9話 一騎打ち②(ユゼフ視点)
一騎打ちの準備はテキパキと、滞りなく進められた。
アスターたち、上役が見物するための天幕も手早く張られ、試合用の武器も運ばれてくる。試合場となる演習場は綺麗に整えられた。まえもって予定していたかのような手際良さだ。
突然、試合を開催するなんてことが彼らのなかではよくあるのだろうか。この機動力が一年前のディアナ侵攻時に生かされれば良かったのに……とユゼフは思った。
ユゼフはティムの甲冑を借りる。ティムと身体のサイズはほぼ同じである。ユゼフの身長がやや高いぐらいだ。ユゼフの前世、エゼキエル王が三百年前に着ていた鎧甲はティムの実家にあるらしかった。話の流れで、今度見せてもらうことになった。
「動きにくくないっすか? 身長差は着付けで多少なんとかなりますけど。足や手の大きさが同じで良かった」
着付けながら、尋ねるティムにユゼフは大丈夫だとうなずく。ユゼフが甲冑を着るのは初めてだった。
「ちゃんと有事に備えて作っておかないと駄目ですね」
「面倒だな」
「そういうことだから、事務屋だ、文官だとバカにされるんすよ。俺が全部やってあげますから、任しといてください。ユゼフ様は採寸してもらうだけでいいっすから」
ティムの態度にはたびたび疑問符がつく。やり取りを聞いている周りがクスクス笑っているので、ユゼフの感覚はおかしくないのだろう。
「ティム、おまえの話し方……」
「なんすか? なにかおかしいっすか?」
「いや……なんでもない」
おそらく、両親が何度も直させようとして断念したのだ。今ここでユゼフがなにか言ったところで、無駄に終わる。
「黒塗りの甲冑なんか、どうすかね? ユゼフ様に似合いそう。王家の紋とか、ダセェから入れるのはやめましょう」
「それじゃ、黒騎士※じゃないか?」
「あ? そういや、そうっすねぇ、あはは」
こいつに甲冑のオーダーを任せたら、ろくなことにならなそうだ。
着付け終わると、今度は武器選び。馬の手配はラセルタに任せている。二重人(馬)格の葦毛をユゼフは頼んだ。先日、虫食い穴へイアンを迎えに行った時と同じ馬だ。
ユゼフは試合用の武器が並べられる台の前に立った。
「リーチが長いほうがいいのかなぁ。剣以外の武器はほとんど触ったことがないから、わからん。ティムはどう思う?」
「それなら、戦斧なんかもお勧めですよ。俺はよりゴツいのが好きっすね」
「あれ?……思ってたより軽い。見た目よりちゃっちい?」
「あー、当たったらすぐ壊れるようにできてるっすよ。先端に刃がついてるタイプもあるっすけど、先は丸めてありますね。別に殺すわけじゃないから、いいんすよ。普通にこれで突いても」
ユゼフは長めの戦斧を手に取ってみた。甲冑を着ているとはいえ、猛スピードで突撃するから危険には違いない。
「大丈夫っす。試合用ですから。一試合につき、三つ用意しておかないと」
「ふーん。観戦したことがあっても、細かいところはわからないものだな」
「あ、ユゼフ様、持ち方へん。もうちょい、右手は上のほう持って……」
「いつものと違うと、ようわからんのだ」
「よく考えたら、騎乗するから片手っすねぇ」
ユゼフたちのやり取りを見て、周りの騎士たちは笑っている。その中には対戦するカオルもいた。
「大丈夫か、ユゼフ? 途中でやめたいと言っても、もう無理だからな?」
「ああ、大丈夫だ」
「こちらが攻撃するまえに落馬するなよ? 逃げるのもなしな?」
「うん……」
カオルがなにか言って、ユゼフがうなずくたびに背後で失笑がもれる。完全にナメられていた。アホのティモールが家来だから、余計に笑いを誘うのだろう。
ユゼフはこういうことに慣れており、まったく気にしなかった。しかし、ティムは──
「くっ……吠え面かくなよ? カオル、おめぇみてぇなクズゴミ虫、ユゼフ様が瞬殺してやらぁ! 覚悟しとけ!」
「ふん。最初から逃げ腰の奴に誰が負けるかっての。甲冑や武器の扱いにも疎い素人だろ? 家来はケガの心配でもしてろ。おまえみたいなバカが家来でユゼフも可哀想だ」
「なんだと!? クソが!」
ユゼフはティムのチュニックを引っ張ったが、気づかない。
『おい、ティム、ヤメロ』
小声の訴えも、この家来は無視する。試合で決着をつけることになったし、ユゼフはこれ以上揉めたくなかった。カオルもカオルで、いっそう煽ってくる。
「何度でも言ってやるさ。アホな家来はケガの心配でもしてな? 宰相殿はお勉強は得意だけど、昔からどんくさくてノロマだから、絶対に勝てない」
「貴っ様ぁぁぁ!!! 許さねぇ! 絶対ぇ、許さねぇ!! 俺様のことならともかく、ユゼフ様を侮辱するのは許さねぇ!! 殺す!」
怒髪、天を衝く。ユゼフはうんざりしてきた。本人は別にどうでもいいのに、喧嘩しないでほしい。
「カオル、知ってるぞ? てめぇ、お化け屋敷に入った時、物音にびっくりしてウンコもらしただろう? しかも、十六、七の時。ウンコもらしの臆病者のくせに楯突くんじゃねぇ」
そういや、そんなことがあったとユゼフは思い出した。ローズの外れ、魔国の近くにあるもう使われなくなったボロボロの城。イアンに無理やりこの廃城へ連れて行かれた時だ。たしか、ユゼフの踏んだ所が悪く、床が崩れてしまった。運良く落ちずに済んだのだが、その音でカオルはもらしてしまったのである。
「な、なんでそれを……」
カオルの顔がみるみる赤くなっていく。真っ赤な顔でユゼフをキッとにらんだ。
──ちがう……俺は言ってない
ティムにしゃべったのは、間違いなくイアンだろう。
「死なないように気をつけるんだな! 覚悟しろよ!」
そう捨て台詞を吐いて、カオルは去っていった。
カオルが選んだ武器は長剣とランスを二本。どれも先端に重心が偏ってないため、扱い易いかもしれない。ユゼフが持っている戦斧よりリーチは長く、軽い。
「なんで、わざわざ怒らせるんだよ?」
「怒ってるのは俺っすよ。カオルごときがユゼフ様に無礼な口をきくから悪いんです」
ティムは悪びれる様子もない。ユゼフはあきらめ、戻ってきたラセルタだけ連れて天幕の裏へ移動した。一騎打ちで死者が出るのは珍しくない。魔法の薬を用意しておかなければ。もしもの時の保険である。
ラセルタがユゼフの腕に針を刺す。採った血はガラスの小瓶に詰めた。陽光に照らされるワインレッドは美しい。ユゼフは自身の命の欠片を見て思う。この赤い液体に治癒効果があるなんて不思議だ。
「ユゼフ様、誤って殺さないようにしてくださいね」
「いや、正直受けてしまったはいいが、自信がないんだ。だって、魔力を使ったら反則になるだろう? 騎乗技術なら自信あるけど、剣技は素人に毛が生えたようなもんだし」
「そんなこと、ないですよ。それに剣技は必要ないです」
ユゼフはティムにこういう弱音が吐けない。笑い飛ばすに決まっているからだ。ラセルタは優しい。
「剣の稽古だって、最近イアンと始めたばかりだ。毎日打ち合いしてるカオルがバカにしてくるのは、当然だよ」
「ユゼフ様には並外れた身体能力があります。だから自信を持ってください」
まだ少年のような忠臣は無邪気に微笑む。彼はユゼフが強いと信じ込んでいる。
支度を終え戻ると、すでにカオルは待機していた。カオルが騎乗するのは真っ白な白馬。美男子がこういう馬を選ぶのは少々イヤミではある。対するユゼフは冴えない葦毛だ。
距離にして半スタディオン(百メートル)。ユゼフは騎乗したカオルと向かい合った。
嫌な緊張感が、ユゼフの頭のてっぺんからつま先を走り抜けていった。誰かと公に戦うなんてこと、この六年であっただろうか。正々堂々と、こんなにも大勢の前で。真っ向勝負と殺しは別物だ。ハウンドはユゼフにとって、別人格のようなものである。
騎乗する直前、アスターがユゼフの所にやってきた。喝を入れに来たのかと思いきや、違う。腰を落として小声になった。
『ユゼフ、カオルとグラニエは確実に仕留めろよ? いいか? 騎士っていう生き物は力のある者に従う。おまえのグリフォンと同じだ。ここで力を示せば、皆のおまえに対する評価は変わる。騎士団を操作し易くなるのだ』
言っていることはわかるが、素直にうなずけなかった。身体を離したアスターをユゼフは無言でにらんだ。
政治的な思惑を巡らすアスターに不信感を覚えてしまうのは毎度のことだ。ユゼフは昔から騎士特有の考え方に馴染めなかった。強さで優位性を主張するなら、動物と変わらないではないか。
※黒騎士……正式に王から叙勲を受けていない騎士のこと。




