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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる  作者: 黄札
第四部 イアン・ローズ冒険譚(後編)三章 イアン
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47話 拝まれるようなものでは……

 アキラが猫でなかったら、名残惜しむこともなかっただろう。

 ことあるごとに、抱き上げようとするイアンをアキラは鬱陶しがった。人型の生き物には毛が不足している。イアンの手は毛の温もりを欲していた。太郎の(くちばし)の下のフワフワしたところに手を当てて、怪訝な目を向けられもした。


「俺も翼がほしい。そしたら、いつだって羽毛に触れられるじゃないか」


 一夜明け、朝食の席でもそんなことを呟く。膳を挟んで向かい合う太郎は鳥らしく首をかしげた。


「手入れが大変ぞよ? ゴミもつくし、乱れた羽を並べ直し、きれいに撫でつけなくてはならん」

「にゃにゃにゃ……」

「アキラも言っておる。せっかく毛づくろいしたのに、逆撫でするなと」


 海の水は冷たい。綿入り羽織りや布団の暖かみを知ってしまうと、水に囲まれた世界が寒々とした悲しい場所に思える。火もないから食事も冷えているだろう。温かい汁をすすり、過酷になるであろう旅をイアンは案じた。



 城下での買い物は良い気分転換になった。

 (にかわ)(うるし)と呼ばれる接着剤や弾力性のある樹脂、鮫の椎骨……モノづくりに使う材料は多岐に渡る。イアンは鮫の骨が柔らかいことを初めて知った。


 雪蝋というのは撥水加工に使うのだろう。(ろう)にもさまざまな種類がある。動物性もあれば、植物から取れるものもある。イアンが普段使っている蝋は蜜蝋といって、蜂の巣から取れるとのこと。雪蝋は別の昆虫から取れる蝋だそう。虫が蝋を出すのだと聞いて、イアンは驚いた。


「身の回りで使っている物のことを何も知らずに生活しているんだな? 無知な自分が恥ずかしくなる」

「皆、そうよ。おのれの行動範囲のみに視野は絞られる。(よろず)なる物に生かされているということを、知らむともせず。気づけただけ、おぬしは前に進めけり」


 買い物途中、イアンと太郎はこんな会話をした。城に閉じ込められ、狭い社会しか見てこなかったイアンは、知らぬうちに貴族以外の人々を差別していたかもしれない。世の中にはたくさんの職業があり、イアンの理解の及ばぬ専門性を持っている。そういった知識や技能により、社会は形成されているのだと思い知らされた。


「教会の子供たちと蝋作りをして遊ぶのも楽しそうだ。木蝋だったら、手作りできるだろう? (はぜ)の木は暖かい内海なら、あるかもしれない」

「知育に最適なり。ゆえに蝋燭屋の親父と話し込んでいたのか?」

「うん、虫から取るのは難しそうだからな。工作は手先も使うし、発育を促す」

「されど、教会に戻る予定はあるのか?」


 また、大事なことが抜けていた。イアンが花畑島の教会に戻る日は来ないだろう。グリンデルの騎士になったら、内海へ行く機会は滅多にない。黙ってしまったイアンを太郎は慰めた。


「どこにおっても、子供と接する機会はあらん。イアンの回りには自然と子供が寄って来るしな」


 旅には出会いがあり、別れがある。

 イアンは街並みや歩く人々を見て、活力を得た。木造家屋に揺れる藍染めの暖簾(のれん)、手書きの看板や提灯にほっこりする。風の訪れを告げる風鈴の音は、気持ちまで涼やかにしてくれる。

 行き交う人のまとう着物には無駄がなかった。シンプルでいて体にピッタリ合っている。動きやすそうだ。素朴な石畳はエデン人の優しさを表しているのだろう。

 自然と調和する人間たちの営みはその土地の個性を浮き彫りにし、美と直結する。イアンは街や人を自然と同じくらい愛おしく思う。

 尻尾をピンと立てて歩くアキラを抱き上げようとして、避けられた。元盗賊の猫にとっては街の活気を共感することより、自分の毛並みのほうが重要らしい。


 日が沈むころに別れはやってきた。

 街を流れる川の名前は何だったか。蓬莱山の雀涙(じゃくるい)川は、途中でこの川に合流している。欄干にしなだれる柳の木と紅に染まったまだら雲を映し出していた。その欄干にもたれ、川をのぞき込む太郎の横でイアンはアキラに別れを告げた。


「気をつけてな? おまえは猫の身で戦えないのだし、夜明けの城は今混乱しているだろうから」

「にゃぁあん」


 アキラの態度は素っ気なかった。抱かせてもくれず、プイと背を向けてしまった。


「太郎、アキラはなんて??」

「バ……おぬしも気をつけろ。我も案じておるが、無事、海の宝を得られると信じておる……と」

「あの短い“にゃん”に、そんなにも深い意味が……」


 イアンはアキラの気持ちに答えようと思った。王城の状況を代わりに確認してくれるのだ。ぐずぐず思い悩むのは自分らしくない。先のことだけ考えよう──そう思考回路を切り替えた。



 集めた材料をミカエラのもとに持って行き、その日の仕事は終わった。翌日は泉の洞窟へ行く。オロチには一度勝っているから余裕かと思いきや、倒しては駄目だと太郎に言われた。


「オロチは蓬莱山の守り神の一柱なり。勝負を挑むのは構わぬが、殺してはならぬ」

「じゃ、どうやって皮を得るんだよ??」

「交渉するなり」


 ──あなたの皮を分けてくださいと交渉するってか?? んな、バカな話があるかよ?


「回復力が優れておるので、皮を剥いでも再生する。事情を話して頼み込めばよかろう。人間より頭柔らかし」

「んん──……戦闘は避けられない気がするなぁ」


 太郎は自分が住む楠の地下、根っこの合間に作られた宝物庫へイアンを連れて行った。天狗の価値観では武器もアクセサリーも一様に宝らしい。二人並んで歩けるのがやっとな縦長の部屋には、絵本に出てきそうな宝箱が並んでいる。その反対側に多様な武器が掛けられていた。

 どれでもいいと言うので、イアンはエゼキエルに返してしまったアルコと似た物を選んだ。


「ほぉ、正宗か。なかなかの目利きであるな?」

「こいつの名前はマサムネというのか? 大事に使わせてもらおう」


 握ってみると、長さ重さ共にしっくりくる。太刀といい、腰に差すのではなく、本来は吊るす用に作られたものだという。高身長のイアンにはちょうどよい長さだ。どのみちイアンは背負う。マサムネはこれまでの剣の中で一番アルコに近く、使いやすそうだった。


 ついでに脇差も見せてもらった。腰に差すのはこちらのほうが良さそうだ。太郎は気前よく、くれそうな雰囲気だったが、母からもらった短剣があるので、イアンは遠慮しておいた。

 九歳の誕生日に贈られた短剣は形見のお守りと同様、肌身離さず持ち歩いている。この短剣はオロチとの戦いで泉に落としてしまったのを、太郎があとで届けてくれたのだ。満身創痍のイアンが滝と一緒に流れ出た時、太郎はすくい上げ、陸地まで飛んで行った。

 太郎だけでなく、河童にも助けられている。泳げないカオルたちを岸まで運んでくれた。

 

「河童に経過報告をしないとな?」

「そうさな……人魚の情報もほしいところなり」

「手土産にあれを持って行くか……」


 街を歩いている時、農家の行商人が新物だと言って麻袋にきゅうりを詰めてくれた。金を払おうとすると、拝ませてくれと。どうやら、天狗の格好をしていたため、供物のつもりで差し出したらしかった。太郎と一緒に拝まれるイアンは何とも形容しがたい気持ちになった。


「俺みたいな人間、神様でもなんでもないのにな?」

「イアンは人ならず」

「あ、そうだった……」


 どちらにせよ、拝まれるようなものではない。

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