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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる  作者: 黄札
第三部 グリンデルの王子達(前編)
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94話 シデムシの行き止まり

(サチ)


 いくつもの通路の行き止まりが丸く円を描いている。その通路の一つには、オレンジ色の星と色のないシデムシが印されていた。つまり、王族と死体掃除人だけが使用する道──


 爆発騒ぎが起こったのは、この通路から離れた大広間近くの東端。そして、今いるのは西端。離れていたことが幸いし、サチとグラニエは誰にも会わなかった。


 地上階にも関わらず、日の恵みのない通路はジメッとしていた。息を吸い込めば、有害な微生物が肺を侵食していく……これは妄想だが。それぐらい憂鬱な空気が滞留していた。


 換気されていない証拠に壁の下はカビだらけである。結露も発生しやすいと思われる。


 壁は剥き出しのコンクリート。これはアニュラスの忘れ去られた技術だ。


 じつはこの百日城全体がコンクリートで造られていた。

 

 百日城の壁のほとんどは表面に煉瓦や石のタイルを貼り付けているから、一見コンクリート造りとはわからない。このように剥き出しの所はとても珍しかった。


 たまたま、外壁の修復工事を目撃しなければ、サチも気づかなかっただろう。

 剥がれ落ちた所に新しいタイルをはめ込み、モルタルで接着する。修復工事には石灰岩、火山灰、粘土などを混ぜたモルタルを使っていた。


 この百日城が耐久性に優れているのはこれが理由だった。三百年戦禍をくぐり抜け、修繕しつつも現存できたのは古いコンクリート技術を使っていたからに他ならない。こういった技術はエゼキエル王時代の終焉と共に廃れてしまったものだ。


 同様の古い技術はヴァルタンの瀝青城にも使用されている。こちらは石の接着にモルタルではなくタールを使い、更にタールの塗装で建築強度を高めていた。


 ちなみに瀝青城を設計した建築士は、エゼキエル王時代の書物を多数所持していた罪で追放されている。


 サチがこの道を通るのは二度目だ。それでも物珍しさからついつい歩みを緩めてしまう。

 壁を撫でたり叩いたり、はたまた匂いを嗅いでみたりと、好奇心を発露させるサチにグラニエは呆れ顔だ。



「興味を持たれるのは構いませんが……」


「うむ……わかった。しかし、この城を設計した技術者にはお目にかかりたいものだな。どこかに転生していないだろうか。失うには惜しい能力だ」


「ですね……私はサウル様がいつもの調子に戻ったので、安堵しております」


「茶化すなよ」



 だが、平静でいられるのも短い間だけだった。問題の行き止まりに着いたのである。

 通路が直角に折れ曲がっており、一見すると道が終わっているように見える。それを曲がった先に行き止まりはあった。


 着くなり、鼻をつくのはどこからともなく漂ってくる臭気だ。



 ──思い出した……ここはなにかありそうだと思ったけど、(くさ)いから詳しく調べるのは後回しにしたんだよな



 グラニエだったら、即座に調べたであろう場所をサチは後回しにしていた。探索場所は北と南、半分に区切って分担していたのである。ここがグラニエの担当区域だったらと思うと……


 しかし、なんの変哲もないコンクリートの壁を押したり叩いたりしてみるが、びくともしなかった。側壁も同じく。グラニエが解錠の呪文を一通り試してみるも、効果はない。



 ──まさか、ただの行き止まりだったとか? この場所に集まってる他の行き止まりも調べてみるか


 

 探索中に一応、ひととおり調べてはいるが……

 グラニエ曰わく、「動かず待ちましょう」と。



「おそらく、この先に隠し通路があるのは間違いないです。さきほどの扉と同じ仕組みですよ。血で通る人を識別する。獄吏、或いは掃除人しか通れないようになっているんです。つまり、誰か通れる人が来るまで通ることはできません」


「くそっ……こんな所で待つっていうのか? 女王が城中を探し回っているというのに?」


「幸運なことに普段は限られた人しか訪れない場所です。それにわかりにくい。行き止まりだと思った先にある行き止まりですから。運が良ければ見つからないでしょう」



 マリィが囚われているなら、定期的に食事を届けるはずだとグラニエは言う。

 しかし、逃げ場のないこの場所で見つかったら一巻の終わりだ。逃げる手段は転移魔法だけである。それも、結界により主殿内は転移魔法が使いにくい。使えたとしても短い距離しか移動できない。イアンやイザベラたちのことも気になる。


 不安を抱くサチに対して、グラニエは静かに微笑んだ。



「あとは運に任せましょう」


 

 サチは腹を決めて座り込むしかなかった。グラニエの言うとおり、ここは人が来ない場所だ。壁を伝って時折、微かな足音が聞こえる他はとても静かだった。


 グラニエはランタンの灯りを消し、サチの隣に座った。


 

「そういやピエールは?」



 ピエールというのはグラニエの肩に止まっていた鴉だ。文を届ける使い鳥である。いつの間にかいなくなっていた。



「鏡の向こうの通路に放ちました。ヴァルタン閣下(ユゼフ)のもとへ行くようにと。これまでの詳細を文にしたためております。ヴァルタン閣下はディアナ女王を保護されましたし、グリンデルとことを構えるおつもりでしょう。捕らえられた場合は主国からの助けを待ちましょう」



 助けが来るとしても、それはいつになることやら。グラニエは……ジャンは捕らえられた直後に殺されるだろう。ナスターシャ女王は報復せずにいられない性格だ──サチの心はどんどん暗くなっていった。


 静かだと、いろんな思いが湧いてくる。あまり考えたくないようなことまで。



「そういやさ、マリィに娘がいたことを知ってるか? 同じ名前なんだ」



 気を紛らわせるためサチは話した。今、探しているマリィはサチが妹だと思っていたマリィの母だ。

 

 グラニエの姉のマリィは赤ん坊のサチを百日城から連れ出した後、リンドス島へ向かい、サチを仲間に託した。この仲間がサチを育てた養父母。彼らもガーディアンの一族である。


 サチを預けたあとのマリィの動向は以下。


 マリィは王都にてエゼキエル王の行方を調べていた。その間に口入屋のエリク・スターノと知り合う。マリィがエリクを愛していたか定かではないが、エリクのほうは執心だったと思われる。なにしろ、マリィが産み落とした娘にマリィと名付けるぐらいだ。


 赤ん坊のマリィを産んだ直後、マリィはあえなく捕らえられてしまう。そして、この百日城へと連れられた。姉を人質に取られたグラニエは、サチの監視役を務めることになる。



「マリィは俺の大切な妹……いや、妹だった」


「存じております。サウル様の身の回りのことは、だいたい調べていましたから」



 グラニエはその話に触れられたくないようだった。その証拠に口調が他人事じみている。

 それでもサチは話を続けた。伝えたほうがいいと、そんな気がしたのである。



「娘のほうのマリィはジャンにとっては姪に当たるわけだな。彼女が今どこにいるかは知らないだろう? 内海の奥地で暮らしている。子供もいるんだ」



 グラニエは黙っている。



「なあ、ここを無事に抜け出てマリィも助けたら、会いに行かないか? 娘のほうのマリィに。俺もさ、久しぶりに会いたいんだ……」


「いいえ」



 グラニエは即答する。灰色の瞳からは確固たる意志が感じられた。



「我々とは関わらないほうがいいでしょう。彼女の幸せのためにも」



 今度はサチが黙る番だった。


 グラニエは正しい。関われば、マリィやその子供にまで危険が及ぶかもしれない。わかってはいる。わかってはいるが……

 

 とても悲しいことだとサチは思った。


 そういえば、サチはグラニエのことをなにも知らない。家族や恋人、友人……なにも。


 初めて出会った時、グラニエはリンドバーグの秘書だった。サチが少年のころだから、グラニエは二十そこそこぐらいだったろうか。まだ髭はなかったが、気品ある佇まいが印象的だった。


 再会後の騎士団では騎士の鑑という印象が強い。そのように囁かれるほど、立ち居振る舞いや騎乗技術が優れていた。強いだけでなく、知的で優しい人柄も慕われていたのである。

 

 サチが知っているグラニエの情報はこれぐらい。誰でも知っていることだ。プライベートなことはなにも知らない。孤高の人、というイメージが強い。


 前世ではどうだったか? 恋人がいたような、いなかったような──



「俺はジャンのこと、なんにも知らないんだな」


「そんなことないです。一番ご存知だと思いますよ」



 グラニエの声が遠く聞こえる。突如として襲ってきた睡魔にサチはぐらついた。ずっと寝ていたようなものなのに、どうして眠くなるのか。


 瞼を薄く閉じれば、意識の奥へ物凄い力で引っ張られた。


 

「寝ててもいいですよ。なにかあったら起こします」



 グラニエの声を聞きながら弛緩していく。とろとろ溶けていく。サチの心は夢の世界へ。

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