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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる  作者: 黄札
第四部 イアン・ローズ冒険譚(後編)二章 サチ
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43話 アレのせいで……(アスター)

 執務室で二人っきりになると、アスターもシーマも素の状態に戻った。ごっこ遊びは人前に限られる。

 書類だらけで埃っぽいのは、ここがユゼフの居場所だったころから変わらない。シーマは事務机の奥に、アスターは手前に向かい合って腰掛けた。


「ああ、ペペの匂いがする……」


 こんなことを呟くのは、ユゼフがシーマにとって特別だからだろう。アスター以上に、思い入れがあるのかもしれなかった。


「ユゼフのことは忘れろ。いないものとして扱う」


 アスターは冷ややかに言い放った。


「忘れられるわけがないじゃないか。あいつがいなければ、玉座に座るなんてことはなかったし、野垂れ死んでいたさ」


 アスターもシーマと同じだが、あえて無視した。


「さ、どこまで知っていて、何を知らないか教えてもらおうか??」

「浦島太郎状態なんでね……なんの話かって? エデンにはそういう民話があるのさ。亀を助けた心優しい青年が……」

「んなことはどーでもいい。エンゾから現在の状況を聞いているのか?」

「まあ、だいたいは……。そうだ、触れさせてもらったほうが早い」

「絶対嫌だね。その気持ち悪い癖は直せ。能力など使わずとも、人の心ぐらい読めなくてどうする?」

「ふむ、わかった。では、知っていることと知りたいことを箇条書きにして渡すので、しばし待て」

「では、書いている間に、おまえが意識不明になってからのことを順番に話していく。同時進行でいいな?」


 シーマはかわいくないので、厳しくいく。子飼いの騎士やユゼフやカオルに対する時とはちがい、アスターは冷たく接した。自分を慕ってくれる連中には目をかけるが、大人の付き合いは素っ気ないものである。

 シーマは太るまえから、かわいげがなかった。もともと図体がデカいし、気味の悪い微笑の仮面をつけて、何を考えているかわからない。一目置いているふうを装われていても、実際は見下されている気もしていた。何もかも見透かしそうな灰色の瞳が不快感をつのらせる。

 イアンのわかりやすさを少し分けてやりたいぐらいである。イアンの唯一の長所は素直なところだ。


 しかしながら、効率よく話を進められるのはありがたかった。愚かな前女王とは大違いだ。ミリヤの補助がなければ、ディアナと話し合うのは難しかった。馬鹿女は報告中にあくびをしたり、鏡で髪を直したり、見当違いのことを言い出したり、ひどいものだった……。


「なるほど。ユゼフは俺を救うために、臣従礼を解除したのだな?」

「リゲルから詳しい経緯を聞いてないのか?」

端折(はしょ)っていたからな。蓬莱山での一部始終は小太郎から聞いている」

「エゼキエル復活はなんで知った?」

「シオンが来た時に()らした」

「バカめが……」


 イアンのせいでエゼキエルは目覚めてしまった。グラニエの文に書いてあったことだ。

 あいつはひと月ぐらい牢獄につないで、躾けねばならん──アスターは、イアンから剣を取り上げるつもりだった。


 ──頭も丸めさせ、僧籍に入れてやる。今までが甘かったのだ。何度も何度も過ちを犯しおって


「シオン(イアン)のせいではないさ。なるべくして、なったことだ」

「いーや、あいつが悪い。全部あいつのせいだ。私情を挟むな? 自分の息子じゃなかったら、問答無用で殺していただろうが??」


 シーマは黙った。真顔ということはイアンが弱点か? そりゃそうだろう。シーマとの知能差は種をまたぐレベルである。脳みそだけを比較すると、到底親子とは思えない。アスターは勢いづいた。


「最初の謀反で死んでもいいほどの罪を犯した。あの時一度、エゼキエルは目覚めている。ユゼフと盗賊たちの奮闘により、封じることができたのだ。イアンのバカはびびって、逃走したのだがな」


「シオンは蓬莱山で俺のために戦ってくれたのだろう? オロチを倒し、不死の水を取ってきてくれた」

「あれな? カオルがいなかったら、無理だったからな? バカは目の前にいる敵と戦うことしかできぬ。礼ならカオルに言え」


「カオルはたいして戦えぬだろう? エンゾはシオンを剣の天才だと褒めていた」

「バカは馬鹿力と本能で戦うだけ。カオルが知略をめぐらし、勝利に導いた」


 言い返せず、シーマは銀のまつ毛を伏せた。


「その蓬莱の水も女に(だま)されて、奪われたのだぞ? おまえに飲ませたのはサチが取ってきた水だ」


 アスターはまくし立てる。イアンのせいで鬱憤が溜まっていた。


「バカを捕獲したら、扱いは私に任せてほしい。大災害級のバカなんでな? 私以外には取り扱い不可能だ……」

「うるさいうるさいうるさい!! 人の息子をバカバカ言うな!! あれはヴィナスの忘れ形見だぞ? 未来の王だ!」


 突然、シーマがキレた。バカが未来の王とは聞き捨てならない。


「あのバカを自分の後釜に据えるつもりか?? 国が滅ぶぞ?」

「当然だろう? ヴィナスと約束したんだ」

「バカを玉座に座らせるのなら、おまえに仕えることはできない。冷静になれ。おまえの息子は()()だ」


 話し合いはイアンのせいで難航した。シーマもイアンが馬鹿というのはわかっているのだが、どうしても認めたくないようだ。亡き恋人の残した子を、自分と同じくらい優れた人物に持ち上げたい。


 シーマがムキになるのでアスターも引くに引けず、かなりの時間を浪費した。バカだ、バカじゃない──くだらない応酬を何度も繰り返した。バカバカ言い過ぎて声がかすれるまで、やり取りは続いた。

 喉の調子がおかしくなってようやく、アスターは気づいた。水分がほしい……ではなくて、こんなことで言い争っている場合ではない。

 一転し、アスターは褒めることにした。


「バカにも良いところはある。素直だしな? ピアノやヴァイオリン、楽器の演奏が得意だ。あと、字がめちゃくちゃうまい。達筆だ。あいつは絵も描けるよ。ファッションセンスはなかなかのものだ。ほら、騎士団の制服はあいつにデザインさせたのだ。それに、子供に懐かれる。イアンに抱かれると、どんな赤ん坊も泣き止むのだ……」


 今まで、さんざん悪口を言ってからの手のひら返しに、どれだけの効果があるか?


 ……予想以上にシーマはおとなしくなった。イアンのことをよく知らなかったらしい。息子と知るまえは軽んじていたから当然か。


「体がものすごく柔らかいのだ。身体能力は魔人になるまえから、群を抜いていたのではないか?」

「褒めすぎだろう? 特技が多すぎる」

「嘘ではない。全部本当のことだ。帰ってきたら、舞わせてみるがよい。あいつの剣舞はすばらしい」


 よく考えてみれば、致命的に頭が悪いだけでイアンは多才である。そして、誰もがあいつは馬鹿だと言うが、同時に憎めない奴だとも言う。

 シーマの瞳から怒りが消えた。


「アスター、すまない。誤解していた。俺の代わりにシオンを見ていてくれたのだな……ありがとう」


 最終的にアスターは感謝されてしまった。

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