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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる  作者: 黄札
第三部 グリンデルの王子達(前編)
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77話 再会

(イアン) 


 アスターの返信には、ラヴァーはあとで取りに行かせるから戻ってこいとあった。それに対しイアンが返したのは、ダーラを見つけてから帰ると。


 百日城を逃れたあと、ダーラはアスター邸に帰らなかった。アスターの所に無事を知らせる文が来ていたそうだから、生きてはいるが……ユマを探すと言って、戻らなかったのだ。


 それと、イアンが帰る気になれなかったのは、ダーラのことだけじゃない。

 

 監禁されたサチ(シャルル王子)が気がかりだったのである。サチのことは、城下やレジスタンスの地下街でしきりに噂されていた。

 

 ルイスの情報では、すでにディアナ女王は逃走している。イアンが主国を出る直前、ティムもグリンデルヘ行くと言っていたので、逃亡を手伝ったのかもしれない。サチだけがまだ百日城に残されていた。


 サチは酷い拷問を受け、意識のない状態が続いているという。



 ──助けに行ってやりたいが……百日城は迷宮だというし、どこに囚われているかもわからない。俺一人で、どうにかできたらいいんだが。まったく、ぺぺはなにしてるんだ?



 敵対関係にあるディアナだけ助け出して、サチだけ置き去りなのがイアンには納得できない。


 一度に二人助けるのが困難なら、救助隊を組めばいい。武力行使したって構わないじゃないか。ティムだけにこっそり負わせなくても、面と向かって対抗すればいい。相手は、誰からも責められる非人道的な行いをしているのだから──感情で動くイアンはシンプルに考えた。


 イアンにとっての正邪はその時の気分に左右される。自分が気持ちよく思うか、そうでないか。

 

 その後もアスターからしつこく(ふみ)が来たものの、イアンは帰らなかった。

 


 そんなこんなで二週間が過ぎた。


 ダーラは見つからないし、ラヴァーも完成したので、ようやくイアンは重い腰を上げた。さすがにもう限界だろう──と。いい加減、主国からイアンを連れ戻しに、誰かがやってくるかもしれない。しぶしぶ身支度を始めたのである。


 ラヴァーが完成したと、マイエラから連絡があったのは昼過ぎ。青い鳥のルイスやグレンと酒杯を交わし、夕刻には帰るつもりだった。


 ところが、ルイスに引き止められた。



「仲間が所属する演劇一座があるんだが、せっかくだから見に行かないかい? アニュラス中を回っていて、今ちょうどグリンデルに来てる。結構有名な劇団でね、明日から百日城でも公演するらしいんだ。野外のステージでの公演は今日が最後。神様の桟敷(デイコルンプナ)って、聞いたことあるかい?」



 その名前にイアンはなんとなく聞き覚えがあった。たしか子供のころ、養母のマリア・ローズが連れて行ってくれた舞台だ。少々退屈だったが、天女のようなヒロインに目を奪われた。その一座だったかもしれない。



「ヴィオラっていう綺麗な女優の?」


「そうそう、ヴィオラはね、主演だよ」


「えっ!? 俺が見たのは十二、三のころだから、今いったい何歳……」


「まあ、細かいことは気にしない」



 ヴィオラの年齢はさておき、イアンはとても懐かしい気持ちになった。子供の時分、退屈だった芝居も今見たらまた違う印象を持つかもしれない。神様の桟敷(デイコルンプナ)は明日から一週間、百日城で公演したあと、また別の土地へ移動するという。庶民向けの舞台は今日が最終日。



 ──一日くらい遅くなったって、罰は当たるまい



 文をダモンに結び付け、先に帰らせる。ルイスに誘われるまま、イアンは町外れの舞台へ向かった。



 舞台は丘の上に設営されていた。舞台の周りを囲うのは色とりどりの花々だ。そこだけ早い春を迎えたような華やかさだった。開演三十分前というのに、木箱の座席はほぼ埋め尽くされている。


 演目は「レーヌとジョゼ」。許されぬ恋をした二人の物語。


 直前になって話の内容を思い出し、イアンは後悔した。イアンでも知っているぐらい有名な演目である。記憶では悲しいだけの話だった。女好きとはいえ、イアンは機微に疎い。好きだの嫌いだのを延々と繰り返されるのは退屈だ。


 だが、舞台に現れた天女を見た途端、釘付けになった。



 ──う、美しい……



 そう思ったのはイアンだけじゃない。主演女優ヴィオラ演じるレーヌが登場すると、会場は沸き立った。


 昔、見た時と少しも変わらない。いや、以前より妖艶な感じがする。幼かったイアンは、豊満なバストやぷりっとした尻には目がいかなかった。

 

 

「美しいだろう? 美しいだけじゃなく、セクシーだよね」


「ああ、思い出のなかの彼女と変わらないから驚いたよ」



 隣で囁くルイスにイアンは答えた。ヴィオラの役、レーヌは純情可憐な生娘である。清らかさと艶めかしさの共存は、なんとも言えぬ背徳感を抱かせた。


 男は皆、このヴィオラが目当てなのかもしれなかった。戯曲がどんなに名作でも、人々の大半からすればただの小難しい説法と変わらない。人々を魅了するのは、演出、或いは演者から発せられるパワーなのだ。


 退屈かと思った芝居は、強く惹きつけるヒロインによって目が離せなくなった。また、劇中歌のなかにイアンの知っている曲もあり、足でリズムを取ったり楽しむこともできた。



 ──うん、あとでヴァイオリンで演奏してみよう



 舞台の終盤には涙ぐむほどだった。イアンは涙脆い。女性客も八割方、ハンケチ片手に涙をこぼしている。


 塔から飛び降りたレーヌが死んだと、ジョゼは思い込んでしまう。絶望し、自死を選んだジョゼと入れ替わりにレーヌが目覚め──


 長い無音があった。


 その間、客は鼻を啜り涙を拭う。イアンも必死に涙をこらえた。こういった場で、男が泣くのはみっともない。


 やや不安を生じさせるほど長い沈黙の後、舞台袖から歌声が流れてきた。


 鋭く空を切る声。柔らかいのに凛として強く、そして儚い。 微細な喉の震わせ方はハープ。かと思えば、激しく地面を打つ雷雨へと変わる。突如、静謐な湖に落ちる涙を思わせた。


 とても魅惑的な声だ。でも……なんということか──よく知っている。



 ──嘘だろ? これはイザベラの声だ



 声の主は舞台袖から姿を現そうとはしない。イアンは心乱され、内容がほとんど頭に入っていかなかった。


 歌のあと、レーヌは命を絶ち、それを見ていた女神が嘆き悲しむ……涙の幕引き、役者たちの挨拶があり、再び幕が下りた。



 ──イザベラが? なんでこんな所に!?

 


「とても良い舞台だったね。最後のサプライズがすごかった。途中、素晴らしい歌声を披露したのは歌手かな、女優かな? 挨拶の時に姿を現さなかったね」



 満足げに感想を述べるルイスにイアンは詰め寄った。



「その声の主に会うことはできないだろうか? 知り合いなんだ!」


「なんと!……では、今からわたしたちの仲間の所へ行こう!」



 イアンはルイスに連れられ、丘の斜面にいくつも建てられたテントへ向かった。

 

 冷たい微風が頬を撫でる。夜になると少し風が出てきた。寒さが身にしみるのは、昼間が暖かかったからかもしれない。もう椿の月なのだと、今更ながらイアンは実感した。

 


 ルイスの話では、百日城での公演を最後に南へ行き、春が来るまで休演するという。真冬に屋外で活動するのは不可能である。休演の間は、それまでの蓄えや臨時職で何とか食いつなぐらしいが……冬のテント生活は辛かろう。旅をしながら歌や踊りで生活できるのは羨ましいと思っていたが、現実は厳しそうだ。

 

 華やかな舞台が終わってから、生活感に満ちた居住空間を訪れると、そんな夢も希望もないことを考えてしまう。イアンは柄にもなく嘆息した。



 ルイスが止まったのは、イーオーという主演男優のテントだった。

 テントの前で一人、俯き加減に洗濯をしている男がいる。バケツの中の水は相当冷たいだろう。懸命に布を揉む姿はいじらしくも見えた。金髪の……身体はしっかりしているものの、どことなく幼い印象の少年?……いや青年だ。


 青年が顔を上げた時、イアンは仰天した。



「ダーラ!?」

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[良い点] ようやく目的の人物に会えた(∩´∀`)∩
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