95話 イアンとサチ、ユゼフと合流(イアン視点)
魔国の荒れ地を進むこと数時間。イアンがうんざりしてきたころ、目的地が見えてきた。長い棒のような物がたくさん倒れている。なにかが破壊された跡というのは、遠目からでもわかった。その近くに人影が三つ。ユゼフとティム、それと誰か。
そこまで来ると、先導していたラキが歩を止めた。
「コワイ……」
「どうしたラキ?」
ラキは透明になって、消えてしまった。向こうに見える人影はほぼ点で、イアンの視力でも誰が誰だかわからない。一人は棒立ち、二人は戦っているようだが、魔力がほとんど感じられなかった。
──人間同士で戦ってるみたいだ。そんなにビビることか?
ラキは臆病な種族らしいし仕方ないとはいえ、イアンは肩をすくめた。ラキに褒美すら渡せないのは申し訳ない。
──褒美はあとで渡すとして……ん? 一人、近づいてきたぞ? ティム?
戦っている二人ではなく、棒立ちで待機していた人影が近づいてきた。ティムはトサカ頭だからすぐわかる。彼らの背後に設営された天幕を、しきりに指差していた。
──なになに? 天幕の裏に回れってことか? 他の二人に気づかれないように?
「イアン、気配を消そう。とりあえずは状況確認だ」
イアンとサチは顔を見合わせ、うなずき合った。ついてきた食肉植物たちが、いい隠れ蓑になる。植物たちには株ごとに散らばってもらい、なおかつ自分たちの周りも囲ってもらった。外側からは蔓の絡まりあったボールに見えるだろう。それでコロコロ、散らばった株の合間を通り抜ければ、目立たず移動できる。
近づくにつれて、人影がハッキリしてきた。イアンは絡まり合う蔓の隙間から様子をうかがった。戦っている一人はユゼフに間違いない。もう一人は……骸骨!?
──ぺぺは異形と戦わされているのか? どうしてティムは助けないのだろう? 助けられない理由でもあるのか?
奇妙なのは、対異形なのに魔力がほとんど感じられないことだ。意図的に魔力を封じて戦っているようにも見える。
──わざわざ文で助けを求めてきたってことは、大変な状況なんだよな? それにしては、そこまで緊迫してないような……
イアンたちはティムの指示通り、天幕の裏手へ回った。頃合いを見て抜け出したのだろう。ティムはブスッとした顔で待っていた。不機嫌なこと以外、どこもケガをしていないし問題なさそうだ。
「やっと来たかよぉ。遅ぇよ」
「すぐ来たぞ? おまえらこそ、どうした?」
「まずは状況を順に説明してもらおう。緊急度はどれぐらいだ? ユゼフは誰と戦ってる? 魔力は封じられてるのか?」
安定したトーンで尋ねるサチは、いつだって落ち着いている。ティムはサチを見ると、チッと舌打ちした。
「緊急度はMAXだ。なにせ、四日もここで足止めを食らってんだからな? 原因はユゼフ様と戦ってる骨野郎だぜ。あいつはこの魔界の入り口を守る番人。あいつを倒さねぇと魔界の入り口は開かねぇらしいんだけど、魔力を封じられたユゼフ様は四日も倒せねぇでいる」
「魔力を封じた状態で戦わないといけないのか? 一対一で?」
「魔力は騙されて、封じられたんだ。手出しするなとユゼフ様に言われて、ここで待たされてんだよ? 四日も!」
「緊急度はないな」
サチは断言した。ティムは怒る。
「だまれ、チビ。四日もこんなとこで毎日毎日、同じような戦いを見させられてみろ。地獄だかんな?」
「今の話だとユゼフの命令ではなく、自分の都合で勝手に呼びつけたということだな? 守人なら、少しぐらいのことは我慢したらどうだ? 主の命令におとなしく従え」
「うっ……おめぇ、ほんっとイヤな奴だな……なぁ、イアン、助けてくれよぉ」
ティムはイアンに助けを求めてきた。友達としてイアンは放っておけない
「四日はキツいよな。よし! 俺がぺぺにビシッと言ってやる! 番人ごときに手間取るとは情けない奴だ。どうせ、たいした相手じゃないんだろ? 俺だったら、すぐ倒せるさ」
「イアン、ちょっと待て。ユゼフが決めてやってることだ。外野が横槍を入れるのはよくない」
「うるせぇチビ! 頭が堅ぇんだよ」
「そうだよ、サチ。いくら主だろうと、長時間我慢を強いる命令はよくないだろ。ティムがかわいそうだ」
「せめて、ユゼフに事情を確認してから、どうするか決めろ。ユゼフなりの考えあってのことだろう。突然、乱入するのはナシだぞ?」
潔癖なサチは細かいところが気になるらしい。イアンは面倒なことをゴチャゴチャ考えるより、とっとと白黒つけたかった。
──要はあの骸骨をブッ倒せばいいんだろ? 余裕じゃん。ぺぺも俺が出てきたら、なにも言わんだろ。俺はあいつの師匠だしな?
まだ止めようとするサチを振り切り、イアンは天幕の表に回ろうとした。食肉植物たちがイアンのそばに寄ってくる。魔国では彼らが従者の変わりだ。
「イアン、待てよ! もうちょっと様子を確認してからがいい。直情的に行動するんじゃない」
「小うるさいなぁ。サチは理屈っぽいんだよ。俺はこれと決めたら、さっさと終わらせたいの」
「そうだぜ。マジメちゃんは出る幕ねぇから、引っ込んでな? そんなんだから、三回も婚約破棄されるんだぜ」
「ぐ……三回目はまだだし……」
ティムの残酷な言葉にサチは勢いをくじかれた。サチがダメージを受けている間に、イアンは素早く動く。天幕の正面、ユゼフたちが戦っている近くへと移動した。
ユゼフと骸骨は戦いに夢中で、すぐには気づかなかった。魔力をなくしたユゼフは人間みたいに見える。青白い顔に暗い目元、泣きぼくろ。成長した体以外は、ローズ城へ初めて遊びにきたころと変わらない。真剣な顔つきで打ち込んでいた。
──あっ、そこに打ち込んだら、かわされるだろ! ちがう、いったん退け!
イアンはユゼフのどんくさい戦い方を見て、イライラした。これを四日間も見学させられたティムは、たまったものじゃなかっただろう。
「うむ。今の突きはなかなか良かったぞ? 少しずつ精度が上がってきている。今度は我が左上から打ち込んだ時、返し技をかけてみよ」
「はい! やってみます!」
──ん??
ユゼフと骸骨のやり取りを見て、イアンの脳に疑問符がついた。
「よし! うまいぞ! 確実に成長している!」
「ありがとうございます!」
「今度は右から行くぞ? もうちょっとしたら、休憩させてやろう」
骸骨があれこれ指図して、ユゼフはそれを嬉々として受け入れているのである。いやに上から目線の骸骨に対し、ユゼフが下手に出ているのも気になる。
イアンはギギギと首を動かして、少しうしろにいるティムの顔を見た。
「な、ん、だ、アレわ?」
「俺様が聞きてぇよ。四日間ずっとああやって、骨野郎に指導されてんだよ」
「指、導?」
「そうだぜ。あのエラそうな骨野郎の言いなりなんだよ、ユゼフ様は」
サチも首をかしげているから、イアンの感覚はおかしくないのだろう。ユゼフは得体の知れない骸骨にへいこらして、剣の指導を受けているのだ。
──おまえの師匠は俺だろうが! なんで、おかしな奴に教えてもらってるのだ!
イアンは憤った。これから自分の流派を作ろうと思っていた矢先ゆえに、怒りが倍増する。イアンの流派の一期生はユゼフとクリープに決めていたのだ。それなのにこれは明白な浮気行為だ。
イアンの怒気に気づいたのは、カッコゥだった。ユゼフの周りを浮遊していたカッコゥは、イアンと目が合うなり飛んできた。
「イアン! ヒサシブリ!」
「おお! おまえ、姿現さずに俺の様子を探っていただろう? 気配で気づいてたぞ?」
「ゴメン。ユゼフサマノメイレイ」
「やっぱ、そうか……」
小猿サイズのカッコゥはイアンの肩に飛び乗った。青い肌に二本の角。顔の表情や雰囲気はゴブリンのラキに似ているが、こちらはより動物的である。
カッコゥが反応したおかげで、ユゼフがイアンに気づいた。
「イ、イアン!? サチ? なんで!?」
「露骨にイヤな顔すんなよ? ティムに呼ばれたんだ」
「ティム? もしかして……いないと思ったら、カッコゥに通信役をさせたのか」
「ティムガ、ユゼフサマのテガミヲトドケロッテ」
ティムはそっぽ向いて口笛を吹く。ユゼフはカッコゥとティムを交互に見た。やはり、何も知らなかったのか。狼狽している。娼館に文を届けたのはカッコゥだったのだ。なるほど、カッコゥならイアンの居場所を知っているから適役である。それなら、道案内してくれてもよかったのに、とイアンは思った。




