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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる  作者: 黄札
第三部 グリンデルの王子達(後編)
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19話 知られてしまう(ユゼフ視点)

 ある程度の覚悟をして、ミリアム太后の部屋へユゼフは向かった。


 王城に届くグリンデルからの文は、全部ユゼフのもとへ届けられるはずだ。太后があのことを知るとしたら別ルート。文を管理する学匠が内通したか、ナスターシャ女王が送り名を太后宛てにしたか……


 太后はどこまで知っているのだろう。ユゼフは無表情を張り付け、扉をノックした。



「お入り」



 硬質な声は先刻まで一緒にいたバルバラを彷彿とさせる。親しみやすいミリアム太后らしくなかった。


 ローズ家長女のマリア、次女バルバラは生真面目、お堅い印象。器量も良くない。王妃となった三女のミリアムだけが美しく、社交好きだった。


 ユゼフが彼女の自室を訪ねるのは、イアンを連れてきた時以来だ。甥だと思っていたイアンが孫だったと知ったミリアムは、イアンと交流を深めるようになった。

 今日はその時を上回る緊張感である。肘掛け椅子に腰掛けるミリアムは、泣きはらした真っ赤な目をこちらへ向けた。



「太后陛下、心痛お察し……」


「決まりきった(いたわ)りの言葉などいらぬ! どうして黙っていた!? ニーケのことを?」



 ユゼフはなにも答えられなかった。何パターンか言うセリフは考えていたものの、喉に封をされたかのごとく、一言も出てこない。難発だ。吃音の症状が、いやっていうほど出てしまった。


 こういった症状は生活のなかで培った自分なりのやり方で、一見他の人と変わらぬようにやり過ごすことができる。しかし、ひどく動揺している時にごまかしは利かないのだった。


 ミリアムはそんなユゼフを尻目に床へ紙片をバラまいた。確認しなさい、と。


 ユゼフはひざまずき、散らばった紙片をかき集めなくてはならなかった。順番はわからないが、罵詈雑言の数々が目に飛び込んできた。尖った字で延々とローズ家の悪口が書き連ねてある。


 女しか生まれなかったのは、先祖の罪によるものだ。ローズ家の三姉妹は呪われている──


 三姉妹の長女マリアは自殺。唯一の跡継ぎ(イアン)が愚かな謀反人だからだ。次女バルバラは、嫁ぎ先のヴァルタン家の血筋まで途絶えさせた。どこの馬の骨ともわからぬ私生児が跡を継ぎ、ローズの血を引いた跡継ぎは全滅。


 ミリアム、どうしておまえは生きているの?? おまえの娘も息子も逝ったのに。そんなにまでして太后の座にしがみつきたいのか? ローズのおまえがそこにいるせいで、主国王家まで絶えそうになっているではないか? もはや、正統な血統はディアナのみ。ローズの呪いは強烈だ。


 おまえの馬鹿息子の遺体は見たか? ローズの血筋らしい愚かな子供。唯一の長所は痛めつける時、とても良い声で鳴くところだ。おまえの息子になにをしたか、具体的に聞きたいか? ニーケのバラバラにした遺体は、愚鈍な宰相ユゼフ・ヴァルタンが持っているぞ?


 ディアナは元気か? あの雌犬は? うちのシャルルの子を身ごもっているなら、こちらへよこせ。そちらにいても、ふぬけの宰相を誘惑するしか能がないだろう。害しか及ぼさぬ雌犬よ。なんなら殺してもいいぞ? あいつはおまえの娘を殺したのだろう? そうすれば、主国王家は完全に絶えるが。

 ニーケが死んだのもあの娘のせいだ。男に腰を振るしか能のない馬鹿娘が逆らったりしなければ、グリンデルに置いてやったものを。


 ディアナに報復せよ。もちろん、大罪人として牢に繋がれているのだろうな? 拷問はしたか? 磔、火炙り程度ではヌルいぞ? 車裂きの刑か、鉄板焼き、樽刑……



 それ以上、ユゼフは読み進めることができなかった。文を持つ手がおかしいぐらい震えて、ブレた字を追えなかったのである。



「これは私宛て。でも、亡くなったローズの父の名で送りつけてきた……ニーケの……ニーケの……遺体はおまえが持ってるのね、ユゼフ?」



 ユゼフは言葉を発せないどころか、首肯すらできなかった。だが、返答は不要だった。答えぬことがなによりの答えなのだから。



「すぐさま私に返しなさい! ニーケを!」



 怒鳴りつけられ、ユゼフはひざまずいた状態から立ち上がった。混乱したユゼフはすぐさま、愛する人のもとへ向かいたかった。一礼してそのまま出て行こうとしたのである。



「お待ちなさい! ディアナはこの城のどこかにいるのね? ディアナの身柄は私が管理する!」



 ユゼフは戦慄した。この国をシーマと共に作っていくと誓った日から、これほどまでに恐れたことがあっただろうか。ユゼフは臆病者になった。

 

 

 ──また、失ってしまう。



 やっと手に入れた籠の鳥を。愛する人を。ずっと想い続けていた恋人を。ユゼフは必死に喉から声を絞り出した。



「ディアナ様は渡しません」


「なぜ?」


「太后陛下にその権限はないからです」


「……まさか、噂は本当だったの? ディアナとおまえ……」


「ディアナ様をどうにかしたところで、ニーケ様は返ってきません。ナスターシャ女王は最初からニーケ様の命を奪う気でいたのです。力ずくで主国を奪うという意思表示、これはいわば宣戦布告のようなもの……」



 言葉を続けることはできなかった。頬を叩かれたのだ。続けて唾を吐かれた。



「ひざまずきなさい! よくも、ニーケを!! ディアナを差し出せば、ニーケは死ななかった!! おまえはディアナのためにニーケを生け贄にしたのよ!!」

 


 ひざまずいたユゼフをミリアムは蹴りつけた。ユゼフに痛みを感じる余裕はない。頭の中はディアナのことで一杯だった。ただちに彼女を移動させなければ……より安全な所に……



「グリンデルの血を引くディアナがずっと大嫌いだった。私の子たちと違って高慢でわがまま、意地の悪い子。あの娘のせいで、ヴィナスもニーケも……」



 ユゼフを傷つけるのは肉体的暴力より悲痛な叫びである。ユゼフは愛する者を失う苦しみを誰よりもわかっている。それなのに平然と見て見ぬふりをした。恋人を守るため、見殺しにしたのだ。


 しかしながら、すでに汚れてしまった心が傷つこうがどうでもよかった。ユゼフの脳内の中心には命を脅かされるディアナが鎮座する。愛する彼女が憎悪にさらされる恐怖。彼女を暴力の餌食にしてはいけない。二度と同じ(くびき)を踏みたくない。母の愛を知らずに育った可哀想なディアナを絶対に救うのだ。


 暴力はやんでも、悲痛な叫びは続いた。



「シオンは?? シオンは無事なの!?」



 ミリアムは髪を振り乱し、最後の砦である孫の名を口にした。すべてを失った時、この人がバルバラのように達観できるとは到底思えない。


 そう、孫のシオン──イアンは最後の砦。ローズの血を引く唯一の。(じつは小太郎もそうだが)



「シオン様はご無事です」


「どこ? どこにいるの? 騎士団の極秘任務だとかで、ずっといないわよね? シオンまでまさかグリンデルに……」


「シオン様は魔の国にいらっしゃいます」


「魔の国!? いったい、どういうことなの??」


「魔人に捕らえられたシャルル様を追って……」


 

 ユゼフは簡単に経緯を説明した。ミリアムはイアンに僅かな希望を見出している。それでも、噴出した怒りは収まらなかった。



「シオンがどうして、シャルル王子の行方を追わねばならぬの?」


「ご自身の意志です。ご存知のとおり、シャルル様とは仲が良かったので……」


「すぐに連れ戻して!!」


「連れ戻したいんですが、本人が言うことを聞いてくれるかどうか……」


「つべこべ言ってないで、早く魔国へ行って連れ戻してきなさい!!」


「そのつもりです」



 別に嘘は言っていない。ユゼフ自ら魔国へ向かうつもりだった。シーマとの臣従礼のこともあるし、サチを囚えているはずのドゥルジとやり合うなら、行かねばならぬだろう。リゲルの話では、現在ドゥルジが魔国を牛耳っているという。



「シオン様は必ず連れ戻します。留守の間、宰相の仕事はアスターに任せます」



 それだけ伝え、ユゼフは悲しみの汚泥から逃れた。予定より少し早く旅に出よう。リゲルのほうも進展があるといいのだが──

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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる設定集

cont_access.php?citi_cont_id=495471511&size=200 ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
[良い点] 元凶はナスターシャだと思うんですが(;´д`)
[一言] 最新話まであともうちょい╭( ・ㅂ・)و̑ グッ にしてもニーケ王子不憫すぎる……もう生きてないのかなあ…(´・ω・`) ミリアム太后は怖っ((((;゜Д゜)))) こんなん送られてきたらま…
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