99話 ド腐れ従兄弟(イアン視点)
黒風まとい、イアンは向かう。化け物となったサムがどれだけ強くなったのか。
人間だったころ、イアンはこの憎っくき従兄弟を倒している。あれはたしか、謀反の始まり、瀝青城だ。イアンをそそのかしたガラク・サーシズが、会議中の広間に火を放った。不意打ち大混乱のさなか、イアンは手負いのサムを倒したのである。相手はハンデ付きだったが、イアンは肩に深い裂傷を負った。だから、魔人となった今、同じく異形となったサムに勝てる保証はどこにもない。イアンは目の前の敵を追うことだけに集中した。戦いの最中、イアンにとって勝ち負け、生死はどうでもよくなる。
ザカリヤとの戦いで生み出した魔人ならではの技がある。
「黒旋風殺斬撃!! バラバラになってしまえ!!」
妖しくきらめくアルコから、いくつもの瘴気の塊を放つ。塊はスクリューとなり、先を鋭く尖らせてサムに襲いかかる。突然の飛ばし技をサムはよけきれなかった。黒き凶器はサムの左肩を直撃。甲冑を突き破り、骨を分断した。
「兄上っっ!!」
「来るな!!」
駆け寄ろうとするユゼフをサムは制止する。粉々に砕けた骨はカランと乾いた音を立てて、地面に散らばった。だが、左手が使えなくなろうが、サムは揺らがない。すぐさまイアンを迎え撃った。
「バランスが悪くなったなぁ? 俺のアルコが重く感じるだろう? 安心しろ? もうまもなく、醜い怨念もろとも貴様を粉々にして、土に返してやるから」
「この化け物めが! 世のため人のため、滅びろ!!」
「骸骨のくせして、どっちが化け物だ?」
罵り合い、イアンとサムは刃をかち合わせる。片手になっても、サムが振り下ろす刃の重みは変わらなかった。少しでも油断すれば、ぶった斬られる。イアンは剛剣を本能でよけながら、身体にパターンを染み込ませていた。そして、脳内では何通りもの攻撃をシュミレートする。これがイアンの戦い方だ。
突いてきたかと思えば、ヒラリ切り替えて上から振りかぶる。サムは騙し技もお手のものだ。表か裏か(右か左)か。自在に返す。剛剣といえども千変万化。ダニエルより強いと言ったのは、本当かもしれないとイアンは思った。ダニエルと戦った時はもっと、動きが単調だった気がする。マグレ勝ちだとさんざん言われ続けているが、あの時イアンは冷静にダニエルの動きを追っていたのである。
──おもしろい!!
さらには人外同士の戦いゆえ、刃をかち合わせた時に飛び散るのは火花と瘴気。衝撃で地面がえぐれる。近くに人間がいたら、ひとたまりもないだろう。
例によって、イアンはまた我を忘れていた。強い相手と戦うのは楽しい。動きを追っているうちに、理由などどうでもよくなってしまった。これが狂戦士と言われる所以かもしれない。
──でもな、サム。あんたは剣に性格が出すぎてるんだよ? 剛毅、堅実。素人みたいに変な所へは、絶対打ってこないのさ。反対に俺は我を殺して、アルコの自由にさせる。あんたは純粋な剣技の前に倒れるんだ
心のなかで宣言したことをイアンは実行に移した。サムが突いてきたあと、右から振りかぶるのをわかっていて、あえて懐に入り込む。肩に強烈な痛みを感じつつ、黒旋風殺斬撃の変化系──大回転殺斬撃(今名前を考えた)を繰り出した。これは黒旋風殺斬撃を大きな一塊にしただけの攻撃だ。近接でやれば、効果は絶大である。肩を斬られながらも、イアンはサムの肋骨を破壊した。
「さっサム兄っっ!! 兄上っっ!!」
ユゼフの叫びが、他の雑音と共にイアンの耳腔へ流れ込んでくる。ヒットしたからといって、安心して気を緩ませるのは弱い奴だ。イアンはここで畳みかける。大きく振りかぶり、サムの頭蓋にトドメを刺す!!
カキンッ!──
聞こえてきたのは頭蓋をグジャッと破壊する勝利の音ではなく、甲高い金属音だった。
「ぺぺッ!?」
イアンの近くにユゼフの顔があった。戦闘前に見た控え目な優男の顔ではない。鋭利な刃物を思わせる獣の顔だ。次の瞬間、イアンは吹き飛ばされた。
イアンが放った大回転殺斬撃より遥かに大きな闇が迫ったかと思うと、イアンの視界は反転した。
真っ暗になって真っ白になったあと、どんよりした灰色が視界を占めた。それが魔国の空だと認知するまで数秒。上にサチとティムの顔が見えて、イアンは自分が仰向けで倒れていることに気づいた。
「大丈夫か、イアンッ!?」
「起きられっか、イアン?」
イアンは二人に助け起こされた。頭がクラクラする。二日酔い以上の気持ち悪さ。嘔吐しそうだ。そのため、サチが自分の腕を切って差し出した時、イアンはむしゃぶりついた。
状況把握ができたのは、サチの血を飲んでしばらくしてからだ。
イアンがサムにトドメを刺そうとしたところ、間にユゼフが入ってイアンの剣を受けた。その後、大回転殺斬撃を巨大にしたような技で、イアンを吹き飛ばしたのである。
──ぺぺのやつ
イアンが起き上がると、サムを抱き起こすユゼフの姿が見えた。
「兄上、しっかりしてください! サム兄! 兄上!」
ユゼフの腕から赤い血が流れている。骸骨でも、血をすすることができるのか。復活したサムの声が聞こえた。
「ユゼフ、なぜ我を助けたのだ?」
「死んでほしくないと思ったからです。あなたはこのような場所で朽ちるような人ではない」
「ははっ……もう死んでいるのだがな?」
「あっ!……すすすすみませんっ!」
イアンは回復したばかりのボンヤリした頭で、二人の会話を聞いた。
「我の魔封じを無意識に破ったか。魔王の生まれ変わりというのは本当なのだな?」
「ええ。兄上を助けようと無我夢中で……自分がなにをしたか、どうやって術を破ったかもよく覚えてないのです」
「魔界への道を開こう。行くのだろう? 臣従礼を解除しに」
「はい。主を救うためです」
「アドラメレクは悪魔のなかでも強敵だ。魔王の生まれ変わりのおまえでも、苦戦するであろう。気を引き締めて行け」
「はいっ! 頑張ります!!」
「しかし、我もこの地に縛り付けられてなければ、同行してやりたいのだが。なにぶん呪われていてな……」
サムは番人になった顛末を話した。死んで蘇ったサムが魔界を出ようとした時、前任の番人に捕まり、勝負に負けてしまったのだという。代わりの番人が現れるまで、サムの任は解かれない。
「そうでしたか……兄上を自由にする力が俺にあれば……」
「前任の悪魔はバフォメットと言ったか……狡猾な奴だった」
──バフォメット?……ん? バフォメット??
その悪魔の名にイアンは聞き覚えがあった。だが、イアンの記憶が繋がるまえにサチが動いた。
「お話し中、失礼いたします、サムエル様。そのバフォメットに私も少なからず縁があります。私はサチ・ジーンニア、ユゼフの友人です」
イアンから離れ、サチはずいずいユゼフとサムのもとへ歩いていった。かしこまった話し方は、平民出身とは思えぬ品の良さを感じる。
「私も偶然、臣従礼を解除しようとしていたところでして、これから会おうとしているのが、まさにそのバフォメットなのですよ」
「おお、それは奇遇だな?」
「ええ。ですので、よろしければ交渉しましょうか? 貴殿を解放するようにと。うまくいく保証がないので、期待はしないでいただきたいのですが、試してみる価値はあると思います」
「それはありがたい話だな。しかし、見たところ君は……」
サムは言い淀んだ。サチの幼い風貌に不安を覚えたのだろう。悪魔と交渉すると自信満々な割に、サチはどこからどう見ても弱そうである。
「兄上、大丈夫です。サチはこう見えて、あのザカリヤ・ヴュイエの息子なのですよ。我々と同じく魔人なのです」
「ほう、あのザカリヤの……」
サムを救う方向で勝手に話が進められている。イアンは跳ね起きた。
──は!? せっかく今、クソ従兄弟を退治したんじゃないか! なんで、あいつを助ける話になってるんだよ!?
ちょうど起き上がったサムと、イアンはふたたび対峙する。
「やい! 貴様! 負けたくせにルール違反して、ぺぺの血で蘇ってるんじゃねーよ! とっとと、くたばれ!!」
怒号を上げ、腰に手をやったが、剣はなかった。先ほど、ユゼフに吹き飛ばされた時どこかに──
「あれ? あれ? アルコはどこだ?」
「もう、やめろよ、イアン。サムエル様はユゼフの大切な兄上だろう?」
「そうだぜ、自分だってサチの血で回復したくせに」
サチとティムにまで口々に言われ、イアンは立つ瀬がなくなった。しかも、アルコはどこにもない。目をグルグル動かし、イアンは愛剣を探した。
「あっ! ティム!」
イアンの愛剣アルコは少し離れた所に落ちていた。だが、走り寄ろうとすると、ティムに奪われてしまった。
「ティム、イアンに渡すな!」
こめかみに血管を隆起させ、ユゼフがティムに命じる。ユゼフは冷たい視線をイアンに向けた。
──ぐ……なんだよ。死にきれないド腐れ従兄弟に引導を渡して、なにが悪い? どいつもこいつもサムの味方をしやがって
イアンは膨れるしかなかった。
※正確にはイアンはヴィナス王女の息子なので、サムは母親の従兄弟、イアンから見て伯従父である。




