表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる  作者: 黄札
第三部 グリンデルの王子達(後編)
570/874

41話 ザカリヤとメグ(サチ視点)

 その日からサチはザカリヤたちとテーブルを囲んで、食事をするようになった。同席するのは日替わりの女数人とメグ。ザカリヤの家族はメグだけのようだ。食事と言っても、ザカリヤはほとんどワインしか飲まない。女が口まで運ぶのをお愛想程度に咀嚼するだけだ。食事前のお祈りもここでは省略。彼ら魔国人は悪魔教なのだろう。サチは一人で祈りを済ませた。



「へっ。魔人のくせに祈ってやがる。俺たち亜人には神様なんかいねぇのにな?」


「ザカリヤ、そんなこと言わないの。アニュラス神様はあたしたち、亜人の神様でもあるよ」


「魔人に神様はいねぇ。こいつ、魔人のくせに滑稽だぜ」


 メグがたしなめても、このクズ鳥人間には効果ない。相手にしないのが一番だとサチは思った。



「サチは随分、回復したね。あたしも治療の甲斐があるよ。リハビリは無理し過ぎないで。ストレスになると逆に良くないから」


「全然無理じゃないです。少しずつ動けるようになるのが嬉しいんです」


「ふふ。スプーンもちゃんと持ててる。あとで手の筋肉をマッサージしてあげるね。もうちょっとしたら、ストレッチのやり方を看護士に指導させる」


「ありがとうございます!」


 サチとメグのやり取りをザカリヤは目を細くして眺めていた。不満げな表情だ。



「メグ、こいつに変なこと吹き込んでないか?」


「え? 変なことって?」


「グランディスの奴、俺に対するのと百八十度態度がちがうじゃないか! 最初は俺のことを天使様と崇めていたのに……」


「うーん……そのうち、慣れてくるよ」



 メグは困り顔だ。サチはザカリヤのほうをなるべく見ないようにした。

 見れば見るほど腹が立つ。男には長い睫毛も高すぎず真っ直ぐな鼻梁も、いたずらっぽく笑う茶色の瞳も彫像のような肉体も……うっかり見とれてしまう姿形すべてが憎たらしい。サチは下を向いて、食事に集中しようとした。肉は焼いただけ。スープは味が薄い。食事は女たちが交代で作っているのだが、はっきり言ってマズい。



「そうそう、聞いておかねば。サチは治ったらどうしたいの?」



 率直な質問にサチは戸惑った。顔を上げた拍子にメグと目が合う。髪と同じ桃色の澄んだ瞳がこちらを見ている。理由もなく、目が合っただけで顔が熱くなってしまう。



「診療所の手伝いを……」


「うーん、それはありがたいんだけど、お礼とかは気にしなくていいのよ? 帰る所があるなら、帰ってもいいし……」



 帰る所──その言葉はサチの胸をえぐった。グリンデルにはもう帰れないし、主国は……戻ったところで迷惑をかけるだけだ。


 騎士団に戻れば、快く受け入れてくれるかもしれない。ユゼフとシーマの力を借りて、ディアナと一緒にグリンデルを取り戻すことも考えた。だが、これにはリスクを伴う。まず、シーマが納得して協力してくれないと駄目だし、戦争は不可避だ。そのうえ、イアンに話したとおり、シーマが目覚める可能性は低い。



 ──このまま俺は死んだことにして、いなくなったほうが皆のためになる。



 サチがいなければ、グリンデルだって執拗に戦争を仕掛けないだろう。シーマは目覚めず、ディアナが正式に女王として即位する。ユゼフが王配として采配を振るったらいい。これで完璧ではないか。



「まず、一緒に襲われた仲間の安否が知りたいのです。その後のことは決まってません」


「そうか……帰るあてがあるならいいんだけど。もし、行く所がないなら遠慮なく言ってね。ここで一緒に暮らしてもいいし」


「いいんですか……」


「うん。診療所の手伝いをしてくれたら助かる」


 女神の微笑みは胸を高鳴らせる。サチは顔をほてらせ、メグの大きな瞳に見入った。



「勝手に決めるな。ファルダードは俺の従者にするんだ。それなら、チビで弱そうでも役に立つだろう」


 ザカリヤが水を差した。こめかみがヒクついても、サチは耐える。そっちは見ないようにして、メグとの会話を続けた。



「クロチャンという魔人の行方はまだつかめないのですか?」


「ごめんね。ザカリヤが使い魔たちに探させているんだけど、まったく足取りがつかめないようなの。ね、ザカリヤ、まだドゥルジの所にも帰ってないのよね?」


「そりゃ、戻れねぇよ。仲間の仕事をパクったあげく、ポカしたんだからな。それもこれもファルダード、おまえのせいだからな? おまえをドゥルジに差し出さないからこうなった」


「ドゥルジはサチがここにいるのは知らないのよね?」


「当然だろ。見つかったら、俺たちもただじゃ済まない。だから念のため、地下室に隠していたんだよ」



 サチは甘えたことを恥じた。ここにいても迷惑をかけることになる。ドゥルジに見つかれば揉める。なんで、そんな簡単なこともわからなかったのだろう。



 ──良くしてくれたメグさんに迷惑をかけるわけにはいかない



「あっ……気にしなくていいのよ。ドゥルジはサチの顔を知らないでしょう? クロチャンはおおまかな特徴と居場所から襲ったと思うの。大丈夫よ。ほとぼりが冷めれば忘れられるわ」


 うつむくサチの心情を察したのだろう。メグは安心させようとした。一方のザカリヤは脳天気な声を出す。



「だな? クロチャンはファルダードの情報をたいして持ってなかった。日が経てば、ドゥルジの奴も忘れるだろう」


 迷惑はかけたくないが、帰る場所もない。甘えたい気持ちと自制心がサチの中でせめぎ合っていた。



「置いてほしいって言うなら、置いてやってもいいぜ。ただし、それなりに役には立ってもらわないとな?」



 不快なことにザカリヤはニヤニヤしながら、サチの顔をのぞき込んできた。この男にはデリカシーというものが欠けている。おかげで気持ちをはっきりさせることができた。

 サチはスプーンを置いた。心を無にし、いったんここにあるすべての感情を捨て去る。まっすぐにザカリヤを見据えた。



「助けてくださり、ありがとうございます。でも、俺はなんの役にも立てませんし、ご迷惑をおかけするだけかと。ご安心ください。歩けるようになったら出て行きますので」


「お、おう……」



 ザカリヤはひるんだ。真っ向から挑まれると弱いらしい。その後は無言になり、皆まずい飯をせっせと口に運んだ。




 サチがザカリヤの真意を知ったのは数日後である。

 歩行練習で力尽き、居間のソファーで目を閉じて休んでいたところ、ふわっと毛布を掛けられた。その時、ザカリヤのそばに女はいなかった。そして、もう一人新しい気配が居間に入ってくる。メグだ。



『ザカリヤ、その子のこと、どうするつもりなの?』


『しーーっ。起きちまうだろ?』


 囁き声が聞こえる。サチは寝たふりをし続けた。



『大丈夫だよ。ぐっすり寝てる。じつはずっと気になっててさ……この子、立ち居振る舞いがちょっとちがうじゃない? やっぱり命を狙われるだけあって、高貴な生まれなのかなって思ったり……』


『どうかな……』


『王子……とか?』


『まさか!』


 声のボリュームが大きくなり、ザカリヤは慌てて口をつぐんだ。



『王子じゃなくとも、そこそこ良いところのお坊ちゃんだとあたしは思うよ。で、跡継ぎ争いに巻き込まれ、命を狙われることになったと』


『本人が何も言いたがらないのだし、詮索するのは無粋だぜ』


『でも、帰る所はないんじゃないかなぁ。この間、話した時の様子ではそう感じた。戻ったところで、殺されるかもしれないでしょ?』


『それは俺も思ったが……』


『きっと、迷惑をかけると思ってあんなこと言ったんだよ。本当はここにいたいのかも』


『かもな。哀れな奴』


『ねぇ。足が治ったら、診療所の手伝いをさせていい? いさせてあげようよ。ここなら安全だし、ドゥルジもそのうち、探すのあきらめるよ』


『ああ、好きにしろ。なにがあっても、俺が守る』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
不明な点がありましたら、設定集をご確認ください↓

ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる設定集

cont_access.php?citi_cont_id=495471511&size=200 ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
[一言] 最初偉そうだと思ったけどもしかしてザカリヤ結構いいひと・・・!? サチは元気になってきてよかった(*´∀`*)ポッ恩人に惚れる気持ちはわかるけど、めっちゃめろめろやん! やばい姿のときはまじ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ