表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる  作者: 黄札
第三部 グリンデルの王子達(後編)
639/874

110話 イアン対バフォメット②(イアン視点)

 例えるなら空想上の雲か。水銀のほどよい弾力と柔らかさをイアンは気に入った。イアンの驚異的なバランス感覚の前では、これはハンデにならない。武器になる。


 踏む角度や力の入れ方により跳躍できるし、沈むこともできる。相手の予測できない動きができるのだ。イアンはすぐにこの水銀の特性を吸収した。どう動けば瞬発力を生かせるのか、ふらつかない力加減、数分でイアンの身体は学ぶ。自在に攻撃するイアンを、バフォメットは嬉々として受け入れた。


「イアン! キミ、おもしろいねぇ! 人間みたいな戦い方をする!」

「そうだ。人間だよ、俺は! 何があっても、おまえらみたいな化け物には染まらないからな!」

「ふーん……もしかしてキミ、もとはニンゲン??」

「そーだよ! 文句あっか?」


 バフォメットは(アルコ)を腕で受け始めた。見た目は女の()細い腕だ。それが、カキンカキンと金属音を立てる。最初こそ躊躇したものの、イアンは速攻で慣れた。


 いよいよ気持ちが高ぶってくるのはなぜか。力がみなぎってくる。イアンは全身から、黒い瘴気をシューシューと立ち上らせていた。バフォメットはよけるだけで、まだ攻撃してこない。息を吸い込むと、悲鳴を聞いた気がした。


「イアンッ!! モヤを吸い込むな!!」


 サチが湖の端で叫んでいる。そうか、この高揚感はそれでか──とイアンは納得した。湖の上に漂う魂魄(こんぱく)……悪霊をイアンは吸い込んでいた。


 ──吸うなってどうやって? うようよ漂ってるのに、息を止めろってか?


 悪霊を吸うことで精神に影響を及ぼすのではないかと、サチは懸念していた。イアンはいったん躊躇した後、サチの忠告を無視することにした。


 ──だって、ムリだもん!!


 その間も攻撃の手を休めなかった。スピードを途中まで上げ、安定させる。手の内を全部さらけ出すような愚かな真似はしない。イアンは存分に攻防を楽しんだ。


「キミ、人間から魔人になったばっかり? いやに人間臭いけど、魔力量は相当だよネ? それに魂魄を大量に吸って生き生きしてる。容量オーバーせず、平然としてるのはすごいことだヨ?」

「よくわからんが、俺は六年前まで人間だったぞ? それより、そろそろ飽きてきた。攻撃してこい」

「オッケー! でも、ちょっと休憩してイイ?」


 バフォメットはうしろに逃れた。双方、呼吸も拍動も乱れず。イアンはアルコを構え、上目で見据える。バフォメットは口元だけ歪め、薄く笑んだ。天真爛漫な表情から一転し、悪魔らしくなる。


「ただ戦うだけじゃ、やっぱり物足りなくナイ? なにかを賭けたほうが、もっと盛り上がるでショ?」

「ふん。なに、たくらんでやがる?」

「うんとネ……アタシ、キミのことが気に入っちゃったの。勝ったらイアン、キミをちょーだい!」


 バフォメットは好色な視線を投げてきた。正体を知るまえだったら、イアンも悪い気がしなかっただろうが、今では気持ち悪い。


「男には捧げない」

「そんなこと言わずに、優しくするから、ネ? もちろん、ただでとは言わないヨ? キミが賭けに乗ってくれたら、アニュラスのゲートを守る番人を解放してやるヨ?」

「絶対やだ。俺はあの骸骨と仲悪いの。あいつのために、自分を犠牲にするわけないだろーが」

「あっ、そうなんだ? でもサ、賭けに乗るだけで、キミが勝っても負けても番人を解放してやるヨ? お友達のサチ君はなんて言うかなぁ?」


「ダメだ、イアン!! 受けるな!」


 相も変わらず、岸でサチは叫んでいる。骸骨サムに交渉してやるだの(てい)のいいことを言っていたのは、二の次らしい。イアンも、大嫌いな従兄弟のために何かしてやろうだとは思わないし、交渉決裂でこの話は終わった。


 バフォメットは両腕に青い炎をまとった。イアンのおぼろげな記憶では、赤が聖なる炎で青は邪なる炎だったと思われる。


 ──なら赤い炎で対抗すべきか? でも俺、魔術使えないしな? どうしたら使えるようになるんだろう?……ん? そもそも俺は闇属性だから、聖なる炎なんか出せないじゃないか!?


 そうこうしているうちにバフォメットの反撃が開始した。イアンのさっきの猛攻よりスピードアップしている。だが、問題なくついていける速度だ。徐々に速くなっていくところをみると、やる気を出したのか。それにしても、古来から生きているにしては攻撃が単調である。なにも考えずに攻撃しているような、力と速さだけで勝負しているような……おそらく、武道も剣術も心得てないだろう。イアンのことを“人間みたいな”と言ったのはそれでだ。イアンは少々ガッカリした。


 ──これじゃあ、獣と戦うのと一緒だ。高度な駆け引きやら、技の応酬やらはできないんだな? まあ、それでもいいけど。


 そうは思っても、油断禁物だ。バフォメットは下がって逃げたと思わせてから、炎の塊を飛ばしてきた。この時、イアンは追わなくて正解だった。百戦錬磨の本能が踏みとどまらせたのである。戦闘時、つねに冷静なイアンは結果を何パターンも想定しつつ、本能にも従う。


 やられたらやり返す。イアンはスゥーーーーっと空気……否、悪霊を吸い込んだ。


黒旋風(ダークウィンド)殺斬撃(ディザスター)!!」


 アルコから放つのは強烈な闇。イアンは悪霊から吸収したすさまじい悪意を放出した。バフォメットは飛び上がって逃れる。


 柔肌は黒い風によって裂かれた。バフォメットは両手足から、血しぶきをあげた。

 見た目が女だと、やはり胸が痛む。股間になにか付いていようとも、イアンは哀れんだ。情深いのも長所だ。しばし追撃をやめ、待つことにした。


 一方で、攻撃をやめたイアンを見てバフォメットはニヤリと笑った。かわいかった大きな目を細め、口元を歪めるさまは醜悪である。悪魔らしい本性がにじみ出てきた。

 白い肌に走る数々の赤い線は痛ましい。その赤から、黒い瘴気が吹き出した。あれはイアンの体から出たものだろう。自浄しているのか。瘴気は全身を覆ったあと、バフォメットに吸い取られていった。瘴気がすべて消えた時には元どおりだ。綺麗な柔肌は血すら弾く。バフォメットは無邪気な笑顔を見せた。


「イッアンーー! おいしーネ、キミの瘴気は!」

「別にいくらでも吸えよ? ここなら補充できるから、俺はノーダメージだ」

「フフ……強がっちゃって。本当は負けるのが怖いんだろ?」

「バカ言うな! この俺が貴様程度の悪魔に負けるわけがないだろ?」


 挑発してくるバフォメットに、イアンはイラついた。


「だったら、賭けに乗りなヨ? 別にアタシは勝っても負けても、骸骨さんを解放してやるヨ? キミが自分の身を賭けてくれさえすりゃぁいいの。なんでかというと、あのコワーイ骸骨がいるせいでアニュラスに入れないジャン? アタシの使い魔を代わりに置いてやったほうが、合理的ってワケヨ」

「あいにく俺はあの骸骨と犬猿の仲でな? あいつのために、なんかしてやろうって気は起きないんだよ」

「でもサ、ホラ? アソコでプンプン怒ってるサチ君は、骸骨サンのこと助けたいんじゃないのー? キミが一肌脱いでくれたら、怒りも鎮まるんじゃないかナ?」


 湖の際で頬を赤くしているサチはブンブン頭を振っている。バフォメットの言葉に揺らいだイアンは持ちこたえた。


「バーカ! そんな手に乗るかっての。サチだって反対してるし、我が身を賭けるなんてアホなこと、俺はしねーよ」

「サチクンはさ、キミが負けるかもと思って反対してるんだよ? キミが勝つんなら、なんら問題なくない? 骸骨サンも番人から解放され、サチクンの機嫌も直る」

「だから、俺は自分の得にならんことは受けないっつってるの」

「じゃ、勝つ自信ないんだ?」

「は!?」


 これは聞き捨てならない。イアンは怯懦を指摘されたり、プライドを傷つけられることに敏感なのだ。


「キミはサ、ヤッパリ負けるのが怖いんだヨ。賭けに乗れば、番人は解放される。あとはキミが勝てばいいダケ。キミもサチクンも負けること前提で考えてる」

「いっ、いや! 勝てるし! 勝つの前提だし! 余裕があるから、今だっておまえが回復するのを待っててやったんだよ!」


 本当に勝つつもりだ。それなのに、自信がないんだろうと言われるのは心外である。イアンはバフォメットに斬りかかった。これは試合再開の合図のようなものだ。よけられるのは想定している。問題はよけられたあとの剣さばき。イアンは超高速で突きを繰り出した。


 ただの攻撃ではない。相手がよけるのに集中している間、魔力を手元に蓄える。よけきって安心したところに、会心の一撃を食らわす。


 イアン、充電中──

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
不明な点がありましたら、設定集をご確認ください↓

ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる設定集

cont_access.php?citi_cont_id=495471511&size=200 ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
[良い点] 作中でも群を抜いて、イアンは戦闘技術の天才ですね。 水銀の湖の特性を利用して戦うさまは、まさに戦さの申し子のようでした。 弱点は、乱暴者で、精神年齢が低いことかしら? それも、教会での生…
[一言] イアンの悪い癖が!/(^o^)\あっかーん サチがあんなに止めてもあんまり聞く耳持ってない! イアンに色々言われてちょっとマホが気の毒…と思ったけど、彼女もやっぱりなんだかんだ逞しいのね! …
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ