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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる  作者: 黄札
第四部 イアン・ローズ冒険譚(前編)
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92話 晩餐(エゼキエル)

 晩餐の席にいたのは、ディアナの他には近親者のカオルだけだ。演技も慣れてきたので、エゼキエルは気負わず食事することができた。テーブルマナーはティムから教わっている。


 細かい文様が彫りこまれた銀の坏はあまり手になじまない。テーブルに並ぶ道具はどれも繊細で、華奢なディアナと似ていた。ディアナは愛する男に見てもらおうと、目一杯のおしゃれをしたのだろう。まとめ上げた髪を大きな塔のようにし、キラキラしたビーズの飾りをいくつも付けていた。衣装もピンクから落ち着いた暁色へと変更。色合いは落ち着いていても装飾は華やかだ。

 充分観賞に値する美だが、ゴテゴテした飾り物が台無しにしている。エゼキエルは彼女から邪魔な装飾を取り払ってしまいたかった。


 持ちにくい坏もそう。持ち手の柱の部分に注目を集めようと細くし過ぎて、造形的な美まで損なっている。エゼキエルは壊れそうな持ち手をつまみ、ワインを口に含んだ。

 酒は魔国のほうがよい。ワインは味に深みがなく淡白だ。醸造期間が短いのが流行なのかもしれない。

 

 その代わり、食事は美味であった。趣味のいい庭園を思わせる凝った前菜が出てきたかと思えば、親しみやすい揚げ物が登場したりと野趣に富んでいる。魚肉にチーズを抱かせ、衣にくるんで揚げた料理は見習いが作ったという。なんだか子供っぽいというか、王室の食卓には不似合いの料理だ。

 聞いてみたところ、ユゼフがたいそう気に入っている料理なので、わざわざ作らせたとのこと。料理長がその見習いを呼んでくれた。

 白いエプロンに短めのシェフ帽を被った見習いの名はファロフ。人懐っこい笑みを見せるファロフは給仕のかたわら、親しげに話しかけてきた。


「戻ってこられて良かったな、ユゼフ! 心配してたんだよ」


 料理人見習いと旧知の仲とは知らされていなかった。ユゼフは意外にも庶民派である。エゼキエルは笑顔で答えるにとどめた。ファロフは遠慮なく話してくる。民というのはいつの時代も無邪気だ。魔王として恐れられるまえは、エゼキエルも民と仲良く交流していたような気がする。別に不快ではなかった。


「サチとイアンは無事だろうか? イアンはどこでも生きていけそうだけど、サチは大丈夫かなぁ」

 共通の友人というわけか。イアンの評価はどこでも同じである。


「イアンは知らないけど、サチは元気にしているよ」

 そう伝えてやると、ファロフは安堵の表情を浮かべた。


「仲直りできたんだな! サチが主国を出る時にこの料理を出して良かった。食事中、二人とも目を合わせなかったから、ちゃんと仲直りできたか不安だったんだ」


 仲直りか……と、エゼキエルは心の中でつぶやく。ユゼフはサチ(サウル)にどのような感情を抱いていたのか。持ち物検査で得られた情報から、清らかさは感じられなかった。エゼキエルが想定するユゼフの性格だと、サウルを利用しようとしていたのか、おいおい前世の復讐をするつもりだったのか、能力を妬んで卑屈になったりということも考えられる。


 カオルの咳払いでファロフとの会話は中断された。下がるまえに苦笑するファロフの目がおかしいことに、エゼキエルは気づいた。なんの変哲もない黒い目だが、どこかおかしい。違和感がある。よくよく観察してみると、ファロフからは微量の魔力がもれていた。魔国では魔力を帯びているのは普通のことだから、気にならなかったのだ。そういえば、初めに会ったジャメルという騎士も同じだ。


 ――もしかして、亜人??


 リゲルのようにほとんど人間と変わらぬ亜人もいる。しかし、多くは複数の獣の特徴を持っていたり、目や髪の色も人間より豊富だ。ファロフはたぶん、目の色を変えているのだろう。ゆえに、違和感を覚えたのだ。彼らは亜人の特徴を消し、人間として人間社会で生きているのである。


 ――すっかり、人間みたいになりやがって……誇りはないのか?


 エゼキエルは憤ってから、彼らは悪くないと思い直した。エゼキエルが魔国に追いやられてからというもの、亜人は虐げられ続けてきた。本土には彼らの居場所はない。人間として生きることを選んだとしても、致し方ないことだ。

 エゼキエルは思わず、歯ぎしりしそうになった。


 怪しむようなカオルの視線にさらされ、ハッとする。昼間会った時とはちがい、カオルは疑いの目を向けていた。アスターに何か吹き込まれたのだろう。


「ファロフと仲がいいんだね? ジャメルはまだいいけど、おれは元盗賊連中は苦手だな」

「アスターの周りは品性が欠けてるのよね」


 カオルの言葉に、すかさずディアナが相槌を打った。ヘリオーティスを従えているディアナには、アスターだって言われたくないだろう。カオルはまだブツブツ言っている。美形なのに陰険である。


「アスター様というか、イアンの友達だよ。イアンの周りはいつもそう。不良ばかり集まるんだ」

「ほんと、やーよね。ほら、あのアホのトサカ頭とか……」


 トサカ頭? トサカ頭といえば、一人しかいないのだが。


 ――ティムは朕の忠臣だぞ? 悪口言うな


 残念ながら、アホというのは間違っていない。今ごろ、エゼキエルを城外へ逃がす準備をしていることだろう。そう願いたい。


「子供のころはイアンのせいで、さんざんな目に遭ってきたよな?」

 また、イアンの話題か。やはり、苦情相談窓口が……


「射石砲の一件は覚えてる?」

 カオルは探るような目つきをしている。エゼキエルを試そうとしているのかもしれなかった。


 ――射石砲ときたか。人間たちが使っていた大砲の劣化版だな?


 大砲は人間がアニュラスへやってきた時に持ち込んだ武器だ。その後、大砲から射石砲へ退化した理由は定かではない。外海から来た時に持っていた原料がなくなったとか、製作可能な技術者が足りなくなったとか、さまざまな理由が考えられる。


 ――イアンが射石砲にイタズラしたのだな? あの馬鹿がやりそうなことといえば……


「花火を飛ばした……」

「そう! そうそう! あれは強烈だったよな? 魔法の札を砲身に貼り付けてさ。大騒ぎになったんだよ」


 エゼキエルは胸をなでおろした。よかった、当たっていた。


「おれもユゼフも反対したけど、いつものアレで聞く耳持たず。これ以上なにか言うと、おれら自身が砲身に詰められるところだったんだよな?」


 一瞬、それか?……ともエゼキエルは思った。だが、さすがに笑い話にならないだろうと花火にしたのだった。本当に詰められていたら、カオルはここにいない。イアンに関する思い出話は止まらなかった。


 他にも、とある邸宅の柱を切って崩壊させたり、濠の水を川に流して洪水を起こしそうになったり、城でボヤを出して敵襲だと勘違いさせてしまったり……ローズの森はイアンの作った落とし穴だらけで、旅人からは魔境と呼ばれているらしい。

 

 ――子供のころから、しょうもない奴だな

 エゼキエルは呆れ返った。ディアナも嘲笑している。


「ユゼフもよく生きていたなって思うよ。毒虫を食べさせられて死にかけたし、剣術ごっこでも血まみれで大変なことになったしな?」


 ――なんだと!? やはり、今度会った時は死刑だ!

 馬鹿の処遇はサムに任せてもいいと、エゼキエルは思った。ユゼフがおとなしいのをいいことに、やりすぎである。


「でも、よかった。いつものユゼフだ」

 カオルは緑がかった薄茶色の瞳で笑う。


「じつはさ、アスター様からユゼフの様子がおかしいから、探ってこいと言われてたんだ。いろいろカマかけてみたんだけど、普通に答えられてるし、ホッとしたよ」


 思ったとおり、試されていた。カオルが能無しでよかったとエゼキエルは思う。イアンのやりそうなことは想像しやすかった。本当にイアン被害者の会を設立したほうがいいかもしれない。

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