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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる  作者: 黄札
第三部 グリンデルの王子達(後編)
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15話 これまでのことをすべて打ち明ける(ユゼフ視点)

 ユゼフはときおりどもったり、つっかえたりしながら話し始めた。ユゼフの極々身近な人たちは吃音を気にしない。アスターは静かに耳を傾けている。


 まず、サチ・ジーンニアの話。グリンデルの英雄王サウルの生まれ変わりであるサチは、前王妃クラウディアと英雄ザカリヤとの間に生まれた不義の子。ナスターシャ女王の息子というのは真っ赤な嘘だった。


 サチに執着する女王はとうとう魔人を仕向けた。逃走するサチたちは襲われ、バラバラになってしまう。現場に残された血痕により、クリープは死に、サチは連れて行かれたと思われた。一緒にいたイアンとイザベラが追っている。


 クリープはサチの腹違いの兄、前王妃クラウディアの息子エドアルド王子。人間だからあの出血量では絶対に助からない。一方、魔人となったザカリヤの血を引き、サウルの生まれ変わりであるサチは生きている可能性が高い。



「魔国へ連れて行かれたみたいだから、今リゲルに探らせている。イアンは見つかり次第、連れ戻したいんだけど、言うことを聞くかどうか……」


「私も魔国へ行こうか?」


「不要だ。使い魔もリゲルと一緒だから、あちらの状況はすべて把握できる。なにかあったら、俺が行く」


「……使い魔、だと?」


「俺はエゼキエル、魔王の生まれ変わりだ」



 アスターはそこまで驚かなかった。六年前、魔国で戦った時に感づいていたのかもしれない。ユゼフは幾度となく、アスターの前で人ならざる力を使ってきた。



「それと、俺の血を髄に流して、復活させたからイアンも魔人になっている。イザベラもいるし、ちょっとやそっとじゃ死なないから、しばらく放置しても大丈夫だ」


「あいつ、人間じゃなかったのか。シーマの血を引くから亜人だとは思っていたが……どおりで……おまえの血で、と言ったな? だとすると、使役できるのか?」


「ああ、眷属だ。ただし、イアンの自我が強過ぎて操作不能。居場所がなんとなくわかる程度」


「まったく……なんなんだ、あいつは」



 イアン本人はわかりやすい性格なのだが、その身体は謎である。アスターが笑ったので、ユゼフはホッとした。自分の身上をなにも言わず、受け入れてくれるのはありがたい。



「あと、シーマのことも話しておいたほうがいいか。シーマは妖精族の王の生まれ変わりだ。でも、俺に比べて力が弱い。知らぬうちに、俺はシーマの精気を吸い取っていたようだ──」


 

 おいおい、魔国へ行って臣従礼を解除したいという話は触りだけしていた。その理由をアスターに詳しく話すのは初めてだ。


 魔の臣従礼を解除しないと、シーマが目覚めない理由。臣下であるユゼフの力が大き過ぎるため制御できず、シーマは生殺しの状態なのである。サチとイアンの件がなくても、ユゼフはどのみち魔国へ行かなくてはならなかった。証人となった悪魔に契約解除を申し立てなければならない。



「それは心配だな。私はついて行かなくていいのか?」


「ティムを連れて行く。ラセルタのことを頼むよ。留守は任せた。あとディアナ様のことも……」


「どうせ、逃げてもなにもできまい。念のため、見張りは厳重にしておくがな」


「それが、そうでもないんだ。ディアナ様はご自身がおっしゃっているとおり、アフロディーテ女王の生まれ変わりなんだよ」


「生まれ変わりだろうがなんだろうが、なんの力も持たぬ小娘だ。息子たちは懐柔してこちらの味方だし。ちなみに末の息子は学匠になりたいとかで、知恵の島の寄宿舎にいる。こちらも人質にできるからな?」



 ディアナの三男のことは初耳だった。アスターはユゼフとは別の情報網を持っている。



「でもな、ディアナ様は一人じゃないんだ」


「は?」


「正確にはアフロディーテ女王の生まれ変わりがもう一人いる。ディアナ様にそっくりなヘリオーティスのグレースの話を以前しただろう? 彼女は転生した片割れの一人。天界から光の力を授かっている。ディアナ様を取り戻そうと襲ってくる可能性がある」


「ふぅん。なるほどな」


「あと、侍女のミリヤだ。あいつもガーディアンだから強い力を持っている。今、城の魔術師に魔封じの術をかけさせているが、完璧かどうか……魔力は封じ続けたほうがいい。見張りは男じゃなくて、なるべく女を。あいつ、俺の従者(ラセルタ)まで誘惑しやがった」


「ま、それがあの女のライフワークみたいなもんだからな。主を落とすのがチョロかったから、従者は屁でもないだろう。そこまで言うなら、ディアナと隔離したらどうだ?」


「む……それはちょっと可哀想というか……こちらに対して反発心を強められても困るというか……」



 ユゼフは言い淀んだ。どこからもれたのか、アスターはユゼフがミリヤと寝たことを知っている。あまり過去のことは、持ち出してほしくなかった。



「まあいい」


 

 幸いこの件はすんなり引き下がってくれた。ディアナに関することを突っ込まないでほしいというのは、ユゼフのワガママだが。


 とりあえず概要は話した。異様な執着を見せるナスターシャ女王がサチを殺すとは思えないし、焦らず状況を把握してから動くことで、ひとまず一致した。


 問題はナスターシャ女王がどう出るかだ。サチは今あちら側、ディアナはこちら側にいる。ディアナが拒否すれば、身柄は引き渡さなくてもよい。ナスターシャ女王はディアナの伯母で保護者ではないから、そこまでの権限はない。



「ヘリオーティスを使って、ディアナを奪おうとするかもしれんな」



 アスターの言うこともしかり。ユゼフは自分の留守中に注意を怠らないよう、再度念を押した。そして、最後に一番言いにくかったことを口にした。



「クリムトとジェームスはナスターシャ女王に処刑された」



 敵になってしまった元部下が殺されたという事実。これには、ユゼフやサチの正体を知っても驚かなかった男が呆然となった。アスターは助けたくてジェームスをグリンデルへ逃がしたのだ。


 状況把握まで少し時間がかかり、理解できるとアスターは歯をギリギリ食いしばった。



「くそっ……逃がすんじゃなかった」


「話は以上だ。グラニエさんもそのうち魔国へ行くと思うよ」


「おい待て。ユゼフ。おまえ、まだ隠してることがあるだろう?」


「もう全部話した」


「嘘つけ。隠し通せると思うなよ?」


「なにがだ?」



 アスターは決定的な言葉を言うまえに一息吸い込んだ。ユゼフはそんなアスターを訝しんで、眉根をよせる。



「おまえ……ハウンドだろう?」



 ああ、気づかれていたか──ユゼフはアスターの暑苦しい顔を凝視したまま、否定も肯定もしなかった。



「おまえが一人で抱え込んでるって言ったのはそのことだ。最近はヘリオーティスもおとなしいし、暴れてないみたいだが、もうあんなことはやめろ」


 ユゼフは答えない。



「つらいなら、この屋敷で一緒に住めばいい。もう、危険なことは……無駄に恨みを買うようなことは……やめろ」


「一緒には住まない。それにもうやめた」



 アスターの顔が落胆から安堵へと変わる。そう、だから一緒に住みたくなかったのだ。カミーユ夫人もそうだし、ユゼフにとって優しさは傷をえぐる。



「サチにやめろと言われて……グリンデルへ発つまえに……やめないなら敵とみなすと脅された」


「そうか、そうだろう。それぐらいキツく言わないと、おまえはやめないからな」



 アスターがユゼフを気にかけるのは父性からだ。実の父からも、養父からも感じたことのない温かみは煩わしかった。



 ──放っておいてくれたらいいのに



 ユゼフはアスターの思い通りに動かないし、似ていようが彼の息子ではない。ユゼフのほうが沈黙に堪えられず、気持ちの良いソファーとサヨナラすることにした。


 立ち上がったユゼフに向けて、アスターは問いかける。



「カミーユから聞いてないか? ユマの居場所を? あいつめ、私に絶対教えようとしないのだ」



 背中に投げられた痛切な想い。アスターはユマのことが、本当は心配で心配でしようがない。ユゼフの胸は締めつけられた。



「俺は知らない」



 それだけ答え、暖かな居間をあとにする。素直になれないのはお互い様だ。

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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる設定集

cont_access.php?citi_cont_id=495471511&size=200 ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
[良い点] 全てじゃなくても話せる相手がいるのは良いですね(´ω`)
[良い点] とうとう終わっちゃったー。゜(゜´Д`゜)゜。 余興なにずなのに、鬼気迫る迫力にドキドキしました\(//∇//)\♡ やっぱりカッコいい! ディアナに良いところ(最後は大分脅していたような…
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