15話 これまでのことをすべて打ち明ける(ユゼフ視点)
ユゼフはときおりどもったり、つっかえたりしながら話し始めた。ユゼフの極々身近な人たちは吃音を気にしない。アスターは静かに耳を傾けている。
まず、サチ・ジーンニアの話。グリンデルの英雄王サウルの生まれ変わりであるサチは、前王妃クラウディアと英雄ザカリヤとの間に生まれた不義の子。ナスターシャ女王の息子というのは真っ赤な嘘だった。
サチに執着する女王はとうとう魔人を仕向けた。逃走するサチたちは襲われ、バラバラになってしまう。現場に残された血痕により、クリープは死に、サチは連れて行かれたと思われた。一緒にいたイアンとイザベラが追っている。
クリープはサチの腹違いの兄、前王妃クラウディアの息子エドアルド王子。人間だからあの出血量では絶対に助からない。一方、魔人となったザカリヤの血を引き、サウルの生まれ変わりであるサチは生きている可能性が高い。
「魔国へ連れて行かれたみたいだから、今リゲルに探らせている。イアンは見つかり次第、連れ戻したいんだけど、言うことを聞くかどうか……」
「私も魔国へ行こうか?」
「不要だ。使い魔もリゲルと一緒だから、あちらの状況はすべて把握できる。なにかあったら、俺が行く」
「……使い魔、だと?」
「俺はエゼキエル、魔王の生まれ変わりだ」
アスターはそこまで驚かなかった。六年前、魔国で戦った時に感づいていたのかもしれない。ユゼフは幾度となく、アスターの前で人ならざる力を使ってきた。
「それと、俺の血を髄に流して、復活させたからイアンも魔人になっている。イザベラもいるし、ちょっとやそっとじゃ死なないから、しばらく放置しても大丈夫だ」
「あいつ、人間じゃなかったのか。シーマの血を引くから亜人だとは思っていたが……どおりで……おまえの血で、と言ったな? だとすると、使役できるのか?」
「ああ、眷属だ。ただし、イアンの自我が強過ぎて操作不能。居場所がなんとなくわかる程度」
「まったく……なんなんだ、あいつは」
イアン本人はわかりやすい性格なのだが、その身体は謎である。アスターが笑ったので、ユゼフはホッとした。自分の身上をなにも言わず、受け入れてくれるのはありがたい。
「あと、シーマのことも話しておいたほうがいいか。シーマは妖精族の王の生まれ変わりだ。でも、俺に比べて力が弱い。知らぬうちに、俺はシーマの精気を吸い取っていたようだ──」
おいおい、魔国へ行って臣従礼を解除したいという話は触りだけしていた。その理由をアスターに詳しく話すのは初めてだ。
魔の臣従礼を解除しないと、シーマが目覚めない理由。臣下であるユゼフの力が大き過ぎるため制御できず、シーマは生殺しの状態なのである。サチとイアンの件がなくても、ユゼフはどのみち魔国へ行かなくてはならなかった。証人となった悪魔に契約解除を申し立てなければならない。
「それは心配だな。私はついて行かなくていいのか?」
「ティムを連れて行く。ラセルタのことを頼むよ。留守は任せた。あとディアナ様のことも……」
「どうせ、逃げてもなにもできまい。念のため、見張りは厳重にしておくがな」
「それが、そうでもないんだ。ディアナ様はご自身がおっしゃっているとおり、アフロディーテ女王の生まれ変わりなんだよ」
「生まれ変わりだろうがなんだろうが、なんの力も持たぬ小娘だ。息子たちは懐柔してこちらの味方だし。ちなみに末の息子は学匠になりたいとかで、知恵の島の寄宿舎にいる。こちらも人質にできるからな?」
ディアナの三男のことは初耳だった。アスターはユゼフとは別の情報網を持っている。
「でもな、ディアナ様は一人じゃないんだ」
「は?」
「正確にはアフロディーテ女王の生まれ変わりがもう一人いる。ディアナ様にそっくりなヘリオーティスのグレースの話を以前しただろう? 彼女は転生した片割れの一人。天界から光の力を授かっている。ディアナ様を取り戻そうと襲ってくる可能性がある」
「ふぅん。なるほどな」
「あと、侍女のミリヤだ。あいつもガーディアンだから強い力を持っている。今、城の魔術師に魔封じの術をかけさせているが、完璧かどうか……魔力は封じ続けたほうがいい。見張りは男じゃなくて、なるべく女を。あいつ、俺の従者まで誘惑しやがった」
「ま、それがあの女のライフワークみたいなもんだからな。主を落とすのがチョロかったから、従者は屁でもないだろう。そこまで言うなら、ディアナと隔離したらどうだ?」
「む……それはちょっと可哀想というか……こちらに対して反発心を強められても困るというか……」
ユゼフは言い淀んだ。どこからもれたのか、アスターはユゼフがミリヤと寝たことを知っている。あまり過去のことは、持ち出してほしくなかった。
「まあいい」
幸いこの件はすんなり引き下がってくれた。ディアナに関することを突っ込まないでほしいというのは、ユゼフのワガママだが。
とりあえず概要は話した。異様な執着を見せるナスターシャ女王がサチを殺すとは思えないし、焦らず状況を把握してから動くことで、ひとまず一致した。
問題はナスターシャ女王がどう出るかだ。サチは今あちら側、ディアナはこちら側にいる。ディアナが拒否すれば、身柄は引き渡さなくてもよい。ナスターシャ女王はディアナの伯母で保護者ではないから、そこまでの権限はない。
「ヘリオーティスを使って、ディアナを奪おうとするかもしれんな」
アスターの言うこともしかり。ユゼフは自分の留守中に注意を怠らないよう、再度念を押した。そして、最後に一番言いにくかったことを口にした。
「クリムトとジェームスはナスターシャ女王に処刑された」
敵になってしまった元部下が殺されたという事実。これには、ユゼフやサチの正体を知っても驚かなかった男が呆然となった。アスターは助けたくてジェームスをグリンデルへ逃がしたのだ。
状況把握まで少し時間がかかり、理解できるとアスターは歯をギリギリ食いしばった。
「くそっ……逃がすんじゃなかった」
「話は以上だ。グラニエさんもそのうち魔国へ行くと思うよ」
「おい待て。ユゼフ。おまえ、まだ隠してることがあるだろう?」
「もう全部話した」
「嘘つけ。隠し通せると思うなよ?」
「なにがだ?」
アスターは決定的な言葉を言うまえに一息吸い込んだ。ユゼフはそんなアスターを訝しんで、眉根をよせる。
「おまえ……ハウンドだろう?」
ああ、気づかれていたか──ユゼフはアスターの暑苦しい顔を凝視したまま、否定も肯定もしなかった。
「おまえが一人で抱え込んでるって言ったのはそのことだ。最近はヘリオーティスもおとなしいし、暴れてないみたいだが、もうあんなことはやめろ」
ユゼフは答えない。
「つらいなら、この屋敷で一緒に住めばいい。もう、危険なことは……無駄に恨みを買うようなことは……やめろ」
「一緒には住まない。それにもうやめた」
アスターの顔が落胆から安堵へと変わる。そう、だから一緒に住みたくなかったのだ。カミーユ夫人もそうだし、ユゼフにとって優しさは傷をえぐる。
「サチにやめろと言われて……グリンデルへ発つまえに……やめないなら敵とみなすと脅された」
「そうか、そうだろう。それぐらいキツく言わないと、おまえはやめないからな」
アスターがユゼフを気にかけるのは父性からだ。実の父からも、養父からも感じたことのない温かみは煩わしかった。
──放っておいてくれたらいいのに
ユゼフはアスターの思い通りに動かないし、似ていようが彼の息子ではない。ユゼフのほうが沈黙に堪えられず、気持ちの良いソファーとサヨナラすることにした。
立ち上がったユゼフに向けて、アスターは問いかける。
「カミーユから聞いてないか? ユマの居場所を? あいつめ、私に絶対教えようとしないのだ」
背中に投げられた痛切な想い。アスターはユマのことが、本当は心配で心配でしようがない。ユゼフの胸は締めつけられた。
「俺は知らない」
それだけ答え、暖かな居間をあとにする。素直になれないのはお互い様だ。




