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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる  作者: 黄札
第一部 新しい王の誕生(前編)四章 盗賊達
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66話 金

 立ち上がった大男は長剣を正眼に構えた。強い殺意を持った目は鋭く、その剣が何度も血を浴びているのは想像に難くなかった。

 音と衝撃はどちらが先だったか。ジィーーーンと手が痺れる。ユゼフは打突を受け止めた。剣は両手に持ち直している。

 男は間髪入れず、向きを返して逆から打ってくる。刃の猛撃は途切れなかった。アフラムの片手剣より強く、鋭敏だ。


 ──でも……さっきよりわかる。心臓の位置が、血の流れが……


 目を閉じて戦ったおかげか、今は開けていても感覚が研ぎ澄まされている。


「動脈を狙え!」

 

 アスターの声が聞こえた。

 男は甲冑を着ていたので、そんなことを言われても困る。首を狙うか、脇下の隙間に剣を差し込むか……

 迷いや恐れは消えていた。極めて冷静に、ユゼフは秒以下の速度で考えた。

 首を狙ったほうが簡単だが、あえて脇下を狙いたい。

 目で確認した位置と心で感じた脈動の位置を擦り合わせられるか、確かめたかった。

 

 相手が胴を狙ったとき、左に払いのける。足を大きく踏み出してわざと間合いに入った。

 即座に軌道を戻し、まっすぐ斬り込もうとするのがわかる。

 時はユゼフの中でゆっくり動いた。


 ──わかる! 流れる精気が……見える!


 体を低くし、ユゼフは男の脇下にあいた隙間へ刃を差し込んだ。もちろん、動脈を狙ってだ。

 差し込んだ剣を素早く抜いて後ろに下がる。僅かな間を置いて、男の脇から勢いよく血が吹き出した。

 終われば何とも呆気ない。膝を落とし、男はうつ伏せに倒れた。

 一部始終を見て、アフラムは目を丸くしている。先ほどの動きとは別人だから無理もない。アフラムを見張っていたアスターは満足げにうなずいた。


「何が目的だ? どうせ金だろう。チンピラどもが!」


 アフラムは忌々しげに唾を飛ばした。


「おお! よくわかっているではないか? さあ、この馬車で商人街を通って、我々にとって安全な貧民窟まで行こう」

 

 御者はいつの間にか逃げていた。


「無理やり止めたせいで車輪がイカれてる」

 とアキラ。


「では、馬で行こう。安全な場所に着いたら、貴公には自城へ文を書いてもらうからな?」


 アスターは気持ち悪いほど優しい笑顔を見せた。

 予定では、ここから数十スタディオン(数キロ)離れた貧民窟の廃屋に身を隠す。人質のアフラムには、家族へ向けて文を書かせるつもりだった。

 アフラムには妻と幼い息子が二人いる。城代、相談役の学匠、宦官が対処に当たると思われた。


「いくらだ? 十万、三十万か? 何リアルほしい?」

 

 アフラムは馬糞にたかる蝿を見るかのごとく、純粋な嫌悪を向けた。


「桁が違うぞ? 金持ちのくせにケチな奴だ」


 機嫌の直ったアスターは歌うように話す。抵抗できない者をいたぶるのが心底楽しいらしい。


「三百万リアル」

 アスターは言ってから、


「これだけあれば充分だろ?」


 と、ユゼフに確認した。

 アフラムの澄まし顔がみるみるうちに赤く染まる。血走った目でアスターとユゼフを交互に見た。


「恥ずかしくないのか!? 貴公らも貴族の端くれであろう? このような真似をして、誇りはないのか!?」


 ユゼフは後ろめたくなり、下を向いた。アスターは気にする素振りなど、露ほども見せず、アフラムを小突いた。


「誇りだと? 負けた奴が何を言う?

貴公はその恥ずかしい奴らに負けて捕まり、金をむしりとられる運命なのだ」


 手始めに、アキラがアフラムの上着とマントを取り上げた。それから、肩の刺し傷を布で縛って止血する。最後に両手をきつく縛りあげた。やはり、盗賊だから手慣れている。

 嬉しそうにニコニコしたのは、アフラムの上着から嗅ぎタバコの瓶を見つけたからだ。傷のある美男子も、飴玉をもらった幼子の顔になる。アキラは粉を手に出して勢いよく吸い込んだ。


「私にもよこせ!」

 

 アスターがほしがり、瓶を渡そうとしたところで……和やかな笑みが消えた。

 ユゼフがアキラの腕をガッチリつかんだのである。ユゼフは(かぶり)を振った。


「こういうのは良くない」


 アキラは驚いていたが、おとなしく嗅ぎタバコの瓶を元に戻した。くだらない争いはしたくないのだろう。素直で年下らしい面もある。ケンカっ早いくせに、アキラは口論を嫌う。

 ユゼフはアフラムに向き直った。


「こんな形で貴殿を拘束するのは気が進まない。でも、大義のためなのです」

「大義? どういうことだ?」

「王女殿下をお助けするのに、金が必要なのです」


 一驚を喫するアフラムを尻目に、アスターはユゼフの肩に手を置いた。


「おい! それ以上、金の素に余計なことを言うんじゃない。さあ、馬に乗ってずらかるぞ。私がこの間抜けと乗るから、おまえら、どっちかが先導しろ」

 

 ユゼフはともかく、アキラまで“おまえ”呼ばわりだ。これではほとんど、賊と変わらない。というか、賊そのものである。


 アスターは言い終わるなり、アフラムの首にロープを巻き付けた。それに手頃な長さのリードを結び付ける。そして、犬に対するみたいに引きずった。

 アフラムは引きずられても、ユゼフに訴えた。


「大義のためなら、こんなやり方ではなくとも、やりようがあるだろう? 援助してやってもいい。私には妻と幼い息子がいるんだ。頼むから解放してくれ!」

「はいはい」


 嘲笑うアスター。


「あんまりうるさいと口に綿を詰め込むぞ? この奴隷商人め!」


 平然と悪事を行う髭親父と若い頭領は、何を聞いても良心の呵責を感じることがないようだった。恨んでもない人を金だけのために暴行、緊縛、監禁する。この二人は平気な顔で無関係のアフラムを加害するのだ。彼らは仲間に対して思いやりを持つが、獲物には容赦なかった。


 金を得る方法が他に思いつかないとはいえ、葛藤もしないのはどうなのだろう。正しくありたいと願うのは贅沢なのだろうか──ユゼフの心の叫びは、朧げになり始めた半月とともに薄明の空に散った。

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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる設定集

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― 新着の感想 ―
[一言] アスターもアキラも比較的まともそうに見えるんだけど、アフラムさんとの件はなんというか、やんちゃだなって感じですねw(´▽`*) そして顔だけで誰だか分かっちゃうの、手配書こわい((((;゜Д…
2021/04/25 00:42 退会済み
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