105話 グリンデル水晶の奇跡
グリンデル鉱石という言い方には違和感があるので、グリンデル水晶にします。
(イアン)
洞の中央に据えられた虹色の鉱石。その巨大な塊は天井にまで達していた。
イアンたちがいる足場は天井近くである。壁に沿い、カーブを描いて奥へ行くから、グリンデル水晶と製造所の全容を見渡すことができた。
足場は狭く、グラニエを先頭にイザベラ、サチ、イアン、クリープの順に並んで横歩きした。一応、手すりはある。
しかし、グリンデル水晶がこんなに大きな塊だったとは。多くの人がそうであるように、イアンは身の回りの物の製造過程やルーツに疎かった。
イアンは十一歳の誕生日に、グリンデル水晶のお守りをもらっている。それも無事であれば、ローズ城に置きっぱなしだが、このように光ってはいなかった。暗闇だと微弱に発光する程度だ。
──大きな塊だと、こんなにも輝いているのだな
「きれい……」
例によって、イザベラはうっとり見とれている。イアンも思わず見入っていた。サチは呑気なもので、うんちくを語り出した。
「すごいなぁ。こんなにも巨大な原石は見たことがないよ。まえにリンドバーグさんの工場も見せてもらったけど、大きくても握り拳くらいだった。あちらは小さな塊をいくつも採掘しているようだね。グリンデル水晶は硬いから、他の石に混ざらない。金属みたいに製錬する必要がないんだ。たしかアニュラスの市場に出回っている八割がここから出荷されてるんだっけ?」
話を振られた先頭の保護者……いや、守護者グラニエがうなずく。
「ええ。グリンデル人がこの石を身に付けるのは、家族が離れ離れにならないようにという想いが込められています。石同士が惹かれ合うのですよ。近しい石なら特に。生まれたばかりの王族の体に石を埋め込むのは、そういった理由からです」
「ふぅん。俺の尻にも×で縫われた傷痕がある。エドにもな。俺とエドが出会えたのは、この石のお陰かもしれぬな」
エドと呼ばれるクリープは相変わらず無表情だ。そういえば、イアンが拾ったランディルという捨て子の尻にも小さい×が付いていた。あの子の身体は傷だらけだったから、虐待の痕だと思われるが……などと思い出しつつ、イアンはサチとクリープの関係に思いを巡らせた。
サチがナスターシャ女王と英雄ザカリヤとの間にできた不義の子で、クリープことエドアルド王子が、女王の妹のクラウディアとニュクス前国王の息子だから……従兄弟?
イアンは変な顔で、自分の左右にいる二人を見比べていたのだろう。サチは笑って解説した。
「俺がナスターシャ女王の息子というのは嘘っぱちだ。本当はクラウディア王妃の息子。赤ん坊のうちに奪われてしまったのを、僕たちが逃がしてくれたんだ」
「ん? そうすると??」
「俺とエド……クリープは兄弟だね。ただし、俺はザカリヤの子だから種違いだ」
クリープが首を横に降っている。あまり話してほしくないということなのだろう。
イザベラはこの製造所に入ってからというもの、ずっとサチの手を握っている。サチもそれを当然のごとく受け入れているのであった。その様子になにか言いたげなのがグラニエ。堂々と婚約者の家来と睦み合うのは、よろしくないと。しかし、人前で色事を咎めるのもみっともないし黙っている、といったところか。
「グリンデル水晶もすごいが、この下の工場だよ。なにを作っているか、わかるか?」
サチは階下の仕事風景がいやに気に入ったらしい。目を輝かせていた。問いはイザベラへ向けてだ。
「うーん、なにかしら? 金属でできている物よね」
「ヒント、グリンデル水晶が動力源」
「機関車??」
アニュラスにて、機関車はグリンデルにだけ走っている。サチはニコニコして、イザベラのほうへ顔を向ける。本当の恋人同士のようだ。
「惜しい! オートマトンだ」
「あっ、ああ……言われてみれば、わかるわ。薄く伸ばした合金の色があの色だもの」
「奥に行けば、もっと形がはっきりしてくる。オートマトンが持っているグラディウスは別の場所で作っているんだろう。よく見てごらん。ここからは見えにくいけど、足下の壁際だよ。山積みに置いてあるのがそうだ」
「さすがはサチね。なんでも、わかっちゃうんだから」
「よく観察しているだけだよ。それより、この建物の造りもそうだが、グリンデルの技術や物作りのシステムは優れている。ここまで大規模な量産システムはアニュラスにないだろう。シーラズの絨毯や染色工場がこれに近いけどな。他に例を見ない」
「主国もこういったシステムを取り入れれば、もっと裕福になるんじゃないかしら」
「……どうだろう。システム自体は優れていても、効率良く大量生産することが世の中にとって良いことかと聞かれると、少し違う気もするし……」
「おしゃべりはそこまでにしてください。先を急がねば。我々はまだ敵の手中にいるのですよ」
痺れを切らしたグラニエが邪魔に入った。サチは名残惜しそうに階下を眺める。
「うるさいな……道幅が狭いし、さっきみたいには走れないだろうに」
「それでも、歩を止めてはいられません。社会科見学はせずにさっさと歩くのですよ」
「イアン、聞いたか? いつもこんな調子で怒られてばかりいるんだ。上官だったころと変わりゃしないよ」
それを聞いてイアンは吹き出した。しかつめらしい髭面が、なにも言い返せないのはいい。サチが雄弁なのは相変わらずだった。グリンデル水晶の光で顔色もはっきりわかるが、別に悪くない。紅顔だ。心配が杞憂だったのは喜ばしいことである。自分で食事も用も足せない状態だと、城下では言われていたのだから。
「それじゃ、話しながら進もう。まず、イアンはダーラを探しに来たということだが、どういった事情からだ?」
気にしてくれていたのだろう。サチが話を振ってきた。イアンは正直にアスター邸での経緯を話した。
ダーラがユマを妊娠させたこと。アスターとユマが大喧嘩してユマが家出し、彼女を探してダーラがグリンデルまで来てしまったこと。
「ふんふん、なるほど……んで、あのろくでもない“青い鳥”と知り合ったわけか」
「そうだよ。あいつら、魔術師を見捨てて無差別に危険な呪札を仕掛けたんだ。俺たちは舞台で時間稼ぎをして、なんとか被害を減らそうとしたけど、十箇所仕掛けたうちの三箇所は発動してしまった」
「そうか、大変だったんだな。それしても、胸糞悪い。クズ野郎どもだ」
「サチがあいつらと一緒にいなくて良かったよ」
「一緒に行くわけないだろう? 連中とは決別した。今後、一切関わることはない」
それから、イアンはローズ城が落ちたことを話した。サチはユゼフと連絡を取り合っていたようで、大体把握していた。
「よかったじゃないか。ローズが戻って」
「でも、なんだか怖くて自分の部屋にはまだ戻ってないんだ」
イザベラは身を固くしている。サチの密告により、ローズが落ちたというのをなんとなく感じ取ったのだろう。サチとイザベラはそれぞれ敵対する勢力についているわけで、なおかつイザベラの主ディアナはサチの婚約者である。この複雑な関係性において、葛藤を抱くのは仕方のないことだ。
「今度はサチの番だ。ここでなにがあったか、今後どうするつもりなのか教えてくれ」
「うーん……ここであったことは、あまり話したくないな。あえて伝えるとしたら、ローズ戦の時に逃げてきたクリムトとジェームスがナスターシャ女王に殺されたってことか」
「へっ!? 殺された!?」
「うん。酷い話だよな。ディアナに助けを求めてやって来たんだが、ナスターシャ女王がな」
「ディアナ様はそれを容認されたのか?」
「いや、ディアナの預かり知らぬところで勝手に殺されたのさ。ディアナにとっては二人とも大事な家臣だからな。殺したあと、ナスターシャ女王はディアナに恐怖心を植え付けようと首を晒した」
「なんてことだ……俺がしくじって、クリムトには逃げられたんだけど、ジェームスはアスターがわざと逃がしたんだ」
「そうか……アスターさんも、つらいだろうな。死んだら一緒だと民は言うけれど、騎士にとっては不名誉な死に様だ。おまえらに討ち取られたほうがよっぽど良かったよ」
「助けを求めて来た者を殺すなんてゲス過ぎる」
「ああ、情報だけ得たらもう用なしなんだろう。ナスターシャ女王にとって、人の命なんて羽毛並みに軽いんだよ。はっきり言って俺はクリムトもジェームスも大嫌いだったが、女王の行為には反吐が出る」
話の途中で、製造所に設けられた足場は終わった。階下では、最後の仕上げにグリンデル水晶をオートマトンの胸部に埋め込んでいる。
足場の最後は、キメラがギリギリ通れる広さの通路につながっていた。
「おしゃべりはおしまいです。マリィは先へ行ってしまった。また走りますよ」
グラニエの言葉に皆、おとなしくうなずいた。




