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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる  作者: 黄札
第三部 グリンデルの王子達(後編)
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95話 イアンとサチ、ユゼフと合流(イアン視点)

 魔国の荒れ地を進むこと数時間。イアンがうんざりしてきたころ、目的地が見えてきた。長い棒のような物がたくさん倒れている。なにかが破壊された跡というのは、遠目からでもわかった。その近くに人影が三つ。ユゼフとティム、それと誰か。

 そこまで来ると、先導していたラキが歩を止めた。


「コワイ……」

「どうしたラキ?」


 ラキは透明になって、消えてしまった。向こうに見える人影はほぼ点で、イアンの視力でも誰が誰だかわからない。一人は棒立ち、二人は戦っているようだが、魔力がほとんど感じられなかった。


 ──人間同士で戦ってるみたいだ。そんなにビビることか?


 ラキは臆病な種族らしいし仕方ないとはいえ、イアンは肩をすくめた。ラキに褒美すら渡せないのは申し訳ない。


 ──褒美はあとで渡すとして……ん? 一人、近づいてきたぞ? ティム?


 戦っている二人ではなく、棒立ちで待機していた人影が近づいてきた。ティムはトサカ頭だからすぐわかる。彼らの背後に設営された天幕を、しきりに指差していた。


 ──なになに? 天幕の裏に回れってことか? 他の二人に気づかれないように?


「イアン、気配を消そう。とりあえずは状況確認だ」


 イアンとサチは顔を見合わせ、うなずき合った。ついてきた食肉植物たちが、いい隠れ蓑になる。植物たちには株ごとに散らばってもらい、なおかつ自分たちの周りも囲ってもらった。外側からは蔓の絡まりあったボールに見えるだろう。それでコロコロ、散らばった株の合間を通り抜ければ、目立たず移動できる。


 近づくにつれて、人影がハッキリしてきた。イアンは絡まり合う蔓の隙間から様子をうかがった。戦っている一人はユゼフに間違いない。もう一人は……骸骨!?


 ──ぺぺは異形と戦わされているのか? どうしてティムは助けないのだろう? 助けられない理由でもあるのか?


 奇妙なのは、対異形なのに魔力がほとんど感じられないことだ。意図的に魔力を封じて戦っているようにも見える。


 ──わざわざ文で助けを求めてきたってことは、大変な状況なんだよな? それにしては、そこまで緊迫してないような……


 イアンたちはティムの指示通り、天幕の裏手へ回った。頃合いを見て抜け出したのだろう。ティムはブスッとした顔で待っていた。不機嫌なこと以外、どこもケガをしていないし問題なさそうだ。


「やっと来たかよぉ。遅ぇよ」

「すぐ来たぞ? おまえらこそ、どうした?」

「まずは状況を順に説明してもらおう。緊急度はどれぐらいだ? ユゼフは誰と戦ってる? 魔力は封じられてるのか?」


 安定したトーンで尋ねるサチは、いつだって落ち着いている。ティムはサチを見ると、チッと舌打ちした。


「緊急度はMAXだ。なにせ、四日もここで足止めを食らってんだからな? 原因はユゼフ様と戦ってる骨野郎だぜ。あいつはこの魔界の入り口を守る番人。あいつを倒さねぇと魔界の入り口は開かねぇらしいんだけど、魔力を封じられたユゼフ様は四日も倒せねぇでいる」

「魔力を封じた状態で戦わないといけないのか? 一対一で?」

「魔力は(だま)されて、封じられたんだ。手出しするなとユゼフ様に言われて、ここで待たされてんだよ? 四日も!」

「緊急度はないな」


 サチは断言した。ティムは怒る。


「だまれ、チビ。四日もこんなとこで毎日毎日、同じような戦いを見させられてみろ。地獄だかんな?」

「今の話だとユゼフの命令ではなく、自分の都合で勝手に呼びつけたということだな? 守人(ガーディアン)なら、少しぐらいのことは我慢したらどうだ? 主の命令におとなしく従え」

「うっ……おめぇ、ほんっとイヤな奴だな……なぁ、イアン、助けてくれよぉ」


 ティムはイアンに助けを求めてきた。友達としてイアンは放っておけない


「四日はキツいよな。よし! 俺がぺぺにビシッと言ってやる! 番人ごときに手間取るとは情けない奴だ。どうせ、たいした相手じゃないんだろ? 俺だったら、すぐ倒せるさ」

「イアン、ちょっと待て。ユゼフが決めてやってることだ。外野が横槍を入れるのはよくない」

「うるせぇチビ! 頭が堅ぇんだよ」

「そうだよ、サチ。いくら主だろうと、長時間我慢を強いる命令はよくないだろ。ティムがかわいそうだ」

「せめて、ユゼフに事情を確認してから、どうするか決めろ。ユゼフなりの考えあってのことだろう。突然、乱入するのはナシだぞ?」


 潔癖なサチは細かいところが気になるらしい。イアンは面倒なことをゴチャゴチャ考えるより、とっとと白黒つけたかった。


 ──要はあの骸骨をブッ倒せばいいんだろ? 余裕じゃん。ぺぺも俺が出てきたら、なにも言わんだろ。俺はあいつの師匠だしな?


 まだ止めようとするサチを振り切り、イアンは天幕の表に回ろうとした。食肉植物たちがイアンのそばに寄ってくる。魔国では彼らが従者の変わりだ。


「イアン、待てよ! もうちょっと様子を確認してからがいい。直情的に行動するんじゃない」

「小うるさいなぁ。サチは理屈っぽいんだよ。俺はこれと決めたら、さっさと終わらせたいの」

「そうだぜ。マジメちゃんは出る幕ねぇから、引っ込んでな? そんなんだから、三回も婚約破棄されるんだぜ」

「ぐ……三回目はまだだし……」


 ティムの残酷な言葉にサチは勢いをくじかれた。サチがダメージを受けている間に、イアンは素早く動く。天幕の正面、ユゼフたちが戦っている近くへと移動した。


 ユゼフと骸骨は戦いに夢中で、すぐには気づかなかった。魔力をなくしたユゼフは人間みたいに見える。青白い顔に暗い目元、泣きぼくろ。成長した体以外は、ローズ城へ初めて遊びにきたころと変わらない。真剣な顔つきで打ち込んでいた。


 ──あっ、そこに打ち込んだら、かわされるだろ! ちがう、いったん退け!


 イアンはユゼフのどんくさい戦い方を見て、イライラした。これを四日間も見学させられたティムは、たまったものじゃなかっただろう。


「うむ。今の突きはなかなか良かったぞ? 少しずつ精度が上がってきている。今度は我が左上から打ち込んだ時、返し技をかけてみよ」

「はい! やってみます!」


 ──ん??


 ユゼフと骸骨のやり取りを見て、イアンの脳に疑問符がついた。


「よし! うまいぞ! 確実に成長している!」

「ありがとうございます!」

「今度は右から行くぞ? もうちょっとしたら、休憩させてやろう」


 骸骨があれこれ指図して、ユゼフはそれを嬉々として受け入れているのである。いやに上から目線の骸骨に対し、ユゼフが下手(したて)に出ているのも気になる。

 イアンはギギギと首を動かして、少しうしろにいるティムの顔を見た。


「な、ん、だ、アレわ?」

「俺様が聞きてぇよ。四日間ずっとああやって、骨野郎に指導されてんだよ」

「指、導?」

「そうだぜ。あのエラそうな骨野郎の言いなりなんだよ、ユゼフ様は」


 サチも首をかしげているから、イアンの感覚はおかしくないのだろう。ユゼフは得体の知れない骸骨にへいこらして、剣の指導を受けているのだ。


 ──おまえの師匠は俺だろうが! なんで、おかしな奴に教えてもらってるのだ!


 イアンは憤った。これから自分の流派を作ろうと思っていた矢先ゆえに、怒りが倍増する。イアンの流派の一期生はユゼフとクリープに決めていたのだ。それなのにこれは明白な浮気行為だ。

 イアンの怒気に気づいたのは、カッコゥだった。ユゼフの周りを浮遊していたカッコゥは、イアンと目が合うなり飛んできた。


「イアン! ヒサシブリ!」

「おお! おまえ、姿現さずに俺の様子を探っていただろう? 気配で気づいてたぞ?」

「ゴメン。ユゼフサマノメイレイ」

「やっぱ、そうか……」


 小猿サイズのカッコゥはイアンの肩に飛び乗った。青い肌に二本の角。顔の表情や雰囲気はゴブリンのラキに似ているが、こちらはより動物的である。

 カッコゥが反応したおかげで、ユゼフがイアンに気づいた。


「イ、イアン!? サチ? なんで!?」

「露骨にイヤな顔すんなよ? ティムに呼ばれたんだ」

「ティム? もしかして……いないと思ったら、カッコゥに通信役をさせたのか」

「ティムガ、ユゼフサマのテガミヲトドケロッテ」


 ティムはそっぽ向いて口笛を吹く。ユゼフはカッコゥとティムを交互に見た。やはり、何も知らなかったのか。狼狽している。娼館に文を届けたのはカッコゥだったのだ。なるほど、カッコゥならイアンの居場所を知っているから適役である。それなら、道案内してくれてもよかったのに、とイアンは思った。

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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる設定集

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― 新着の感想 ―
[良い点] ティムが、サチのことを「チビだ、チビだ」と言っていましたが、サチの外見は、ゲームオブスローンズの登場人物にたとえるなら、ラニスター役のピーター・ディンクレイジかしら? この方も、かなり小…
[一言] このままシーマが殺される?まさか!?と思っていたら…… ユゼフのために色んなことをやってるリゲルの複雑な心境も仕方ないのかも。ディアナよりリゲルの方が絶対性格も良いと思うけど……( ˘ω˘ …
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