7話 わかっている(エゼキエル)
魔人の活動時間帯は人間と異なる。だいたい、昼過ぎに起き始め、活動のピークは夕暮れ時か宵である。そして、夜半に活動を終え、深夜か未明には就寝する。
昼だけに活動する人間とはちがい、昼と夜とちょうど半分ずつバランスよく配分している。日が差さない魔国では、日光に弱いタイプの魔人でも出歩くことができる。
エゼキエルが寝室に引っ込んだのは、夜も深まったころだった。
奴隷に身の回りの世話をさせ、楽なローブに着替えてからベッドに腰かける。魔人の姿の時は止まり木にとまるのだが、ここ最近はベッドが定位置となっている。
高く位置する窓は全開で、終わりのない闇が見えた。魔国に月は昇らない。
リゲルは待たずとも、やってきた。
コンッコン……と、控えめに扉を叩く。部屋に入るまえは怖がりの幼子のようだ。返事をするまえに扉は開いた。
許可なしに上がり込んだリゲルは、ニィッと口の端を歪めてふてぶてしい笑顔を見せた。エゼキエルはリゲルの美を際立たせるため、燭台とトーチに黄色い光を灯した。月光と同じ色だ。
「勝手に入ってくるな」
「安心しろ。本当にダメな時は入ったりしない」
エゼキエルはリゲルをベッドに誘った。早く金髪に指を絡ませたいし、白い肌を吸いたい。赤い肉の間に舌を割り入れて、その味を存分に楽しみたい。皮膚を通じて得られる熱を全身で感じたい。どうしようもないほどに飢えていた。
エゼキエルを見て、リゲルは垂れ目を細める。かわいい、早く喰らいたい。手の届く位置に来るまでの時間が、とても長かった。エゼキエルは触れるなり、リゲルをベッドに押し倒した。
リゲルはディアナのように拒絶しなかった。黒いローブの下は皮製の防具が胸と腰回りを覆っているだけである。それを乱暴に引きはがした。
「おいおい、女心っちゅうもんをな? ちっとは、わかろうとしろ?」
「なにがだ?」
エゼキエルの目には先日、イアンの被害にあった乳房しか映っていない。ディアナの倍のサイズがある。
「勝負下着だったんじゃが……ちゃんと、脱がせるまえに見ておけ」
「うるさい。萎えるようなことを言うんじゃない」
エゼキエルはキスでリゲルの口をふさいだ。
心優しい魔女は肉感的で、男を喜ばせる術に長けている。エゼキエルは好きなだけ快楽を貪ることができた。
ときおり、ディアナを思い出すこともあった。リゲルとディアナの共通点、金髪と白い柔肌をエゼキエルは心より愛していた。ディアナとこんなふうに睦み合えたらいいのにと思う。ディアナのことを思い描きつつ、リゲルとの情事に溺れた。
飽きるほど貪りたかった。だが、エゼキエルは途中でリゲルの異変を感じ取った。
「どうしたのだ? 泣いてる!?」
空色の目の周りが濡れている。明らかに喜び由来のものではなかった。
「どこか痛かったのか? 乱暴にしてしまっただろうか?」
リゲルはぶんぶん、頭を振る。エゼキエルはリゲルを横に寝かせ、夜具をかぶせた。自分も横向きに寝そべり、向き合う。リゲルはまつ毛を伏せ、エゼキエルを見ようとはしなかった。
「困ったものだな。甘えん坊の魔女様はご機嫌ななめに見える」
リゲルは尽くすだけの女だから、たちの悪い拗ね方はしない。ぐずぐず泣いたり、恨み言を言ったりはしないのだ。こういうのは、めずらしかった。ぽんぽんと肩の辺りを叩いてやると、金のまつ毛が上がる。責めるような目をしていた。
「わかっておるんじゃ。すべて、わかっておる」
「なにがだ??」
「わしとまぐわう時、ずっとディアナのことを考えとったじゃろう?」
エゼキエルの体温は急激に下がった。二度くらい下がったかもしれない。自分でわかるくらい、身体が冷えていった。
「ティムから聞いたんじゃ。ディアナを城の地下に囲っているんじゃろう? 王妃にするとかなんとか言って」
「あいつ……」
エゼキエルの怒りはティムへ向かい、また踵を返して自分に戻ってきた。ティムにリゲルをもらってやれと言ったのは、エゼキエル自身である。
「ティムの奴、おまえを誘惑してきたか? あいつに体を許してないか?」
「嫉妬するか? 好きでもない女を? いらんからやると、ティムに言ったのはおまえじゃろう?」
自分のものが他の男に蹂躙されるのは耐えがたい。エゼキエルは言ったことを後悔した。
「リゲル、黙っていたのは、すまなかった。だが、ティムにおまえをやると言ったのは、本心からではない。売り言葉に買い言葉で口走ってしまっただけで、おまえのことは手放したくないのだ」
嘘ではなく本当の気持ちだ。エゼキエルはリゲルのことも以前と同様、愛していた。だが、その間にディアナという存在が入り込んでしまったのである。その存在があまりにも大きいせいで、リゲルとの関係に歪みが生じている。健気な魔女を軽んじるつもりも、追いやるつもりもなかった。今までどおり、仲良くやっていきたいと思っている。
エゼキエルは腹を決め、打ち明けることにした。いずれ知られることだ。
「いかにも、朕はディアナを王妃にするつもりだ。あれを愛しておる」
空色の瞳が瞼に覆われた。まつ毛の先から雫がこぼれる。
「だが、おまえへの気持ちが変わったわけではない。おまえのことは好いているし、大事にしてやりたいと思っている。朕にとって、おまえはかけがえのない女だ」
「生殺しにする気か……」
リゲルは横向きのまま、エゼキエルを見据えた。濡れた碧眼は怒を含んでいる。
「そんなお愛想はいらないんじゃ! はっきり、ディアナの代わりと言え!」
「代わり、というわけでは……」
エゼキエルは完全に“ちがう”と言い切ることができなかった。リゲルはいつでも満たしてくれる。ディアナには執着しているが、満たされることはない。だから、両方とも必要なのだ。
尽くすだけの女は初めて反抗し、エゼキエルを責めた。与えられるだけの愛にも、代償があったことをエゼキエルは知った。魔女は思っていた以上に苦しみ、傷ついていたのだ。
慟哭するリゲルを抱きしめる。自分勝手な欲望のために、かわいい魔女を苦しめている。彼女が嗚咽するたび、胸が締め付けられた。
――そうか、そうだな……生殺しだ。リゲルが他の男のものになるのは耐えがたいが、放してやったほうがこいつのためには良いかもしれん。苦しませてまで、そばに引き留めておくのは醜い。
「わかった。おまえが誰のものになろうが、我慢する。必要があれば、隷属の契約も解除しよう。好きに生きていけばいい。もう、おまえを縛りつけたりはしない」
身を切る思いで発した言葉にリゲルは愕然とした。涙は止まっても、悲しみが深まったように見える。開放を求めていたのではないのか。愛から逃れ、楽になりたかったのではないのか。
「捨てるのか……」
「捨てるわけではない。自由にする」
「そんなの捨てると同義じゃ! 捨てるんなら、殺せ!」
リゲルはしがみついてくる。かわいそうな女だ。自分を苦しませる男と離れられないのだから。薬の匂いのする金髪に顔をうずめ、エゼキエルは女の心に寄り添った。一途で頑固。自分に似ているかもしれない。彼女は誰よりもエゼキエルを愛している。
「ならば、地獄までついていくか?」
エゼキエルの胸の中でリゲルは迷わず、うなずいた。
今週は16時過ぎに投稿します。




