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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる  作者: 黄札
第四部 イアン・ローズ冒険譚(前編)
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61話 百日城へ②

 排水路の悪臭がなくなり、途中から汚泥が流れなくなった。同時に足場も消え、通路も狭くなる。現在は使われていない区域と思われた。


「城の真下まで来たかな」


 太郎がこんなことを言い、イアンはドキッとする。ドキッとしたついでに、急停止した太郎の背中に顔をぶつけてしまった。


「すまぬ、すまぬ。ここいらで、着替えたほうがよかろう」

「着替え!?」

「百日城の兵士の制服をルイスから、借りてきたのだ」

「いつの間に!?」

「おぬしが外で用を足してる間にな」


 腹は立つのだが、非常にありがたい。太郎の背中のスリングが妙に膨らんでいるのを見て、イアンは「宿の荷物を持ってきてしまったのかな?」と、呑気に考えていた。

 着替えなど荷物の多くは、最初の宿に置きっぱなしである。アスター邸へ文を届けたダモンが、そろそろ宿に戻って来るころだろうか。


 イアンたちは魔法の札で周囲を明るくし、着替え始めた。百日城の兵士の制服は青なのか緑なのか、はっきりしない青緑だ。この微妙な色合いのサーコート※には、白い百日草モチーフの紋章が描かれている。それも前後に大きく刺繍されているから、たまらない。主国騎士団の制服をデザインしたイアンから見て、最悪なセンスであった。


「ダサッ……俺がグリンデルの騎士として名を馳せるようになったら、このダサい兵士の制服は廃止な? 下々が着るもんであっても、許せない」

「紋は目立たせる必要があるので、致し方あるまい。色のセンスは同感である」


 着替えといっても、ダブレットの上から羽織るだけである。職人のエプロンのようなものだ。


 すぐに済ませ、いよいよ城内へ入り込んだ。汚泥が流れなくなった排水管を腹ばいに進んでいく。アスターレベルの巨漢は通れないだろう。人化するまえの太郎も無理だ。イアンたちは芋虫となって、狭い管の中を這っていった。カビと埃の合わさった臭気を吸うのは気分が悪い。


 幸い、この最悪な道程は長く続かなかった。排水管の終わりはオレンジの陽光によって告げられた。差し込む西日は、希望という言葉そのものに置き換えられる。イアンたちは頭上の金網をどかし、広々とした洞に出た。


 出た場所の意外性にイアンは喫驚した。明るいから、屋外かと思ったのである。

 そこは六角形の室内闘技場だった。明るいのは、高い天井がガラス張りになっているからだ。イアンたちが出た排水管は、闘技場より二段下がった観客席にあった。壁に水栓を見つけたので、水道も通っていたのだろう。


「すごいなぁ! 地下劇場も豪華だったけど、屋内にこんな闘技場があるなんて!」

「使われてはおらぬようだがな? 水道も止まっている。あれを見てみよ」


 太郎が指差した先は天井の近くだ。壁にポッカリ大きな穴が空いていた。同様の穴は向かいの壁にも空いている。


「空調設備かと思われる。換気扇を取っ払ってしまって、穴だけ残っとるのよ」

「ふぇー……もったいないな。こんなに立派な闘技場なのに……ん?」


 イアンは懐かしい匂いを感じて、あたりをキョロキョロ見回した。甘く感じるのは、匂いの主が汚れを知らないからだろうか。イアンとも少し似ている香りだ。


「イアン、いかがした?」

「うん……気のせいかな? サチの匂いがした」

「気のせいではあるまい。サチはこの城に住んでいたのであろう? この場所に来ていたとしても、不思議ならず」


 闘技場には柔らかそうな石が使われていた。うっすらとしか埃が積もっていないところをみると、ひそかに使われていたのかもしれない。グラニエから剣の指導を受けるサチの姿が浮かんできて、イアンは嬉しくなった。主以上に潔癖な髭を前にしては、口達者なサチもおとなしくなる。


 今ごろ、サチは診療所でメグを助けているのだろう。毎日、家族の食事を作り、洗濯をして部屋をきれいにする──料理と掃除と裁縫が得意で、看護士として甲斐甲斐しく働く王など、どこの世界にいるだろうか。


 イアンたちは身体についた埃や土を払って、身だしなみを整えた。サチを思い出したことで気持ちが軽くなった。

 この城で、たしかにサチは暮らしていたのだ。敬愛する人を身近に感じ、暗い迷宮にも親近感が湧く。いつだって自分を曲げず、まっすぐ前へ進む。あの澄んだアーモンドの目を守りたいとイアンは思った。


 闘技場とつながる唯一の通路は埋められており、最初から行き詰まった。ガラスの天井を破壊する手もあるが、それは最終手段だ。足跡を残したくはない。


「空調の穴がどこかに通じておるやもしれぬ」


 太郎の見つけた穴に入ってみることとなった。先端に(かぎ)のついたロープが穴の下に置いてある。サチが出入りに使っていたのかもしれない。

 ダダダダッと音がして見上げると、何人もの兵士が頭上を駆けていった。教練中だろうか。イアンと同じダサい青緑の制服を着ている。


「あれ? 俺たちに気づかないようだな?」

「見えておらぬようだ。特殊なガラスぞ」


 こちらからは見えて、あちら側からは見えないガラスとは、グリンデルの科学技術は進んでいる。観察したい気持ちをグッとこらえて、イアンたちはふたたび暗い穴の中へ身を投じた。

 西日は弱まっており、長い一日が終わろうとしていた。

 先ほどの排水管と同じように、人一人がやっと通れる円筒を芋虫となって這っていく。今のところ、イアンは楽しかった。さまざまな仕掛けがあって、隠し通路だらけの百日城は冒険するには最高の場所だ。ローズ城や夜明けの城と同様、イアンにとって馴染み深い城になるかもしれない。この城はいつか、本当の持ち主であるサチに返してやるつもりだ。


 穴は別の通路につながっていた。その通路は排泄物をまとめて捨てる廃棄室に通じており、悪臭に耐えた後、イアンたちはトーチの灯る普通の回廊にたどり着いた。

 太郎が止まったので、イアンは地図を確認するのだと思った。


「イアン、気づいておるか?」

「ん?? 何がだ?」

「ここから魔力が封じられておる。軽い魔術ぐらいしか使えぬ」


 そういえば、体が重い。地下や隠し通路では何も感じなかった。以前、この城に来た時もどんよりした気持ちになったが、原因は力を制限されていたからだったのか。

 ここで、いったん地図を確認する。


「ふむふむ……地図にない場所だと困るが、一応載っておる。鏡の通路までは少々離れておるな?」

「気を引き締めて行こう」

「にゃぁん」


 イアンたちは兵士らしく背筋を伸ばし、堂々と進んでいった。

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