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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる  作者: 黄札
第四部 イアン・ローズ冒険譚(前編)
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58話 地下都市クラウディア⑥

 無惨にも恋人を奪われたルイスは、虚無と絶望に襲われた。


「アイシャの遺体を見た彼女の母親は発狂し、翌日に自殺してしまった。それで、二人の葬儀が終わったあと、父親は行方不明になった……わたし、わたしはね、毎日呑んだくれていたよ。ダメ人間だね」


 イアンは途中からルイスの顔が見られなくなっていた。膝に乗せたアキラのつやつやした毛を見ることしかできない。その美しい毛の上にポタリポタリ、しずくがたれた。アキラは少し身をよじっただけで、抗議はしてこなかった。話はまだ終わらない。


「次第にわたしは、自分自身に怒りを覚えるようになっていった。何もできない弱い自分にさ。それと同時に、こんな世界は消えてなくなってしまえばいいとも思った」


 グレンと再会したルイスは青い鳥に入会した。両親が“許しなき一週間”の被害者という事実も組織に入ってから知ったという。ルイスはこうなることが運命だったのだと、活動にのめり込んだ。


「活動している間は心の痛みが和らいだ。虚無感も埋めることができた」


 どれだけ悲惨な目に合っていようと、人を無差別に殺していい理由にはならない。だが、イアンはルイスを一方的に責めることが、できなくなってしまった。イアン自身も初恋の人を理不尽に奪われた経験があり、いけないと思いつつ、共感してしまったのである。


 食事が運ばれてきたが、イアンと太郎はほとんど手をつけなかった。ルイスは無理をして数口、口に運んでいたが。こんな話のあとに食事ができるのは、繊細さを欠いたアスターぐらいのものだろう。あのクソ髭オヤジなら、死体を前にしても平気な顔で飯を食いそうである。

 飯は土、スープは泥の食感がした。料理がマズいのか、気持ちの問題か、おそらくその両方であろう。ほとんど残った料理は他の客にあげた。ぬるくなったエールは小便の味がする。


 ルイスの家に戻っても、憂鬱はイアンを解放してくれなかった。

 幸か不幸か、服が乾かないため、一晩泊まることになり、考える猶予が与えられた。


 イアンと太郎は大きめのベッドに雑魚寝だ。毛布はそれぞれ別のものを用意してもらった。それでも、いろんな意味でキツいものがある。

 よく人が泊まるのだろう。ベッド下の簡易ベッドを引き出し、ルイスはそこで寝た。


 目が冴えてしまい、イアンは全然寝られなかった。ザラザラした漆喰の天井は、苦痛に歪む顔や慟哭する顔を次々に浮かび上がらせる。浮かんでは消えるその悪霊を、イアンはただ目で追っていた。


 ルイスへの嫌悪感は過去の打ち明け話によって、払拭された。しかし、これから自分はどうすべきなのか、まったく見当がつかない。ルイスの話は作り話ではないだろう。彼は淡々と、ときおり自嘲しつつ、つらい過去を打ち明けた。声を震わせても、涙は流さない。その後、たいしておもしろくもないグレンやマイエラの幼き日のエピソードなども話していたが、イアンの記憶には残らなかった。どうでもいい話を付け加えて、ごまかすあたり、同情されたくなかったと思われる。


 ルイスのように傷ついた人間は、自暴自棄になるか、死を選ぶしか選択肢がない。青い鳥はちょうど良い受け皿だったのだ。だとしても、破壊することに重点を置く彼らの活動に、未来はないと思われた。


 ──太郎に従って、こちらからは返礼しない条件で協力してもらうか。


 ルイスはそれでもいいと、言ってくれている。何に使われるかわからないため、金銭の謝礼もしない。


 何年も監禁され、本人の意志と反した研究をさせられているガブリエラ。ルイスは彼を救いたがっている。問題は潜入に協力させることで、青い鳥のメンバーを危険にさらしてしまうことだ。下劣なテロリスト集団であっても、個人に罪はない。借りを作りたくない気持ちもある。


 イアンがゴチャゴチャ考えていると、隣で寝ていた太郎がこちらを向いた。知らぬ男の顔が、恋人同士の距離にあるからギョッとする。

 知らぬ顔というのは語弊がある。鳥のイメージが定着しており、いつもは造形以外の要素で認識していたので、驚いてしまったのだ。


「いかがした?」

「あっ、ああ……太郎か……人間の顔だし、距離が近くてビックリした」


 普通は鳥の顔が近くにあったほうが、飛び上がりそうなものなのに、逆とは奇妙な話である。


「まあいい。ルイスはもう寝たようだな? 起きてても構わぬが……イアンよ、打ち明けたきことがある」


 打ち明けたきこと……? つまり、今まで隠していたことだ。嫌な予感しかしない。イアンは身構えた。

 太郎は声を低くし、話し始めた。


「あのな、あの残酷な話をルイスにさせたるは我の企みよ」


 意味がわからない。イアンが言葉の意味を咀嚼しようと、脳内で繰り返すまえに話を進められた。


「おぬし、頭は悪いが、妙に勘は働くであろう? あとで気づかれたら、また厄介なことになると思うてな?」

「どういうことだ?」

「つまり、こういうことよ。部屋で話している時、おぬし、絵を見つけたであろう? チラッと見えてな? 女が描きしものと思うた。理由は筆致と本に挟まれたらばゆえに。隠すように挟まれてあった。我らは高身長ゆえ、ちょうど目線の高さだが、平均的な身長の場合、本は手の届きにくい位置にある……」

「……んで??」


 不穏な空気が流れる。その空気を作っているのはイアンだ。また、はめられたのかと、怒りの源泉がフツフツ沸き始めた。


「わざわざ、人目につきにくい場所に隠すわけとは? 絵の作者が健在なら、隠す必要はなかろう。別れた女であれば、未練がましく取っておくより捨てる。失恋か? それもあり得る。しかし、ルイスの印象から、失恋を引きずるようには見えなかったのだ。また、現在、女の影は感じられない……」

「んな、分析じみたゴタクはどーでもいいんだよ? 早く本題に入れ」

「うむ。カマをかけてみたのだ。ルイスのように温和で気持ちの優しい男が、テロ組織へ入るにはそれなりの理由があると思うてな?」


 爆発寸前のイアンを前に太郎は調子を崩さなかった。


「感情的なおぬしのこと、悲しき話を聞けば、心を動かすと思うた」

「ふっざけんなよ!! また俺を騙しやがったのか! このインテリ猛禽め!!」

「だましたくないから、今告白したではないか?」


 イアンはつい声を荒げてしまった。すぐ下で寝ているルイスの寝息がピタリと止まる。だが、起こしてしまおうが、関係ないと思った。


「絶対に、俺はおまえの思いどおりには動かないからな! 卑劣な手を使いやがって!」

「それもよし。ならば、里に帰るか、主国に帰るか、決めるがよい」


 太郎はそれだけ言って、ぷいと背を向けてしまった。イアンは一方的に頬を張られた感じになった。なぜ、故意にバラしたのか? こちらはまったく、考えもしていなかったというのに──バラしたことで、企みは白紙に戻ってしまったではないか。イアンには太郎の真意が測れない。

 追い討ちをかけ、猛禽の背中がしゃべった。


「あ、ああ。一応、念を押しておくが、一人で無茶をしようものなら、全力で止めに入るぞ?」

「てめぇには関係ないだろうが! 俺が自分の意志でやることだ」

「最終的にはそうなるわな。されど、友には死んでほしくないゆえ、止めるのだ」


 こんなことを言われてしまっては、イアンの眉は下がる。太郎との殴り合いは精神的にキツかった。もう二度とやりたくない。太郎も同じ気持ちだからこそ、打ち明けたのかもしれなかった。

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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる設定集

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― 新着の感想 ―
[良い点] この共感力の高い清らかな心が、イアンのいいところであり、同時にダメなところなんだよなあ……
[良い点] 拝読いたしました。 悪い言い方ですが、太郎がだんだんと、イアンの手綱を握るのに慣れてきた感じがします。 彼は策士ですね。 学匠のガブリエラを助けたい、けれど、青い鳥のテロリストたちを…
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