていた。これらは食べることもあるようだ。特に、卵みたいな丸いプチプチが房状にくっついた海藻は、おいしそうだった。

 シレーネはそのプチプチをつまみつつ、グリゴールのことを話してくれた。


「まず、何から話し始めようか? 呪われた出生から話すべきか……。生まれた時から、こうなる運命だったんだろうね。青角髪(あおみずら)の姫は、エレクトラ王女と南海を統べるタウマスとの間に産まれたんだよ……」


 悲しい物語が幕をあける。

 グリゴールの父タウマスは権力を欲し、闇の世界と契約を結んだ。王に戦いを挑み、敗れたあとは深淵へ堕ちていったという。その時、グリゴールは父と同時に母も失っている。


「青角髪の姫はタウマスが闇へ堕ちるまえに産まれた。魔族性の妹たちとは異なり、神性を持っているんだ」


 汚れた叛逆者は海の住人にとっては憎悪の対象だ。人魚は警戒心強く、排他的である。地上と異なり平和が続く海の国で、タウマスは他に類を見ない大悪党だった。家族も、もちろん忌避される。王はグリゴールを不憫に思い、守った。

 闇の世界へ行った家族と生き別れ、グリゴールだけが王城にて密やかに育てられた。


「そういう事情だったのか……。グリゴールは何も悪くないのに、理不尽だ」

「子供は親を選べないからね。かわいそうな話だよ。王は姫を守ろうとしていたのだけど、完全には無理だった。タウマスに対する人魚の悪感情には凄まじいものがあってね、城に勤める従僕のなかにも、姫を悪く言う者がたくさんいたんだ」


「グリゴールが自分を醜いと思ったのは、それでか?」


「ああ、そうだろうね。陰湿なイジメがあとを絶たなかったし、外には出されなかったから、城下では目が腐るほど醜い姫と噂されていたよ」

「あんなに綺麗な子なのに……」

「武の道に打ち込まれたのは、それもあるだろうね。陛下もいずれ出て行くことを予感されていたのだろう。かなり厳しく熱心に教え込まれていた」


 なんて不幸な生い立ちなのだろう。イアンは憐れんだ。イアンも両親と離されて養育されたが、周囲から虐げられはしなかった。陰鬱なドゥルジの城も、グリゴールにとってはマシだったのかもしれない。

 感情移入しまくるイアンとは対象的に太郎は落ち着いていた。猛禽の目は鋭い。


「気の毒な経歴はともかく、国を追われしにはそれなりの理由があらん」

「国を追われる……というのには語弊があるかな。王は姫を守るため、陸へ放ったんだよ」

「本人の過失ではないと?」

「そうだね。美しさを罪とするなら、姫が悪いのかもしれない」


 隠されていても、何かの拍子に知られてしまうことがある。

 グリゴールの叔父ネレウスは老いてもなお、精力旺盛な男だった。ちょっとした好奇心で、王城の立入禁止区域に入り込んだのだ。噂の醜い姫を見てやろうと思ったのかもしれない。

 まさか、あんなにも美しい姫だとは想像もしなかったのだろう。

 グリゴールを一目見たネレウスは夢中になった。何年も連れ添った妻と大勢の娘たちがいるのにもかかわらず、強引に婚姻を結ぼうとしたのである。


「王もそんな申し出、突っぱねるに決まってるじゃないか? 大切な孫娘だ。でも、ネレウスはあきらめなかった」


 無理やりさらって、囲ってしまおうとネレウスは画策した。しかし、最悪な計画は激怒した妻により頓挫する。

 ネレウスの妻はグリゴールが真面目な夫を誘惑したと直訴。ほうぼうでグリゴールの悪口を吹聴して回った。ただでさえ、居づらい環境下でグリゴールへの批判は集中する。


「青角髪の姫は叛逆者の娘という生まれながらの汚名に加え、海の国で絶対的な権力を持つ一族を敵に回してしまったんだ。王は泣く泣く手放すしかなかった」

「ひどい話だ!!」

 

 イアンは憤った。誰かが彼女の名誉を回復させ、幸せにしなくてはいけない。そして、それができるのはイアンだけだ。

 プチプチをつまむシレーネの指が止まった。この緑のプチプチは透き通っていて、キャビアに似ている。土産に持って帰ろうとイアンは思った。


「竜の住処(すみか)、竜穴へ入るには番人の許可が必要だ。勝手に出入りしようとしても、水圧に押し潰される」

「王の口添えが必要か?」

「いや、王の管轄外だ。自分で話して、なんとかしないと」


 番人とやらが偏狭な人魚寄りではなく、おおらかな王寄りだといいのだが──シレーネの次の言葉を聞くまで、イアンは能天気だった。


「その番人というのが、ネレウス。青角髪の姫を手籠めにしようとしたジジイなんだよな……」

「なんだと!?」


 生まれながらにして薄幸なグリゴールを己の欲望のために、(おとし)めた張本人。その最低な男に頭を下げ、許可をもらわないといけないのか? イアンには我慢できない状況である。平常心を保って話せるわけがない。察した太郎がイアンの肩に手を置いた。


「おぬしでは冷静に話せぬであろう。ここは一つ、我に任せてはくれぬか?」

「くっ……そいつの許可なしには、竜の所へは行けないのかよ?」


 シレーネは至極まじめな顔でうなずく。これが冗談であってほしいとイアンは思った。


「海底の水圧を管理しているのもネレウスだ。竜穴のある魔の海域はネレウスの支配下にある。事情を話して通してもらうよりほか、ないだろう」

「交渉の際、グリゴール殿の話題は出さぬほうがよかろう。イアン、どうする?」

「わかったよ。俺じゃ、絶対に無理だ」


 イアンは任せることにした。でしゃばるのは許さないが、頼れるときは太郎を頼る。大ゲンカのあと、イアンは割り切れるようになっていた。


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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる設定集

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― 新着の感想 ―
丸いプチプチの海藻、なんかめっちゃ覚えがある(*´ェ`*)たしかにつまみたくなる…… 簡単にはお爺様の協力は取り付けられなさそうだけど、 そんなに悪い話でもないかな? しかし次に会うであろう人物が、め…
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