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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる  作者: 黄札
第一部 新しい王の誕生(前編)四章 盗賊達
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54話 ドアーズ

 娼館で遊んだ翌日、頭領の部屋にて──


 ユゼフはアキラと魔国へ行く計画を練った。

 協力を得られても、すぐに向かえないのは、さまざまな障壁があるからだ。

 一つは、有害な瘴気が魔国の一面を覆っていること。

 長時間吸えば、身体に異常をきたすため、なるべく瘴気にあたらないよう配慮する必要があった。

 ダモンが無傷なことから、上空は瘴気に覆われていないことがわかっている。

 空の移動は必須条件であったので、一基につき十人乗れる大型の気球が十基必要だと、ユゼフはアキラに言った。


「五基だ」

 

 アキラは答えた。


「五首城で家来の相当数を失った。今回、連れて行くのは五十人だ。全員は連れて行かない」

「金は用意できるだろうか?」

「コルモランから頂戴した前金と王女の馬車にあった宝飾品を売れば、なんとか用立てることができる。元は必ず取れるのだろうな?」

「支払うのは国王だ。充分元は取れる」

 

 注文した五基の気球が仕上がるまで数週間かかるため、必然的に足止めを食らうことになった。

 結果的には良かったかもしれない。他にも考えることや必要な準備がある。




 ミーティングが終われば、屋敷の外でアスターが待っている。今日のアスターは胴鎧に肩当てを付けていた。適当な装備だが、軽装の普段より意気込みが感じ取れる。

 ユゼフはげんなりしているのを隠さなかった。いい加減、キレてもいいころだと思うのだ。


 今日はいつもと違っていた。

 広場に着くなりユゼフは目隠しされ、先の丸い棒を渡された。


「さあ、気配を読んで私に攻撃するのだ」

 

 それだけ言って、アスターは離れた。

 おおかた、能力を試すつもりなのだろう。

 馬車の中から見張りの心臓をひと突きした件について、根掘り葉掘り聞かれていた。なんとなく気配が読めると、ユゼフはうっかり漏らしてしまっていたのだ。


 戸惑いながらも「気配」を読むことに集中する。見えないことで第六感は研ぎ澄まされた。

 アスターの全身を駆け巡る命の波動。その大元、一番強い気が集まっている部分……ポンプのように全身へ命を送り出す力の源……


 ──あった! そこだ!


 見切ったユゼフは一直線にアスターのもとへと走った。

 なんの迷いもなしに、心臓めがけて棒を突き出す。呆気なく、木剣で払い除けられた。

 その後、アスターはまた別の場所へ移動し、ユゼフが攻撃する、避けるを何度か繰り返した。


「なるほど……確実に気配を読んで、心臓の位置もわかっているようだ。しかし、正面から戦いを挑めば、このように避けられてしまう。暗殺には役立つがな?」


 今度は目隠しを取って攻撃してみろと、アスターは指示した。目から入る情報量が増えたせいか、ユゼフの動きはさっきよりも鈍くなる。


「ユゼフ、心臓以外の場所もわかるか?」

「……どういう意味です?」

「動脈だ。太い動脈を狙う。相手が甲冑を着ている場合は首か、甲冑のつなぎ目から腋下、鎖骨下の動脈を狙う」


 ユゼフが動きを止めたので、アスターは怒った。


「攻撃を止めるな!! 戦う時は常に動きながら思考するのだ!!」


 無茶なことを言う。気配を読み、なおかつ解剖図をイメージしないといけないなんて、常人には無理だ。

 ユゼフが読んでいるのは気脈である。血流の量や強弱が気と連動しているようだが、動脈云々言われてもピンとこなかった。


 ──要は心臓以外を狙えばいいんだろ?


 考えるより、体を動かす。気脈が形作るアスターの全体像をユゼフは追いかけた。

 心臓を突こうとしても避けられるから、そう見せかけて振り下ろしてみる。気まぐれが偶然にもアスターの肩を打った。


「……ぐっ」


 思わぬフェイントにアスターは意表を突かれたようだ。肩当てがなければ、大ケガをしていただろう。完全に一撃入った。


 ──やった!


 が、すかさず木剣でユゼフの腰を打ち返してくる。こちらは装備なしだ。

 全身に衝撃が走り、呼吸が止まった。ユゼフはそのまま膝をついて、地面に突っ伏した。


「生意気にも偽攻撃を仕掛けてきたな? だが、打ち込んだあと、油断をするからそういう目に合うのだ」

 

 しばらく立ち上がれなかった。今のは完全に私情が入っていたのではないか? 想定外の一本を入れられたのが悔しくて、倍返ししてきたのだ。

 子供か? 普通、うまくいったら誉めるだろう。厳格な父ですら、そうしたとユゼフは思った。アスターが尊敬に値する人物とは到底思えない。


 ──これが、人にものを教える立場の人間の振る舞いか……


「早く立て! 本番でいつまでも座ってたら、死んでるぞ?」

「ケガしたくないんで、防具着けてもいいですか?」

「必要ない。貴公は亜人だから、すぐにケガなど治る!」


 アスターの言葉にユゼフは少なからず傷ついた。

 魔獣を呼び出したりしたので、亜人だと決めつけているようだが。はっきり言われると、見たくない現実を突きつけられたようで反抗もしたくなる。

 ユゼフは言い返した。敬意など払う必要はない。こちらもタメ口だ。


「でも、本番は甲冑を身に付けるよね? 体に重さを覚えさせておいたほうがいいんじゃないの?」


 すると、アスターは髭を引っ張りながら少し考えた。この態度は意外である。口答えすれば、激昂するとばかり思っていたのだ。


「体に重しをつける訓練は有効かもしれぬ。筋力もつくしな?」

「体に重し……?」

「物置小屋にいい物があったかもしれん。行くぞ!」

 

 不穏な空気が漂う……これは絶対良からぬことを考えている。ユゼフは口答えしたことを後悔した……。

 物置小屋に着くと、アスターは中を無遠慮に引っ掻き回した。盗賊たちの所有物を我が物顔で物色する。盛大に埃が舞い上がり、ユゼフは咳き込んだ。


「おお、あった! これがいい」

 

 アスターが取り出したのは埃まみれの鎖帷子(チェーンメイル)だった。


「……あの、防具とかもういいです」


 心底嫌だったので、ユゼフは低い声を出した。アスターはそれを丸無視する。


「これは鉛でできているから鉄のものより五割増しで重い……あと、もう一枚あるな? サイズ違いを二枚着れば、なかなかの重さになるぞ」


 ──えぇ……なんか、かゆくなりそうだし、暑そうだし、重そうだし、なんで………


 心の叫びは聞き届けられることはなかった。結局、ユゼフはアスターに従い、古びた防具を運んだ。

 広場に戻ると、鉛の鎖帷子を二枚着せられた状態に目隠しをされる。


「ユゼフ、貴公は目で追おうとするからダメなのだ。気配を読め。ときどき、異様に素早くなるのは気配に合わせて体を動かしているからだ。自分では意識してないだろうがな?……普通の人間と同じように戦おうとするんじゃない」


 アスターは断言し、後ろに下がった。


「さあ、始めろ!」



 

 目隠しをした状態で、アスターを追いかける訓練は昼過ぎまで続いた。

 突き以外の攻撃は禁止。フェイントを仕掛けて一撃当ててから、封じられてしまった。髭親父の気分に振り回されている感じは否めない。


「脈動を読め! 太い動脈に突き刺せば、致命傷を与えられる!」

 

 そうは言っても、鎖骨や腋の下の動脈には一発も当たらない。

 

 ──もう少しだ……もう少しで届きそうなんだ……

 

 動きを追いかけるのに夢中だった。ユゼフは周りの気配をすべてシャットアウトし、アスターだけを追い続けた。

 左、上、右、また上、下がる……脳が動くよりまえに体が動き、どんどん速度は増していく……

 過ぎ去る時間は体に刻まれず、飛んでいった。


「やめだ、やめ! 飯行くぞ」

 

 不意にアキラの声が聞こえ、ユゼフは我に返った。汗で濡れた目隠しを取る。

 いつしか、大勢の見物人に囲まれていた。気配はなんとなく感じていたが、見られていることまで、察知できなかったのである。

 どういうわけか、アキラは目を見開いていた。


「何をした?? 見違えるほどだ」


 ユゼフ自身には全然わからなかった。あれから一本も取れていないのだ。

 見物している盗賊たちも、やや興奮気味でこちらを見ている。先日までとは、明らかに目つきが違っていた。そんなに良い動きをしていたのだろうかと、ユゼフは恥ずかしくなった。


「素質はある。心に火を付けてやったのだ」

 

 ニヤリとするアスター。

 髭についた水滴が気になる。雨上がりの蜘蛛の巣みたいにキラキラ輝いているのは、美しいと表現すべきか否か……。ユゼフは視線を自分の手に移した。柄を握る手背に丸い水滴がびっちり整列している。全身汗まみれだった。


 太陽の熱より空の青い光が痛い。それと、視線。今までの人生で注目されたことなどない。

 顔の汗を拭い、ユゼフは尋ねた。


「アスターさん、着替えてきていい?」

「五分だ」

 

 聞き終えるまえに、ユゼフは見物人たちの間を駆け抜けていった。

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