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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる  作者: 黄札
第四部 イアン・ローズ冒険譚(後編)二章 サチ
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41話 処刑(アスター)

 城内にいるヘリオーティスを追い出すのは、造作なかった。

 

 アスターは一週間後にシーマを送り届けてくれとエンゾに依頼し、計画を実行に移した。

 まず、魔王復活、ディアナ拉致を女王不在の議会にて公表。民衆を集め、夜明けの城のバルコニーでも呼びかけた。一大ニュースは国の機関紙の一面を飾る。街角では読売屋が声を張り上げた。

 衝撃が国中を駆け巡り、人々は恐怖した。不安に駆られた人々が求めるのは、いつの時代も同じ。ていの良いスケープゴート。生贄だ。

 アスターは自身へ向かっていた批難の矛先を変えさせる。ディアナの護衛が不充分だったとして、ヘリオーティスに全責任を取らせたのである。


 グレースの存在を明るみにし、ディアナとそっくりな替え玉を使って、ヘリオーティスが国を乗っ取るつもりだったと、ありもしない罪をでっち上げた。

 城内ではヘリオーティス狩りが始まる。凝り固まった差別主義者たちは、これまで充分過ぎるヘイトを集めていた。密告祭りの始まりだ。


 しかしながら、城内にいるすべてのヘリオーティスを根絶やしにするのは難しい。シーマを迎えるにあたって、見せしめが必要だ──




「隻眼のエッカルトよ、覚悟はいいか?」


 夜明けの城の中庭にて、アスターは拘束されたエッカルトと向き合っていた。周囲には城の住民のみならず、市門から入った民もおり、ひしめき合っている。

 エッカルトから血のにじんだ麻袋を取り去ると、醜く腫れ上がった顔が現れた。


「ああ、間違った。盲人であったな?」


 エッカルトの残された左目はえぐり取られていた。歯も全部引っこ抜いてやったので、憎まれ口も叩けないだろう。加虐者だった男は被虐者となり、ボロをまとって罪人さながらの風貌となった。これがエッカルトかどうかの判別は、短く刈られた金髪ぐらいのものだ。

 だが、舌だけは切らずにおいた。


「問うのはこれで最後にしてやろう。楽に死ぬか、苦しんで死ぬか選ぶがよい」


 アスターは抜刀した。大剣は存在だけで、人々を威圧する。オーディエンスは静まり、息を呑む音が聞こえた。厳粛な空気に無反応なのは当の本人、エッカルトだけだ。ギラつくラヴァーを前にして、おびえる青い瞳を見れないのは残念だとアスターは思う。悪者にはもったいない美々しい瞳であった。


「三回しか問わぬぞ? グレースの居場所は??」


 エッカルトの相棒のグレースは逃げた。ディアナと同じ顔を持つアバズレは、シーマの存在がなければ望みの綱だったが、今はいられると困る。

 エッカルトの返事は、


「いあえぇよぉ」


 何を言っているかわからない。情報ではなさそうだ。

 アスターはひざまずくエッカルトに、ラヴァーを振り下ろした。


 小さな悲鳴をあげたのは、紛れてしまった女子供か。まだ清い血はあったのかと、目を見張るほど鮮やかな赤が石畳を濡らした。

 ゴロンと転がる白い腕は、たちまち血色に染まった。アスターはエッカルトの左腕を肩から切り落としたのである。

 血濡れた腕は手首で縛られ、もう片方の手とつながっている。エッカルトが伏せてしまったため、残りの腕を切り落としにくくなった。


 ──仕損じても構わん。苦しませるのが目的だ。


 アスターは同じ質問を繰り返した。エッカルトの答えは変わらず。アスターは我ながら素晴らしい集中力で、伏せの状態の獲物から右腕も奪った。肩甲骨を砕き、強引に筋繊維を断った。剛剣は刃こぼれ一つない。哀れ、エッカルトは丸太となった。

 血は先ほどより、飛び散らなかった。

 

「さあ、最後の質問だ。グレースはどこにいる??」


 エッカルトはゼェゼェと呼吸しただけ。答える気もなさそうだ。アスターは背を向けた。最後の罰は放置だ。

 とどめを刺されぬエッカルトは恐れと壮絶な痛みに悶えながら、緩やかに死を迎えることだろう。


 愛娘の仇を討ったというのに、アスターの気分は最悪だった。

 亡くなって一年以上経っても、モーヴがいるように振る舞ってしまうことがある。つい先日も、モーヴはいつ帰って来るのだ? 出産祝いは控えめにな?……と、妻のカミーユに言ってしまいそうだった。

 いつも、言いかけて呆然とするのだ。もう、モーヴはいない。腹の子と一緒に旅立ってしまった。そんな心のやり取りを何度繰り返したことか。


 本当はわかっていた。愛娘が死んだのは、ヘリオーティスのせいではない。自分のせいだと。

 たしかに、ヘリオーティスが新居に押し入ったりしなければ、モーヴが自死することはなかっただろう。しかし、ヘリオーティスが行動を起こした原因はディアナとシーマの対立にあり、それを生み出したのはアスター本人なのである。


 ──ディオンの死から、何も学んでなかった。あのまま腐って、異国の地で野垂れ死んでいたほうが良かった。モーヴが死ぬぐらいなら……


 自分の罪をエッカルトに償わせようとも、気持ちは晴れなかった。本来、石畳にひざまずき、血を流すべきなのは自分なのだ。真の黒幕が断罪し、のうのうと生きているとは救いのない話だとアスターは思う。


 アスターはくるり踵を返し、エッカルトの首を斬り落とした。


 静かな最期だった。気になったのは、首が石畳に落ちた音ぐらいだ。ラヴァーは椎骨と椎骨の間に強い圧力を加え、最小限の力で首と胴体を切り離した。

 別に試し斬りをして、練習しているわけではなかった。エッカルトを苦しませたくないわけでも、騎士の矜持がどうとか、そういうのでもない。

 雑な斬り方はラヴァーに失礼だと思ったのだ。ひいては、ラヴァーを打ち直した職人に対して、申し訳が立たない。道具というのは、生きているのである。物言わぬからと、無作法をしてはならない。

 

 放置をやめ、とどめを刺した理由? 己の“罪”が生きて呼吸をしているのが、単に不快だった。哀れみとはほど遠い。アスターにとってエッカルトは人ではなく、実体を持った“罪”だった。


 打ち直したばかりのラヴァーを汚してしまったのも不快。アスターは赤く染まったラヴァーを納剣せず、カオルに渡した。

 カオルは凄惨な出来事の一部始終を見ていたが、動じずラヴァーを受け取った。

 成長したのだろう。かつては騎士団で冷遇され、弟を失い、母に裏切られ、蓬莱山で共に戦った。アスターに忠誠を誓うことで、変わったのだ。


「グレースの他に取り逃がしたのはミリヤか? 捕らえたあとは、拷問吏に任せる。どうせ、口を割らぬだろうがな?」


 アスターは声を張り上げた。


「ヘリオーティスを城内、城下で捕らえた者には報奨を与える! 報告だけでも金一封。匿ったり、隠す者は反逆罪とみなす!!」


 城側に広がり、聴衆を制御する兵士たちは威勢よく掛け声を上げた。その中に震える者が一人いる。

 女兵士キャンフィだ。アスターが一兵卒に注目する理由は、美人だからではない。この女はアスターが何者でもない時、未来からやってきた暗殺隊の一員だった。痴漢騒動では、当時アスターがかわいがっていた部下のジェームスとカオルを決闘させている。


 ──血を見るのは初めてではあるまい。少々、怖がりすぎではないか? まさかな……


「アスター様。処刑中、シーラズの城下街で暴動が起きたと報告がありました」


 疑念が大きくなるまえに、カオルの声が遮った。


「シーラズは王都に近い。私が直接出向き、鎮圧する」


 これからもっと増える。民レベルの反乱どころか、旗を掲げる諸侯が出てきてもおかしくない。騎士団でも、離脱者が続出するだろう。


 ──序の口ってとこだな? 忙しくなる。全部、叩き潰すまで。


 当分、自邸には帰れなくなる。何も言わず、自分を受け入れてくれるカミーユがアスターは愛おしかった。愛息子のヴェルナーを抱けないのはさみしい。

 アンジェのクレマンティ邸へは、二度と行くことはない。イザベラ・クレマンティは今や敵である。イザベラがたまたま、留守だったのは好運だった。もしいたら、一触即発の事態になっていた。

 敵の実家にいる孫娘のマデリナはアスターのことを忘れるだろう。ユマはこれまで以上に、アスターを憎むに違いない。

 

 ──憎まれるのには慣れている。


 家族のために最善の選択をしたという自負があった。だから、どんなに責められようが、嫌われようが、平然としていられた。

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