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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる  作者: 黄札
第三部 グリンデルの王子達(後編)
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88話 ヘリオーティス本部(リゲル視点)

 なにもない平原にポツンと現れた砂岩の城。三角錐の建物はアニュラスにはない文化だ。


 近くまで来ると不気味さが増した。三角錐を形作る砂岩はリゲルの腰の高さほどあり、横の長さはその一・五倍あった。その砂岩のあちこちに目が描かれているのだ。消えにくい油性の墨で描かれた目は、無感情で気味が悪かった。


「これ、どこから入るんじゃ……」

「貴様、ここまで案内しといてそれはないぞ?」

「いや、わし、最初から案内するつもりなんか、なかったもん。わし、亜人じゃし、こんなとこ来んのも初めてじゃし……」

「ブチブチ言い訳をするんじゃない。向こうに入り口らしき穴があるから行くぞ!」


 アスターは先に馬を走らせた。問答無用である。口答えを絶対許さぬその態度に「こりゃ、娘も家出するわ」とリゲルは思った。

 

 アスターの言う入り口らしき穴とは面の中央部にあった。外側の砂岩の段々を上って行かねばならない。

 幸い、ポールがあったので、リゲルたちは馬を繋がせてもらった。しかし、この建物に住む人間は移動手段に使う馬をどこに収納しているのか。リゲルとアスターは、疑問符をそのままに段々を上がっていった。


 穴の前には槍を持った兵士が二人いる。頭からすっぽり麻袋をかぶったいつものヘリオーティススタイルである。ピクリとも動かないその狂信者をアスターはぎろぎろにらんだ。麻袋に空いた二つの穴は絶望的に暗く、彼らの表情を読み取ることはできない。アスターが口を開く気配はないので、リゲルが代わりに声をかけた。


「アスターと魔女のリゲルじゃ。呼ばれてきた。エッカルトかグレースに取り次ぎ願いたい」


 声をかけられたヘリオーティスは無言で穴の中に入った。リゲルが穴をのぞき込むと、振り向いてこっちに来いと身振りをする。話してはいけない規則でもあるのか。リゲルたちは無言のヘリオーティスを追った。

 二人並んで歩くのがやっとの洞である。手すりもない坂道だからバランスを崩したら、転げ落ちる。側壁に申し訳程度のトーチが点々と灯る長い通路をリゲルたちは歩かされた。


「なんだか、古代遺跡みたいじゃな?」

「私には墓に見える」

「墓なら王の墓じゃな。わしらには縁のない世界じゃ」

「外海では、王と一緒にその従僕も殺されて埋葬されると聞いたことがあるぞ?」

「どこまでマイナス思考なんじゃ……」

「おい、前を歩くヘリオーティスよ、この建物に厩舎はないのか? おまえら普段、移動手段はどうしてる?」


 先導するヘリオーティスは壁の向こうを指差した。


「建物の裏手か? そっちにあるのか?」


 ヘリオーティスがうなずいたので、おそらくそうなのだろう。声を出さないうえに麻袋で顔まで隠れているから、意志疎通が難しい。

 どこかに通気口があるのか。空気は冷たく澄んでいるし、滞留していない。鍾乳洞に似ている。リゲルのざわつく気持ちは少しずつ収まっていった。


 ──入ったら最後、逃げるのは百日城より難しそうじゃがな……ええい、どうにでもなれじゃ!


 長い通路の向こうには、柱の連なるひらけた場所があった。白と黒を基調にした内装にリゲルの目はチカチカする。五芒星の中に目を据えたモチーフが、壁に延々と描かれていた。静謐な雰囲気はどこかの神殿を思わせる。


 エッカルトとグレースはそこにいた。彼らなりの連絡手段を使って、もう一人の見張りが伝えたのだろう。五芒星の形に石が埋め込まれた床の上、待ちかまえていた。


「クソ魔女、いい度胸してるじゃねぇかぁ? また姿を現すとはなぁ?」


 早速、威嚇してきたエッカルトは額に包帯を巻いている。リゲルはアスターのうしろに隠れた。


「エッカルト、こうやって対面するのは六年ぶりか? なかなか眼帯が似合っているではないか」

「チッ……奪われた右目の恨みはまだ忘れてないぜぇ」

「左目も取られたいか?」

「アンタさぁ、自分の置かれた状況わかってるぅ? 娘を人質に取られてるんだぜぇ?」


「エッカルト、やめときなよ。ディアナ様からの文で、手ぇ出さないようにって命じられてるだろぉ?」


 グレースのかすれ声が聞こえる。イザベラから聞いて、ディアナはヘリオーティスを牽制してくれたようだ。リゲルはアスターの上衣のすそをつかみ、大きな背を盾にした。そのアスターの背中がびくついた。


「ややっ! ディアナか!? その顔はどうした!?」

「イザベラにやられた……」

「なんだと!? イザベラが!?」


 リゲルはアスターの背中から顔を出し、ヘリオーティスたちをのぞき見た。

 イザベラに殴られたグレースはひどい有り様だった。片目は黒ずみ、頬は醜く腫れ上がっている。切れた唇も痛々しい。


「アスター、なにを大ボケかましとるんじゃ? それはグレースじゃ」

「あっ、ああ、そうか。イザベラが恋人を取られた腹いせに殴ったのかと思ったぞ?」

「いや、いくらなんでもイザベラじゃって、自分の主にそんなことしないじゃろ」


 アスターはイザベラをなんだと思っているのか。ラスボスか。それにしても、グレースのひどい顔は気の毒すぎる。


「なんじゃ、おまえら回復魔法できないのか?」

「フッ……回復は上級魔法だよ。誰にでもできるもんじゃないさ」


 憎たらしいヘリオーティスに対しても、憐れみの情は湧くものである。リゲルはグレースの顔をあまり見ないようにした。

 だが、憐れみはこいつらには不要だと即座に思い知らされる。


「さてと、ディアナ様がいらっしゃるまえに身体検査をさせていただくよ。武器なんかを隠し持ってると困るんでね。あたいはアスター、エッカルトは魔女子を調べる」


 普通、逆じゃないかと抗議するまえに、リゲルはエッカルトに身体をベタベタ触られた。スリングの中身も全部チェックされる。


「あっ、ダガーは回収な? この短い杖みてぇのは?」

「ロッドじゃ」

「じゃ、これも回収」

「あとでちゃんと返してくれよ?」


 隣のアスターは、回収されるような物をなにも持ってなかったようだ。アスターの身体を触るグレースの手つきは、どことなくいやらしい。

 最悪なのはエッカルトだった。リゲルはローブの留め具を外され、その下の下着姿までジロジロ見られた。しかも、このエロ眼帯はリゲルの乳を遠慮なくつかむと、モミモミ揉んできたのである。


「なっ、なにしやがる!! やめろ!」

「身体検査だよぉ。おとなしくしろ」

「だいたい、調べる相手が男女逆じゃろうが!」


 リゲルは存分に乳を揉まれ、あげくの果てに尻までナデナデされたあと解放された。


「ひどい……サイテーじゃ」


 目を潤ませるリゲルに、アスターが慰めてくれるのかと思いきや、


「なんだ? 乳を揉まれた程度で? 気の小さい魔女だな?」

「信じられん言動じゃ。そういや、おぬしは痴漢擁護派じゃったな? それじゃから女に嫌われるのじゃ」

「なにを言うか? 私はイチモツを握られ、長さを指で測られたのだぞ? おまえの比ではない」

「いや、男のそれと女のそれを同列にするな」


 リゲルはひしゃげた。ユゼフ以外に触らせたことはない。主を裏切ったような気にもなり、汚れた自分が嫌になった。


 ──なんじゃ、この羞恥プレイは? でも、ディアナの判断によっては、もっとひどいことをされるんじゃよな? 犯されそうになったら、奥歯に仕込んだ毒を飲んで死のう


 リゲルはそんな覚悟までした。アスターのほうは、移動中に落ち着いてきたのだろうか。取り乱していたのが嘘のように悠然としている。

 ……わけでもなかった。握り拳を作った指の間から血がにじみ出ていた。握っているのは、リゲルが渡したユマの髪留めか。葉っぱが何枚か重なり合ったデザインだから、尖った部分がある。強く握り締めていたせいで、手を傷つけてしまったのだ。


 麻袋たちが黒と白の長ソファーを二台、エッサカホイサカ運び入れた。色は広間に合っているし、ベルベットが張られていて、いかにも高級そうだ。ディアナでも文句は言わないと思われる。


 時を待たずしてディアナは現れた。すまし顔のディアナはクレマンティ邸の自室から、ふいっと出てきたかに見えた。数時間、馬車や馬の背に揺られてきたようには見えない。この建物のどこかに、虫食い穴を設置しているのかもしれなかった。


 ディアナは両脇にイザベラとミリヤを従え、おもむろに歩み寄ってきた。泰然とした態度はアスターを意識しているのだろう。

 イザベラを見たヘリオーティスたちが身構えた。身体に植え付けられた痛みと恐怖というのは、たやすく拭い去れるものではない。そんな彼らを、イザベラは嘲りを含んだ目で見据える。イザベラが発するのはおどろおどろしいほどの狂気だ。復讐心に燃えるどころか、ヘリオーティスは一歩引いた。

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