6話 馬鹿に天狗(エゼキエル)
金髪、色白、碧眼……
エゼキエルがリゲルを愛したのは、ディアナと同じ特徴を持っていたからかもしれない。前世より、仇のディアナを愛しており、復讐を遂げるために過去の自分と決別したのではないか、とも考えられる。
エゼキエルは人間に虐殺された妻子を愛していた。前世のディアナ、アフロディテを愛したせいで、妻子を死なせることになったのだとしたら、贖罪の意味もあったのだろう。記憶を消して、冷酷になることで償おうとしたのだ。
しかし、記憶は消せても感情は消せない。愛を憎悪に変えることなど、本質的に無理なのだ。強引にアフロディテを憎んだ結果、欲求不満になった。
愛欲を満たす相手として選んだのはリゲル……と、自己分析はここまで。
ティムが去って数刻後、リゲルは玉座の前に現れた。
黒いフードを取り、金髪とあどけない顔を見せつける。垂れ目と肉厚な唇は彼女特有のものだ。幼い顔が見せる表情はいつだって、ふてぶてしい。
「長く留守にしてすまんな? イアンのバカがまた、やらかしおったのじゃ」
「おもしろい話か? 不快な話か?」
「話としてはおもしろいが、不快な面もあるな」
前置きしてから、リゲルは話し始めた。
イアンがグリンデルの百日城に忍び込み、捕らえられたという話だ。なぜ忍び込んだのかというと、水中呼吸の道具を作る学匠に会うためであった。三叉の矛と竜の珠を、まだあきらめてなかったらしい。海底へ行ったところで、どうにかなる問題ではないのだが、馬鹿は目先のことしか考えられない。
その道具を作ってもらったかどうかは不明である。なぜなら、騒がしいという理由でダモンを連れて行かなかったからだ。
「イアンの奴、拷問されてこちらの情報を話してしまったかもしれん。もともと、秘密を黙っていられる性格ではないし」
「人間は見たものしか信じぬ。あの馬鹿が何を申したところで、世迷言と捉えられるだろう」
「ナスターシャは侮れぬぞ? ドゥルジとつながっておる可能性もあるし、こちらをうかがっているやもしれん」
エゼキエルは鼻から息を吐き、腕組みする。今のところ、人間の動向より、ドゥルジのほうが気になる。が、油断は禁物。ディアナが主国にいないとわかれば、グリンデルは真っ先に動くだろう。
「警戒はしておこう。こちらの手の者をグリンデルに送るか……」
「ちなみにダモンはサウルのもとにおる。サウルの居場所がナスターシャに知られてしまったので、教えるためじゃ」
「その文は奪わなかったのか?」
リゲルはうなずいた。エゼキエルとしては複雑な気持ちだ。自分の手でサウルの息の根を止めたいし、リゲルがわざと守ろうとしたのには腹がたつ。
戦略的に考えた場合、ナスターシャが未熟な状態のサウルを手中に収めてくれたら、都合はよいのだ。一番の天敵、ディアナは囲っている。サウルを無力化すれば、他に強敵はいなくなる。
「あ、ダモンはしばらくサウルのとこにいると思うぞ? 文には返信不可と書かれてあった」
「なぜだ?」
「返信不可と書き足したのは、太郎とかいうエデン人……いや、天狗じゃ。ダモンがわしらとつながってることに、気づいてしまったらしい」
「天狗?? もしかして、朕が三百年前に戦った天狗か!?」
「どうじゃろうな? その子孫かもしれん」
「ふふふははは……! おもしろいではないか!」
三百年前、大陸を追われ、行き着いた僻地でエゼキエルは天狗と出会った。一応神族だそうだが、人間を喰らうこともあり、光と闇、両方の力を扱う。邪神に近い存在かと、エゼキエルは思っていた。
かの場所で愛剣月読を打ってもらい、不老不死の力を得た。エゼキエルにとって、蓬莱山は思い出深い場所である。
「なるほど……イアンのところは天狗が一緒か。こりゃぁ、油断ならん」
「笑いごとじゃないじゃろ? ちょいと話したが、切れ者っぽかったぞ?」
「切れ者というか、物好きじゃないか?」
「まぁ、イアンの遊びに付き合ってやるぐらいじゃからの」
「三百年前、先祖が朕に負けたことを根に持ってるのかもしれん」
懐かしい名称を聞いて気分が上がった。天狗が一緒なら、自分の所までたどり着けるかもしれない。
――イアンよ、まだまだ先は長いぞ? 次は海底城だ。さて、いかようにして、海の王を説得する? 太郎に任せっきりか? どうせ、出しゃばってくるのだろう、天狗野郎は? おまえのことだから、ケンカするであろうな? 太郎も堪忍袋の緒が切れるかもしれん。少しは大人になり、協力し合うのだぞ? 朕のもとに太郎を連れてきてくれ。朕と太郎を戦わせるのだ。朕の眷属なのだから、がんばれ
エゼキエルは密やかにイアンへエールを送った。本当に海の宝を手に入れ、この城に乗り込んできたら、たいしたものだ。褒めてやりたい。
「みんな、イアンが好きじゃな」
「話の種にはなる」
「そうそう、百日城でイアンを助けたんじゃが、拷問されたあとで弱っておってな、抱きつかれた」
「ん?」
「そんで、あいつ、どさくさに紛れて、わしの乳を揉んできたんじゃが……」
「なぬ! 許さん!」
帰するところ、馬鹿は馬鹿だった。馬鹿にはお仕置きが必要である。さて、どんなお仕置きにするか。
エゼキエルが機嫌よく思いを巡らせていると、リゲルがジッと見ている。何か言いたげだ。
「ヤキモチは焼くんじゃな……」
ボソリ、つぶやいた。
「当然だろう?」
「そういや、なんで人間の姿でいるんじゃ?」
当たり前の質問だ。それなのに、エゼキエルはまったく答えを用意していなかった。
「あっ……こ、これな? 以前、夜明けの城にこの姿で忍び込んだだろう? それ以来、病みつきになってな? 魔力の消費量を抑えられて、非常にエネルギー効率がいいのだよ」
「ふぅん……」
我ながらワケのわからん説明だ。リゲルもいぶかしげな目を向けてくる。エゼキエルは冷たい汗をかいた。
「なんだか、そうしてるとユゼフが戻ってきたようじゃな?」
「朕とユゼフとはちがうが……」
「そうじゃな。わしはユゼフよりエゼキエルのほうが好きじゃ。ユゼフはディアナに夢中で、わしを無視していたからな?」
「そ、そうか……」
「今夜、部屋に行ってもいいか?」
魔女の空色の瞳は潤んでいる。拒否する理由はどこにもない。哀れな魔女は愛を求めており、エゼキエルは彼女を愛している。
心なしか、リゲルが泣いているように見えた。




