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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる  作者: 黄札
第四部 イアン・ローズ冒険譚(後編)一章 エゼキエル
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8話 チムチム(エゼキエル)

 エゼキエルが目覚めた時、リゲルはいなかった。魔人のときは球状のハンモックを使い、人間のときはベッドに寝る。ベッドは添い寝に適している。

 小さな音や気配に魔人は敏感だ。人間のごとく熟睡することは滅多にない。起きなかったのは、術か薬のせいかと思われた。


 ――リゲルめ


 窓から淡い光が差し込んでいる。太陽がなくても、体内時計でなんとなくわかった。今は昼過ぎだ。

 リゲルの怒りは当分鎮まらないだろう。エゼキエルをベッドに一人置き、起きないように術をかけて、去ってしまったのである。捨てるぐらいなら殺せと、そう言っていた。自暴自棄にならないといいのだが。

 エゼキエルは奴隷を呼び、人間の服に着替えてから王の間へ向かった。


 玉座に座ると、ティムを呼び出した。それとなくリゲルの行方を聞く。知りませんと突っぱねられてしまった。さらに、リゲルは俺にくれるんではなかったですか?……と煽ってきた。気が変わったとエゼキエルが言えば、こぼした水は元には戻せませんと。アホトサカは相変わらず、ふざけている。


 軽めのやり取りは準備運動になった。()もべたちにばかり苦労をさせず、今日こそは真面目に働こうと、エゼキエルは気を引き締めた。これでも昨日、ティムに諌められたことが効いているのである。


 玉座の前にいびつな形のテーブルを置かせた。巨木を輪切りにした一枚板で作られている。ティム、リザーディア、サムを呼び、カッコゥが完成させた魔国の地図を広げた。

 エゼキエルの配下となった地域を赤のチョークで囲んでいく。まだ、ドゥルジの勢力には到底及ばない。特に妖精族はドゥルジサイドの報復を恐れて、なかなか従おうとしなかった。

 先日も村が一つなくなった。ドゥルジは逆らうものに容赦ない。


「魔国でのドゥルジの地位は確固たるものです。恐れながら申し上げますが、共闘関係を結ぶのが妥当かと……」


 注意深く言葉を選び、進言するのはトカゲ男のリザーディアだ。耳が痛いのは我慢する。賢臣ほど嫌なことを言う。

 エゼキエルはこの中で一番、自分を甘やかしてくれるティムへ視線を送った。ティムはふらふら、テーブルの周りを歩き、口笛を吹いている。トサカが飄々としているのは、いつものことだから、誰も注意をしない。あきらめられている。

 エゼキエルは少々イラついた。


「ティム、おまえはどう思う?」

「わからないっすねー」


 アホめ。即答だ。おまえが問題に向き合えと言うから、会合を開いたというのに。サムがキレないか心配である。これまでも何度か、ティムの態度に激昂することがあった。今のところ、サムは黙する骨だ。


「サムは??」


 おそるおそる聞いてみる。ときどき、エゼキエルは現世の兄が生きているか不安になる。骨というのは感情を読み取りにくい。とてつもない存在感を放つこともあれば、まるきり気配を消してしまうこともある。

 カタ……顎骨が動いた。


「判断するには材料が足りぬ。もっと意見を出せ」


 暗い眼窩はこちらを向いている……ということは、朕に考えを言えと申しているのか? エゼキエルは動揺した。

 個人的にドゥルジを嫌悪しているので、共闘はありえない。しかし、感情面は隠すべきだろう。兄はエゼキエルを試しているのかもしれない。期待にそえず、落胆させてしまわないかとビクビクしてしまう。こういうところにもユゼフ的思考が混ざりこむ。エゼキエルの精神にユゼフは多大な影響を及ぼしていた。


「ドゥルジは狡猾である。味方であろうと、利用することしか考えていない。信頼関係を築くのは無理であろう」


 割と無難なことを言えた。次はティムの番だ。ホッと息をつき、エゼキエルはトサカ頭を見る。

 ところが、肝心の本人は耳をホジホジしており、やる気がない。


「ん? 俺様に視線が集まってる? なぜ?」

「なにか意見を言え」


 エゼキエルは促した。


「えっとぉ……よくわかんないんすけど、ドゥルジって強いんすかね? ぶっ倒すわけには、いかないんすか?」


 これまた、短絡的な……

 横を見ると、サムがカタカタと震え始めていた。爆発する寸前だ。擁護しなければとエゼキエルは思った。

 アホにはちがいないが、ティムとて無能ではない。どちらかといえば、有能な部類に入るのだ。魔界ではリザーディアと共に情報収集や喧伝活動を頑張ってくれていたし、魔国に来てからは家来やスケジュールの管理、謁見の仲介役などもしてくれている。エゼキエルがディアナにうつつを抜かしている間に、傭兵組織まで結成してくれた。人間の身でありながら、魔人たちにも一目置かれる存在だ。強さを評価の軸に据える魔国で敬われているのである。人間の中では間違いなく、最強の部類に入る。


 ――アホな時はこうだけど、やる時はやる男なのだ。


「あーー、チムチムはかしこまった話し合いとか、苦手なんですよね。もっと砕けた感じで話を進めていただけると、良いアイデアを出せると思います」


 助け船はリザーディアが出した。知的なトカゲは緩和剤となる。魔人の中にあってティムは異質な存在だ。おそらく、人間の中にいてもそうなのだろう。

 サムのカタカタ音は止まった。暗い眼窩はリザーディアのほうへ向く。


「リザーディアよ、サチ・ジーンニア、サウルの状況はどうなのだ?」


 サウルの件に関して、エゼキエルはティムとリゲルを信用していなかった。一応、ダモンを通じてリゲルに監視させるが、リザーディアにも探らせている。


「今のところ、これといった報告はないですね。文を持ったダモンが着いたでしょうから、対策はするんじゃないですか? ナスターシャ女王もすぐに動くとは限らないと思います」


 居場所を知られたサウルは移動するだろう。

 

「サウルを捕えるのも一つの手だと我は思う。グリンデル王家の血を引く男児は表向き、一人だけなのだろう? ナスターシャ女王はサウルの生まれ変わりに執着していると聞く。殺さず手中に収めれば、取引材料に使えるであろう」

「グリンデルの弱みを押さえれば、主国攻略の足掛かりとなるでしょうしね。良き案と存じます」


 サムとリザーディア、賢い者同士で話を進めていく。ティムはポケーと、その様子を眺めていた。エゼキエルは仇敵サウルを前にして平常心を保てる自信がない。戦略に使い、復讐を遂げるのは後回しにせねばならないのだと、自分に言い聞かせた。


「サチに手を出したら、ザカリヤが黙ってねぇと思うんすけど……」


 油断は禁物である。アホが話し合いに水を差し、ギギギとサムの頭蓋がティムへと向いた。骨だろうが、サムの威圧感はすさまじい。だが、ティムは全然ひるまなかった。


「ハッ……サムエル様とザカリヤが戦うんすね!! わあああ!! 英雄頂上決戦っすね!! 楽しみです!!」

「うむ……期待して待て」


 サムの怒は発動しなかった。

 移転する間は注意がおろそかになる。今がサウルを確保するのに適切な時かと思われた。ドゥルジはエゼキエルとサウルがやり合うのを期待し、静観しているのだろう。痺れを切らすまえに動いたほうがいいかもしれない。話し合いはサウルの確保でまとまりそうだった。

 王の間に、血相を変えてカッコゥが飛び込んだりしなければ、おおむね順調だったのだ。


 小悪魔はいつもより青黒く見えた。サウルが縫ったという上衣は、もともと細かく刺繍された生地を使ったおかげで華やかである。しかしながら、下に着たベストのボタンがほつれ、せっかくの衣装は乱れていた。何かあったのだと、エゼキエルは瞬時に理解した。


「エ、エ、エゼキエルサマ……」

「何事だ? 今、大切な会合の真っ最中であるぞ?」


 サムに威嚇され、哀れな小悪魔は縮こまる。エゼキエルはかろうじて自制心を保ち、「すまないが、外させてくれ」と家臣たちに告げた。

 血の色の絨毯を歩かず、玉座の左手にある小さな出入口から回廊へと出た。恐ろしい報告を聞くまでの時間はわずかだ。カッコゥは、


「ディアナ様が姿を消されました」と。

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