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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる  作者: 黄札
第一部 新しい王の誕生(前編)三章 策略
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49─2話 メラク神父(サチ視点の)

 乳香の香りが、少しだけサチの気持ちを落ち着かせる。

 メラク神父は祭壇の前で手を合わせ、祈りを捧げている最中だった。

 扉の閉まる音を聞いて振り返った顔は、数年前と変わらない。神父の視線は、背中でぐったりするマリィへと移った。


「サチ!? どうしたのだ??」

「説明している暇はありません」

 

 外ではもう四秒数え終わった。奥まで走り、サチはベンチの上にマリィを寝かせた。


「賊に追われています! 俺が時間稼ぎするのでマリィを隠すか、連れて逃げてください!」

 

 それだけ早口で伝え、サチは入口へ戻った。そして数日前まで、ただの飾りだった剣を抜いた。


「どういうことだ!? わけがわからん。マリィはケガしてるじゃないか? 動かしていいのか? 手当ては?」

 

 神父は困惑している。とりあえずケガの確認をするため、マリィをうつ伏せにさせた。


「きゅーう」

「じゅーう」

 

 サチは木が歪んでできた隙間へ、剣を素早く差し入れた。


「ぎゃっ!!」


 手応えを感じる。剣を差し入れたのは、ちょうどイボの男が立っていた辺りだ。致命傷でなくとも、深手を追わせることはできたかもしれない。

 直後、荒々しく扉が放たれ、男たちが入ってきた。一瞬見えた外にイボの男が倒れている。


「テメェ!! ぶっ殺してやる!!」

 

 まず、斬りかかってきたのは傷の男だ。耳障りな金属音が清廉な空気を切り裂いた。

 サチが剣を受けたその時、


「ここは教会だ! 血を流すことは許さない!」


 メラク神父が叱咤した。サチでも(ひる)む迫力である。信仰心を持つ者なら誰しも恐れるだろう。しかし、相手はならず者だった。

 男たちは一時止まっただけで、すぐにまた戦いを再開させた。

 

 傷の男の剣をなんとか受けても、後ろから牛角兜の男が斬りつけてくる。サチは本能的に刃を振り回すしかなかった。貴族のように、幼いころから武術の教育を受けているわけではない。まともに戦えるはずがないのだ。

 鎖帷子(くさりかたびら)を着ていたので、斬りつけられても傷は負わなかったが、一人でも倒せないのに相手は二人。殺られるのは時間の問題と思われた。

 サチの実戦経験は王城に攻め入った一回きりである。初めて人を殺したのは、思い出したくもない記憶だ。今は殺らねば殺られる。


「着込みか」

 

 つぶやき、牛角男は重量のある剣を背中に叩きつけてきた。衝撃と打撃による痛みでサチが体勢を崩すと、前にいた傷の男の剣が左肩を貫いた。

 一箇所でも激痛は全身に走る。サチは片膝をついた。が、まだあきらめていない。


「先生! マリィを連れて早く逃げて!」

 

 切願し、剣を握りしめる。自分の左肩から刃を抜こうとする傷の男に向かって、剣を突き出した。

 しかし、難なく避けられ、傷男の刃は再度サチを貫いた。今度は胸だ。すかさず、背後の牛角男がサチを刺す。さっきの打撃で着込みは破壊されていた。

 痛みよりまえに、サチのなかで時が止まった。正面と背面、両面から胸を刺されている。

 

 男たちがほぼ同時に刺した剣を抜いたとたん、血が勢いよく吹き出した。あえなく、サチは床に突っ伏し、力を失った身体は弛緩した。

 

 また、時は動き出す。

 肺をやられたのか、呼吸が苦しい。心臓は逃げたのか、まだ無事だ。この出血量なら大動脈は切られていまい。

 こんな状況であっても、サチは自らの傷を冷静に分析した。

 

 ──まだ……死なない。死ねない。俺はやれる……


 そう思っても、身体は軟体動物のごとく緩慢になり、指先一つ動かせやしなかった。


「おい! まだ、こいつ生きてる」

「とどめをさすか?」

「待て!」

 

 剣を振り上げた牛角兜を傷の男が制した。傷の男は刃先をサチの顎に当てて、顔を上げさせる。


「見てみろ。こいつの目を? これは惨めに殺される負け犬の目じゃねぇ」

「ほんとだ。ムカつく目をしてやがる。目ん玉をえぐり取ってやろうか?」

「いや、もっといいやり方があるぜ? こいつには兄貴を殺られたんだ。楽には死なせねぇ」

 

 兄貴というのは扉の向こうで倒れていたイボの男のことか。扉一枚隔てた所から差し入れた刃が、偶然にも兄貴分の命を断ったというのか。今の状況下では、そのまぐれがマイナスに働いたとしか思えない。

 傷の男はいやらしい笑みを浮かべ、背後のメラク神父とマリィを見た。


「かわいい娘じゃねぇか? しかも、ちょうど食べ頃だ」

 

 メラク神父は両手を広げてマリィをかばった。


「この子に手出しすることは私が許さない。大ケガをしているのだ。乱暴なことをすれば、死んでしまう」


 傷の男は一寸躊躇するも、ズカズカと前へ進み、剣先を神父の胸元に突きつけた。


「この娘がケガをしたのは俺らの責任じゃねぇ! ケガのせいで死んでも、俺らの落ち度にはならねぇ!」


 メラク神父は野蛮な男たちより背が高い。神聖な礼拝堂で立つ姿には、言いようのない威圧感があった。

 今にも神父を斬り殺さんとする傷顔の肩に、牛角兜が手を置く。


「神父を殺しては寝覚めが悪い」

「そう言われればそうだ」

 

 傷の男は剣を鞘に納め、拳を振り上げて神父を殴った。神父は一発で床に倒れ込む。倒れた神父を今度は二人がかりで、殴る、蹴る──動かなくなるまで暴行した。


「これくらいでいいだろう」

 

 傷の男は動かなくなった神父に背を向け、牛角の男と共に意識のないマリィを持ち上げた。それから、サチのいる入口付近へと運んだ。


「今からテメェのかわいい妹をめちゃくちゃに犯してやる。動けねぇテメェの目の前でな?」

 

 傷の男はサチの表情が変わるのを確認し、満足そうに笑った。


「やめろ」


 サチはかすれ声で言ってから、もう一度、口を動かした。声が出ない。もがけばもがくほど、この野蛮人たちを喜ばせるだけだった。


「そうだ、負け犬らしい目になってきた。妹が弄ばれるのを死にながら、その目で見るんだな」


 傷の男は言うなり、マリィを抱き起こし、ワンピースを首元からダガーで切り裂いた。

 ヒュッと息が止まるかとサチは思った。

 こぼれる白い肌……まばゆさが目を刺す。マリィはまだ男を知らない。幼い乳房を見ると、男たちは歓声を上げた。

 サチは必死でマリィの所へ行こうと手足を動かしたが、血で滑り、指先ほども前進できなかった。

 そこで悟った。今いるのは、自らの血でできた血だまりの中だと。


 ──マリィが何をしたっていうんだ。小さな子を爆発から守って大ケガをした。あの子はいつだってそうだ。誰に対しても思いやり、手を差し伸べる。マリィのような子が酷い目に合うのなら、神などいない。俺は神を信じない


 サチの視界は真っ暗になる。


 ──これで終わりなのか……

 

 物心ついてから今までの出来事が、絵巻物語のように脳内を駆け巡った。

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