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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる  作者: 黄札
第三部 グリンデルの王子達(後編)
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22話 雪原にて(ユゼフ視点)

 ディアナは気絶していた。


 この高度でグリフォンから振り落とされたら、下が沼地や雪原でない限り助かる可能性は皆無だ。いや、沼地や雪原だろうが、ひ弱な人間の女性が助かったら奇跡である。

 幸い、ローズ攻城戦の時に使ったロープがハピの首にくくりつけたままだった。グリフォンのハピに高度を安定するよう命じ、弛緩したディアナの身体をユゼフは自分に結わえ付けた。


 結ぶのは得意……とはいえ、雲の上、さらにグリフォンにまたがった状態で両手を奪われるのは、命懸けである。まず、腰でバランスを取り、彼女を抱き寄せる。次に口でほどいたロープを引っ張り、自分たちの身体にフワッと巻きつける。それを、一瞬空けた両手でギュッと締める。結ぶのには口を使った。


 ユゼフが悪戦苦闘している最中、燭台に乗ったミリヤがその横を飛んだ。



「よし! できた!」



 なんとかディアナを自分の身体に固定できた。ユゼフがうしろからディアナに抱きつくような形なので、恥ずかしいやら嬉しいやら……ミリヤが横を飛んでいなかったら、ユゼフは良からぬことを考えていたかもしれない。ミリヤの顔を見ると、とんでもなく冷ややかな視線を浴びせられた。


 (よこしま)な考えを読まれたか?……否、ユゼフの不手際でディアナが危険にさらされたのが、許せないのだろう。



 ──しょうがないだろ? 突然のことだったし、まさか気絶するとは思わなかったけど


 心の中でユゼフは言い訳するも、ミリヤは罵ってきた。



「どうしてハーネスくらい用意してないの?? 馬鹿なの??」


「いつもハーネスは使わない」


「雲の上まで行ったら呼吸だって苦しくなるし、普通の人間じゃ気絶すんだよ。それぐらいも、わからないわけ?」



 よっぽど腹が立ったのか、ミリヤの口調が乱暴になってきた。馬糞にたかる蛆虫を見る目でユゼフをにらんでくる。



 ──おまえが雲の上まで行けと言ったから、行ったんだろうが? 急にグリフォンを使えと言ったのだって、おまえだし……


 ユゼフは言い返すのを心の中だけに留めた。一方のミリヤは、ユゼフの内心なぞお構いなしだ。



「ほんと、どんくさ……もうちょっと高度下げるからな? ディアナ様もいるんだから、ゆっくり下げろよ」


 二度とこの女には騙されまいと、ユゼフは思った。

 

 

 高度を下げると、シーラズの湖が見えてきた。西日に染まった山々を映し出す巨大な鏡も、上空から見下ろせば小さい。山岳地帯の向こうは田園が広がり、草原、森に囲まれたローズ領がチラリと見える。

 ミリヤが合図したので、ユゼフは緩やかな山の斜面に着地させた。真っ白な雪が累々と続く山肌を覆っている。終わりの見えない白は圧巻である。空を飛んでいる時は気にならなかったが、かなり寒かった。


 ユゼフはディアナを抱いたまま、グリフォンから降り、ミリヤは自分のマントをディアナに被せた。そして、



「燃える物を取ってくる」



 と、一言。長い燭台に乗って、鬱蒼とした森へと姿を消した。抱きかかえていたディアナを背負い直す他にやることもなく、ユゼフはぼんやりとミリヤが帰ってくるのを待った。ディアナが目覚める気配はない。




 数分後。どこから手に入れたのか……薪を背負い、ミリヤは戻ってきた。



「近くに猟師小屋があったんでな、拝借した」



 それも猟師小屋から拝借したのだろう。パーティーで使う巨大な料理皿ほどの大きさの丸い鉄板を置き、薪を並べ始めた。

 現地調達とは計画性がない。しかし、この手際良さといい、状況に応じて冷静に対処できるところは頼もしかった。普段の可愛らしさとのギャップがあり過ぎて、ユゼフは呆然と彼女が作業する様を眺めていた。


 日は傾きかけている。白かった大地が夕日に染まったピンクと、夕闇の水色に分かれているのはロマンチックだ。しかし、気絶中のディアナとその逞しい(しもべ)と一緒では色気がなかった。空の上でのキツい態度や生存能力の強さを見せつけられたあと、ミリヤという女の幻想は脆く崩れ去ったのだった。


 火を焚き、暖を取れるようにして、ようやくミリヤは一息ついた。



「日が完全に暮れたら、また向かおう」


 

 ミリヤの言葉にユゼフは答えなかった。騎士団の裏手で会ってからずっと、この女の言いなりになっている。

 ユゼフはグリフォンを魔瓶に戻し、無言で火に当たった。一度、石になったユゼフはどんなことがあっても動じない。あんなにドキドキしていたのが嘘のように無反応、無感情になれる。性格悪いアバズレにはもう、ときめかない。


 ミリヤはユゼフの小さな変化に気づいたのだろう。上目遣いで近寄ってきた。

 

 

「あのぅ……ユゼフ、怒ってる??……わたし、さっき言い過ぎちゃった、かなぁ?」


「もう、騙されないぞ。それ以上、近寄るな」


「チッ……ディアナ様の様子を確認するんだよー」



 ミリヤは顔を寄せて、ディアナの呼吸を確認した。その後、スリングから小瓶を出し、ディアナに嗅がせる。



「なにをしてるんだ? 気付け薬か?」


「ちがうよぉ。こんな所で目覚められても困るだろうが。しばらく起きないように、もっと深く眠らせてんの」


「……なぜ?」


「鈍いな。皆まで言わないとわからないか? 怖いからグリフォンに乗るのやだ、とか駄々こねられたら困るだろ?」


「ふぅん……そうやって、今までディアナ様のことを操作してきたわけか?」


「は? 操作? なんでわたしが?」


「だって、そうだろ? ディアナ様は世間知らずのお姫様だ。ディアナ様だけだったら、王権を主張したり、ヴィナス様に毒を盛ったり、大それたことはしなかったはず」



 これも演技か。ミリヤは愕然としてから真面目な顔になり、しばらく押し黙った。その間、ユゼフはチラチラ彼女を盗み見た。焚き火が頬を紅く照らし、顔の造形を際立たせている。こういう時は可愛いというより美しい。


 夕日の茜色が冷たい青の静寂に八割方押し出されたころ、ミリヤはやっと口を開いた。


 

「そうか、傍目から見るとそのように映るのだな……」


 

 呟いた顔はどこか寂しそうだった。顔つきにはまだ幼さが残る。美()()と言ってもまだ通じるだろう。儚げな娘が雪原に一人、マントも羽織らず、焚き火にあたっている──つい、ユゼフは憐れんでしまうところだった。



 ──危ない、危ない……二度と騙されるものか



「あのさ、リゲルってなんなの?」



 やはり油断大敵。なんの脈絡なく唐突にミリヤは質問してきた。ユゼフとしてはリゲルとの関係は隠しておきたい。正直に答えたら、ディアナに告げ口しそうだし、ここは無難に答えることとした。



「俺の眷属だ」


「うそ」


 嘘は言っていない。余計なことを言ってないだけだ。



「リゲルはわたしやイザベラの師匠だけど、ガーデンブルグ王家に古くから仕えていたと聞いた。あんたの眷属だったら、今まで私たちに協力してたのは、いったいなんだったの??」


「知るか」


「眷属なのに思い通りに操作できないの?」


「そうみたいだな。まだ前世の力が完全には戻ってきていない」


 イアンもまったく操作不能。あれはあれで別の問題がありそうだが。



「以前、リゲルに聞いた時、『愛のため』に動いているって答えたんだけど……は? まさか??」


 ミリヤは気づいたようだった。また蛆虫を見る目でユゼフをジロジロ見てくる。



「リゲルはあんたのこと好きで、ディアナ様とあんたの仲を引き裂くために動いていたってこと? 前世でディアナ様とあんたが恋人同士だったのを知って?……あー、それなら納得できるわ。結局、全部ムダだったけどね」


「勝手に決めつけるんじゃない」


「師匠としてリゲルのことは尊敬していたけど、人間としては最悪だな。軽蔑する。そんなくだらない理由でシーマについたり、ディアナ様についたりしてたわけか。今まで私たちがどんだけ振り回されてきたか……」



 確かにそうだが、ユゼフはリゲルのことを責める気になれなかった。彼女の気持ちは純粋一途、エロい見た目と反して清らかだ。



「ユゼフ、あんたはディアナ様のこと、どうしたいんだ??」



 今度は率直な質問が襲ってきた。


 どうしたいって──破廉恥な妄想が脳内を駆け巡り、ユゼフは顔を熱くした。ディアナを背負った状態でそんなことを聞かれたらそうなる。彼女の吐息が首に当たっているし、温かく柔らかい彼女の身体が密着しているのだから。



「好きは好きでいいけど、具体的にどうしたいかってこと」


「ぐ、具体的に……!?」


 どうしたいかって……そりゃあ──



「ん? まさか、セックスすることしか考えてない??」


「い、いや、そんな……ちゃんと大事にする……」


「大事って具体的になに? 結婚は今の状態じゃできないだろう? ずっと塔に閉じ込めて、愛人関係を楽しむつもり?」


「あっ……それは……」


「図星か」


 彼女を隠さないといけないのは当然だ。外に出したら、大逆罪で処刑される。



「じゃ、どうすればいいんだよ?」


「シーマを裏切る気はないの? ディアナ様を女王にする」



 ユゼフはふたたび沈黙に逃げた。ディアナはそのように勘違いしているだろう。彼女の(しもべ)に本音は言えない。



「黙っているのはノーってことか? おおかた、臣従礼を解除するって話もシーマのためだな?」


 ユゼフは答えなかった。これでは誘導尋問だ。



「もしかして臣従礼を解除したら、目覚める……?」


「だまれ。ディアナ様はおまえのゲームの駒じゃない。女王なんて向いてないし、おまえらが担ぎ上げたいだけだろうが? ヘリオーティスめ」


「あれ? 私がヘリオーティスってこと、知ってたんだ? まあいい。シャルル王子から聞いてないか、今後のプランを? マメに連絡を取り合っていたんだろう? ディアナ様がローズを不在にしていたことだって、あの人がもらしたに決まってる」

 

「それはディアナ様にお答えしたはずだ。誘導尋問には応じない」


 ミリヤは冷たく笑うと真顔になり、ポツリポツリ話し始めた。



「シャルル王子はさ、可愛い顔をしてアスター以上の冷血漢だよ。ディアナ様もすっかり懐柔されてしまった。イアン・ローズも、たぶんそうだったのだな? あの見てくれだから、警戒心を解くだろう。中身は老獪、冷徹なのにさ。でも、あの人の言うとおりにすれば、すべて丸く収まるんじゃないかって、最近思うんだ。この三百年もの間、続いてきたアニュラスの内乱が終わるんだってな。


 誰だって戦争はしたくないよ。ヘリオーティスだってそう。亜人に家族を奪われたり、傷つけられたりしなければ、平穏に日常を送ってきた人たちだ。あんたら亜人からしたら、新国民が来てから国がおかしくなったって言いたいんだろうけど、ちがうからな? そもそもは、亜人が弱い人間を奴隷にしようとして始まった争いなんだ。外海から逃げてきた新国民をあんたらは排除しようとしたのさ。


 話が飛んだな……英雄王(サウル)の生まれ変わりがなにを提案したか、知らないようだから教えてやるよ。あの人は私、ミリヤを生け贄にしろって、そう言ったんだ」

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 「それはディアナ様にもうお答え【た】したはずだ。誘導尋問には応じない」 ……文末の近くです。【】は誤字ですね。
[良い点] ミリヤにはミリヤの正義があったんですねぇ(´・ω・`)
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