表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる  作者: 黄札
第一部 新しい王の誕生(前編)一章 壁の出現
6/851

6話 脱出

 何時間たっただろうか。

 日は高くまで昇っているに違いなかった。

 うとうとしたが、ユゼフは完全には眠らなかった。いつの間にか、ディアナが肩にもたれかかり、そよそよと寝息をたてている。

 荒れ果てた土漠を抜けた馬車は森を走っていた。もうモズには着いたようだ。

 ユゼフの頭のなかでは、頭領の言葉がぐるぐると回っていた。


『コルモラン』

 

 確かにそう聞こえた。

 このコルモランという人物に盗賊たちは雇われたようだ。聞き間違えでなければ、黒幕はかなりの大人物、王族だ。

 頭領のアナンにも興味を惹かれた。

 貴族的な立ち居振る舞いは、野蛮な盗賊たちと一線を画していた。率いるのが盗賊でも戦い方は計算高く、力任せに剣を振るうのとは異なる。おそらく最初に水と食料の馬車を奪ったのも彼らだろう。ユゼフと同じく貴族の私生児か、没落した名家の出なのかもしれない。

 考えていると、馬車は止まった。幌の穴から外を見ても木しか見えない。ここで彼らは休息を取るようだ。


「殿下、ディアナ様、起きてください」


 ユゼフは囁き、もたれかかっているディアナを揺さぶった。


「馬車が止まりました。今のうちに逃げるしかありません」

 

 ディアナは細い目のまま思いっきり鼻に皺を寄せ、口をへの字に曲げた。

 こんな顔は初めて見る。ユゼフは妹たちを思い出した。彼女も年齢相応なのだなと安心すると共に、癇癪を起こされないかと心配になる。寝起きは特に機嫌が悪そうだ。しかし、そんなことを気にしている場合ではなかった。今は逃走のための準備をしなくては。

 深呼吸して神経を研ぎ澄ます。外で動く人間たちの様子がありありと、脳内に浮かび上がってくる。

 馬車の周りには御者が一人と見張りが四人、馬車の両側に一人ずつ、うしろに二人いる。他の賊どもは少し離れた所で火を焚いて食事をとっているようだ。

 

 ユゼフは人の精気を感じ取ることができた。

 人間の体内では、血流に沿って精気が駆けめぐっている。精気の源は血液を送り出す心臓である。そのイメージが視覚を通してではなく、脳に直接浮かんでくる。これは動物的本能のようなもので、生まれつき備わっていた。


「まず、前にいる御者を仕留めます。その後、綱を切って馬を逃がし、見張りの何人かが気を取られている隙に逃げるのです」


 計画どおりにいく可能性は低い。

 まず一番の問題点。ユゼフは人どころか、動物すら殺したことがなかった。狩猟は貴族の(たしな)みの一つであるから、貴族社会ではめずらしいだろう。命を奪うことに、普通は抵抗を感じたりしない。

 ユゼフの性格は勇猛な武芸者揃いの家系に生まれれば、致命的であった。父がユゼフを王女の侍従にしようと思った所以(ゆえん)だ。


 ユゼフは剣術指南役に教わったことを、懸命に思い出した。

 ヴァルタン家の剣術指南役は細めの長剣を使うよう、ユゼフに指導した。というのも、身長は高めでも兄たちのように体格がガッチリとしていない。痩せ型のユゼフに大剣は向いてなかったのだ。

 短剣の使い方も教わっていた。首の頸動脈の位置と切りつけ方だ。指南役は犬を使って手本を見せた。当時、犬を練習に使えと命じられても、ユゼフは殺せなかった。臆病者と罵られようが、絶対にできなかったのである。

 なぜなら犬の言葉や感情を理解することができたから。

 これも生まれつきだった。虫や魚とは話せないが、ある程度の知能を持った動物とは話すことができる。

 

 一部の亜人(デミ・ヒューマン)は不思議な能力を持っていた。旧国民──鳥の王国建国以前からいた原住民の中には、亜人の血を引く者が少なからずいる。さらにまえの原住民である鳥人の呪いにより、水に浮かぶことができなかった。 

 名家のヴァルタン家に旧国民の血が入り込むことはないから、母方の血だろう。しかしながら、ユゼフは近親に能力者を見たことがなかった。


 ──馬が言うとおりに動いてくれればいいのだが……


 逃がした馬をあとで呼び寄せ、乗って逃げる。能力を使えば可能なはずだ。


「動かないで。じっとしていてください」

 

 ユゼフはディアナの首を触った。喉の辺りに強く脈打つ箇所がある。熱くみずみずしい精気。生命の源泉――その感触は甘美だった。

 

 ──ここだ!


「なんなの?」

 

 怪訝(けげん)な表情のディアナを尻目に、ユゼフは短剣を鞘から抜いた。

 緊張はしていた。犬を殺せないのに、人を殺せる人間はいるのだろうか。だが、やるしかない。

 頭の中で“彼”の言葉が魔法のように響いた。


 前に五十人いれば殺せばいい。戦地へ行けば五十人の命など軽いものさ――

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
不明な点がありましたら、設定集をご確認ください↓

ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる設定集

cont_access.php?citi_cont_id=495471511&size=200 ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
[良い点] 拝読いたしました。 自ら王女の犠牲になって、ケダモノたちに体と命を差し出すミリヤの献身的な姿に泣けます。 裏切り者のベイルを一刀両断にした、アナンにも矜持のようなものを垣間見ました。 …
[良い点] レビュー全文 【物語は】 ある上位の王室付学術士の老人が、主人公を起こすところから始まっていく。 何かにうなされていたのか、”憎悪のこもった咆哮が荒野に響く”(作中の文を引用)とあること…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ