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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる  作者: 黄札
第三部 グリンデルの王子達(後編)
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82話 母と娘(リゲル視点)

 背後にリゲルの気配を感じたイザベラは、屋敷に入ってから振り向いた。満面の笑顔だ。


「くっくくく……ディアナ様の顔、見たぁ? 笑っちゃう」

「おぬしも人が悪いのぉ。ミリヤがちと、かわいそうじゃがな」


「焼けただれた肩と凍りついた右手を元通り治してやったんだから、あれぐらいして当然でしょうよ。リゲル、あなたこそやり過ぎよ?」

「だって、ミリヤが煽ってくるんじゃもん。負けたから、おまえらに協力することになったがな」


「あら? なにを協力してくれるのかしら?」

「それより、魔国のことを教えてくれよ。イアンたちは元気か?」


「なに言ってるの? ダモンの目を通して、だいたい見てるんでしょうが。ご存知のとおり、ザカリヤ様の所で仲良くやってるわ。しばらくしたら、魔界へ臣従礼を解除しに行くんじゃないかしらね」

「わしが聞きたいのはダモンが見てない部分じゃ。おまえ、サチとはどうなった?」


「うーん……彼、ニーケ様のことでかなり凹んでるみたい。当分、主国には帰らないと思うわ。でも、ずっとじゃない。彼はわたしと()()()になる運命だしね」

「えらい自信じゃな?」


「ふふん。わたしたち父親公認だもの。リゲル、あなた、ザカリヤ様を直接見てないでしょう? すごいわよ?」

「超絶イケメンじゃな。一度くらい、ご尊顔を間近で拝みたいもんじゃが」


「イケメンなんてもんじゃないわよ! ザカリヤ様はね、芸術よ! 神が生み出した最高の芸術傑作! さすがはサチのお父様だけあるわ」

「ほう……じゃが、アホじゃろ? ダモンの目で見たんじゃが、イアンのバカとやり合っとったぞ? おまえが帰った直後か?」


「なにそれ!? おもしろいじゃない! あとで詳しく教えなさいよ!」

「ダモンの見たものは、時間を遡って見ることもできるでの。わしはおまえの地下部屋の隣を借りておる。あとで来るがいい」


 おしゃべりしている間に、アンジェリーヌ夫人のいる居間に着いた。

 イザベラの母、アンジェリーヌは侍女のソニアと刺繍をしていた。落ち着いた色味のガウンをまとい、半分に上げた黒髪をお団子にしている。垂らした巻き毛はよく手入れされていて美しい。

 貴族の邸宅にしては家具が少なかった。テーブルに椅子が数脚と暖炉。夫人たちは三人掛けのソファに腰掛け、かなり凝った刺繍に熱中していた。ガラガラの飾り棚が部屋をいっそう殺風景にしている。前宰相クレマンティが亡くなったあと、金目の物は売っ払ってしまったのだろう。


 顔を上げたアンジェリーヌ夫人は目元に優しい皺を寄せた。顔立ちはイザベラとほぼ同じである。ちがうのは柔らかい表情だ。家を留守にしていた不良娘にも甘々である。


「あら? お茶会はもう終わり? 私も今から行こうかと思ってたのに……」

「まだやってるわ。でも、まもなくお開きかもね」

「じゃ、今から行くわ。ソニア、これ、片付けておいてちょうだい」

「ちょっと待って。お母様にいろいろ聞きたいことがあるのよ。ユマのこともそうだし、ディアナ様を預かることになった経緯とかね。それと、シオン王子のこともなにか知ってるんでしょう?」


「ああ、そうね。話したいことが山ほどあるわ。でもね、べラ。私もあなたに聞きたいことがあるのよ? いつも勝手にどっか行っちゃうんだもの。五年も留守にしてやっと戻ってきたかと思ったらグリンデルへ行っちゃうし、しばらく連絡も途絶えて行方不明だったでしょう? そしたら、魔国なんて恐ろしい所へ行ったと聞いたから、気が気でなくて……ユゼフ様から聞いたのよ?」


「ユゼフ!? ユゼフがこの家に来たの!?」

「ええ、そうよ。あなた、ユゼフ様からの伝言で帰ってきたんじゃないの?」

「それはそうだけど、まさか直接家にまで来てるとは思わなかったの。わたしの部屋に通したりしてないわよね?」

「そんなことしないわよぅ。ユゼフ様がディアナ様を連れてきたの……ふふふ、お二人、とっても仲良しなのよ。噂になってたけど、そのとおりみたいね」

「あの二人がどうとか、まったく興味ないけど経緯は気になるわね。ま、これはリゲルに確認したほうがいいかしら」


「ねぇ、ユゼフ様ってステキじゃない? 身長もこうスラッとして足も長いし、目元に影があるのもいいわよね! とにかくカッコいい! ちょっと、シャイなのがまたキュンとしちゃうのよ……食事中もね、ディアナ様のお肉を切ったり、甲斐甲斐しくお世話してて微笑ましかったわ。ほんと、お似合いのカップルよね!」

「ユゼフがカッコいい?? どこが?」


 この娘にしてこの母あり。イザベラの冷たい返答など、アンジェリーヌ夫人はものともしない。


「ソニアったら、ユゼフ様のことをラウル(イザベラの父)が帰ってきたと勘違いしちゃったのよ。私たち、人の気配がしたもんだからお客様か強盗か賭けをしてたんだけど、私の勝ちだったのよね。ね? ソニア?」

「そんな話、どうでもいいのよ。わたしが知りたいのはユゼフがディアナ様を連れてきた経緯と、なんでアスターの娘が家にいるのかってこと」


「ユマの話は長くなるわね。ユマってば、家出して迷い込んできたのよ。かわいそうに、門扉の隙間を無理に通ったから服も破けていたし、ケガもしていたわ。夜道を一人ぼっちで出歩くのはさぞ怖かったでしょう。お兄様やお姉様が亡くなったことで、自分を責めて泣いていたの。私、放っておけなくて……」


 アンジェリーヌ夫人は涙ぐんだ。夫人の涙は本物だ。さっきのディアナとユマの茶番を見たあとだと、よくわかる。リゲルは居心地悪くなり身をよじった。


 純粋な優しさ=狂気。イザベラの放つ狂気とは似て非なるものだ。イザベラのは身勝手な執愛。アンジェリーヌ夫人は完全なるお人好しだ。彼女の優しさは見返りを求めない。ただ、衝動的に本能に従って人を助ける。良いことをして得られる甘い愉悦すら皆無なのだ。ユマやディアナだけではない。ヴィナス王女のことも、そうやって助けたのである。


「もう、いいわ。お母様から話を聞こうとしても(らち)があかない。リゲルに確認するわ。でもね、リゲルがどうしても教えてくれないことがあるのよ」

「なにかしら? リゲルが言わないってことは、私も言っちゃダメなことじゃない?」


「いまだに見つからないシオン王子のことよ。やっぱり、なにか知ってるんでしょ? だって、ヴィナス様がこの家に来て、リゲルと会ったってことは……」

「シオン様ね……クスッ……たしかにお誕生日プレゼントを贈ったりしたわね」


 リゲルは慌てた。シオン(イアン)への誕生日プレゼントの郵送や準備は、アンジェリーヌ夫人にお願いしていたのである。リゲルが時間移動できるのは、時間の壁が出現している間だけだ。毎年の郵送や食べ物やピアノなど、現地で用意が必要な物は彼女に任せていた。夫人はシオン王子がイアンということも知っている。天然ボケの彼女は、うっかりもらしてしまうかもしれなかった。

 イザベラはここぞとばかりに問い詰めた。


「ねぇ……知ってるんでしょ? 教えてよ! お母様にはわからないかもしれないけど、重要なことなの!」

「ベラ、ごめんなさいね。シオン様が今、どこにいらっしゃるかはわからないわ。ヴィナス様はシオン様を守るために、自らを犠牲にされた。母の愛というのは、何ものにも代え難い強い力を持つの。ヴィナス様が守っている限り、誰もシオン様に手出しはできないのよ」


 毅然と言い放つアンジェリーヌ夫人を見て、リゲルは彼女に頼んでよかったと心から思った。アンジェリーヌ夫人にとっては敵味方関係ない。純粋な優しさは平等に発動する。


 ──いずれは知られるじゃろうが


 イアン本人がもらしてしまう可能性もある。イザベラと数ヵ月も生活していて、自分の素性をもらさなかったのは奇跡といえよう。


 イザベラはそれ以上追求せず、テーブルにあったオレンジピールやナッツをつまんだ。侍女がお茶をついでくれたので、リゲルはご相伴に預かることにした。アンジェリーヌ夫人はイザベラに行方不明の理由を尋ね、イザベラは「さらわれた恋人の行方を追っていた」と。「近いうちに紹介するから期待して待ってて」と得意気に答えたのだった。

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