79話 傲慢なテロリズム
(イアン)
イーオーの説明ではこうだった。
イーオーは神様の桟敷の花形俳優である一方、レジスタンス青い鳥のメンバーでもある。
まず、百日城にいる青い鳥のメンバーからシャルル王子が監禁、拷問されているとの知らせを受けた。主国にいたクリープこと、エドアルド王子も青い鳥と合流し、作戦会議になったという。
「明日から一週間、神様の桟敷は百日城で公演する。絶好のチャンスなんだ。最終日、舞台に気を取られている隙に仕掛ける。殿下をお救いするだけでなく、我々の存在をこのグリンデルに知らしめるのだ」
イアンは首を傾げた。おかしいな、と思ったのは最後の一文。
ただ、サチを助けるだけではダメなのか。わざわざ目立つようなやり方をするのはなぜか? まったく理解できない。
「イーオーが言ってるのはさ、わたしたち青い鳥の存在を知って、救われる人はたくさんいるんじゃないかってこと。人知れず苦しんでいる民もたくさんいるから、そういう人たちを少しでも救いたいなって思ってるんだ」
ルイスの補足説明にイアンは納得できぬまま、うんうんと頷いた。いまいちピンとこない。訝しむイアンを気にも止めず、イーオーは話を進めた。
「最後のシーンで俺はヴィオラと抜ける。代役を務めるのはダーラとイザベラだ」
「イザベラが!?」
「ああ、彼女も知り合いか? ディアナ女王に仕える魔女なのだろう?」
イアンは答えられなかった。その言い方はイヤな感じがする。“魔女”という表現をイザベラは嫌う。
「抜けてから、ちょっとした騒ぎを起こす。それから、俺たちも殿下と合流する」
「騒ぎって??」
「バースト系の魔法を百日城の至る所に仕掛けるのさ。発動条件は“通る”──無記の呪詛の効果は短時間、なおかつ速呪速効だから発動させる数分前にかけないといけない。俺たちの役割は呪詛をかける魔術師のサポート。かける場所への誘導。詠唱している間の見張りなど……」
イアンは眉を寄せた。先ほどより増して、険しい顔をしているはずだ。それでもお構いなしに、このイーオーという男はしゃべり続ける。
イアンにはさっぱりわからないのだ。魔術のことは。ただ、バースト系がヤバいということぐらいは知っている。一流の魔術師でないと発動できないのはもちろんのこと、相当の魔力を消耗する。
──何人、魔術師を潜入させるかわからないが、一人につき一カ所が限度じゃないのか?
イアンの知っている昔話だと、敵陣のど真ん中で大魔術師が爆発を起こしたというのがある。それで勝利に導いたと。だが、魔力を使い果たし、立ち上がれないほど消耗した魔術師は殺されてしまった。
魔人ならともかく、人間が威力の強い魔術を連発したという話は聞かない。
「罠を仕掛けたら、シャルル様と合流する。シャルル様の重臣であるグラニエ殿と、待ち合わせ場所は決めてある」
なんだろう、この違和感は──イアンは思った。理屈で考えられないイアンはいつも直感を頼りにする。今、その直感が赤信号を出していた。
ルイスの仲間のイーオーがそんなに悪い人間とは思えないし、作戦だって良い。なにより危険を犯してまで、サチを助けようというのだ。協力を断る理由はどこにもない。
作戦の説明のあと、イーオーが「質問は?」と聞いてきたので、イアンは首を横に振った。情報量に処理が追いつかない。わからないのがなにか、わからない状態だ。
「協力していただけるだろうか?」
「もちろんだ。サチ──シャルル王子は俺の最初の友達っていうか、親友だから、協力する」
イーオー、ルイス、クリープの三人から安堵の溜め息がもれた。イアンの顔つきが険しいので、不安になっていたのだと思われる。
イアンはクリープが微笑んでいるのを初めて見た。頬を緩ませ、口角が僅かに上がっている。上品な笑い顔だ。王族はイアンみたいに破顔しないのだろう。
「ありがとう! これで、晴れて君も青い鳥のメンバーだ」
イーオーの言葉に、また疑問符が浮かび上がってくる。
──メンバーって……勝手に決めるなよ
顔をしかめるまえに、ルイスがイアンの背中を叩いた。
「イアン、君なら引き受けてくれると思ってた。嬉しいよ」
「祝杯をあげよう」
とイーオー。イアンたちは、顔を見合わせて微笑み合った。
ワインではなく濃い蒸留酒で乾杯し、砕けた雰囲気になった。クリープだけは口をつけず、イーオーとルイスはよく呑んだ。
やがて、調子に乗ったイーオーは○○論とか、○○主義とか、社会論の話を始めた。
海の向こうにはたくさんの国があって、アニュラスだけ孤立している。独自の発展を遂げたアニュラスは、ずっと時間の止まった状態なのだという。とくに文化、思想面において一世紀は遅れている。異界には、もっと先進的で優れた世界が広がっているのだと。
「異界人から見たら、我々は未開人さ。神の悪戯か、物理的に外界とアニュラスは遮断されてしまった。ここは特殊な亜空間なのさ。実験的に隔離された理由は、我々がより神に近い存在だからではなかろうか。ここで我々が発展できず、外から見て野蛮人のごとき生活をしていたら、神も愛想を尽かすだろう。滅ぼそうとするかもしれない」
イアンにはイーオーの話す九割も理解できなかった。考え方の相違ではなく、単純に知識量の違いから、わからないのである。社会学とはまるで縁がない。
アニュラスでは、魔法使いのモズ共和国にて社会学が栄えた。この社会学というのは、政治はどうあるべきかとか、宗教は必要なのかとか、民衆の役割はとか──社会の成り立ちを延々とねちねちこね回したもの。
単純明快。好きか嫌いか。理屈ではなくて感情。直感を信じる。そんなイアンに理解できるはずもなかった。
しかし、馬鹿だとは思われたくない。適当に相槌を打ち、なんとなくわかっているふうを装ってみた。
明日の作戦について、詳しい話はルイスからあるのだろう。わからないことも、わからないまま話は決まり、どうでもいいおしゃべりに転じた。
しかも、イーオーの独壇場。ときおり、口を挟むのはルイスだけである。クリープはふたたび、空気に溶け込んでいる。
イアンとしてはクリープの驚くべき素性が明らかになったので、その話をしたかった。
クリープが今まで何を考えて、どういった気持ちで生きてきたのかを知りたい。無愛想でつまらない人間でも、苦しんできたのかもしれないし、生の感情が知りたかった。共感できれば、力になりたいとそう思ったのだ。
にもかかわらず、イーオーの演説はとどまる所を知らなかった。
次第にうんざりしてくる。ふと、内容ではなく、あることにイアンは気づいた。
イアンが相槌を打つ合間にイーオーは一瞬、笑みを見せるのである。それは、苦笑とも嘲笑とも似た馬鹿にした笑いであった。
露骨に馬鹿にするのではない。表面的に繕っていても、見下した感情というのは言動の端々に現れてしまうものだ。それはごくごく小さな所作だったり、表情、目線だったりする。大抵の人はそこまで気づかない。
イアンは難しいことがわからない分、そういうことに敏感であった。
表立って愚弄してくるのではないから、怒って対抗するわけにもいかない。イアンのイライラは募っていった。
──ずっと抱いていた違和感がなんだったか、わかった
俺はこのイーオーとかいう役者が嫌いなんだ──イアンがその考えに至った時、頭の中の靄は晴れてすっきりした。が、同時にそれまで眠っていた疑問が次々に浮かび上がってくる。理論を持たぬイアンは、無意識下に疑問を封じ込める。それが“嫌い”を合図に解き放たれてしまった。
とはいえ、イアンだってもういい大人だ。相手が嫌みなインテリ野郎だろうが、気位の高い傲慢無礼な人気者だろうが、多少の我慢はできる。“嫌い”だけを理由に喧嘩したりしない。いくら嫌いでも、イーオーのやり方が筋の通った正しいやり方だったら従っただろう。
でも、いつも……総じて嫌いな奴のやることというのは、汚れているのである。




