表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる  作者: 黄札
第三部 グリンデルの王子達(前編)
461/874

44話 イケメンイアン

 ローズ城の西を北から南へ走るエルピス川。下流はリンドバーグ領を横断する運河に直結している。

 本隊はこの運河から入り、北上した。魔国の手前にある水門を閉めさせ、川の流れを堰き止めたのである。滞留した水はローズ城の地下へ流れ込む。


 敵も川を上ってくるとは想定しておらず、難なく本隊はローズの西側に陣を敷くことができた。イアンは副団長のヴァセランに別れを告げ、下水道へ下りていった。


 暗い下水道では見回りが来たら、やり過ごせばいい。イアンたちは闇に紛れ、気づかれないよう移動した。

 下水道から、城内の地下道へ入るには隠し通路を使う。そのまえに、濠とつながる地下水路の栓を開けに行った。濠の水を干上がらせ、敵を撹乱させるためである。上空から囮部隊に攻められ、右往左往しているうちに、本隊が濠を越えて突入するという戦略だ。


 見張りのいない地下道に入ってから、イアンはリゲルと雑談した。


「キャンフィはさ、ローズの城下で花売りをしていたんだ」


 若殿時代、カオルとユゼフ、弟のアダムを従え、イアンが城下を練り歩いていると、みすぼらしい格好をしたキャンフィに出会った。


「びっくりしたよ! あんなに綺麗な子がボロを着て、花を売ってるんだからさ? 思わず、花を全部買っちゃったよ。カオルは最初っから、横恋慕してたんだろうなぁ」

「んにゃー」

「アキラ、おまえの兄はヘタレだよ。好きなら、正々堂々と勝負すりゃいいじゃん。付き合ってるとか嘘をついたり、いちいちやることがセコいんだよ」

「にゃっにゃっ」

「花を全部買ったって、金はどうしたんじゃ?」


 リゲルからまともな質問が飛び出した。貴族のなかにいたら、絶対に出てこない質問だ。イアンは首をひねって、どうやって支払ったかを思い出そうとした。


「あっ、そうそう! 翡翠のペンダントをあげたんだ。そしたら、ぺぺの奴がブツブツ文句を言うもんだから……」

「そりゃ、そうじゃろう? 花の代金に高価な宝飾品を渡す奴があるか」

「そうなのか? よくわかんないけど、ぺぺが払ってくれた」

「ユゼフも気の毒じゃな……」

「にゃーーー」


 イアンは立ち止まった。地下道の天井は高く、声がよく響く。天井近くには窓があり、月明かりが差し込んでいた。

 この地下道は濠に隣接している。窓は濠の内側にあるので、外部からは見えないようになっていた。

 そして、足元には天井を突き抜け、急降下するダクトの口がある。ダクトは城の食糧庫へつながっていた。


「アキラ、ここから城内へ潜り込める。キャンフィを連れて来れるか?」

「にゃんっにゃんっ」

「よし! じゃ、行き方を説明するぞ? 漏らさず聞き取れ」


 リゲルが光の札を地面に貼り、イアンは城内の見取り図を広げた。キャンフィがいるのは兵舎だ。部屋の場所はカオルから聞いている。アキラには簡単な文を持たせた。


「頼んだぞ!」

「にゃにゃにゃーん!」


 ダモンより明快に応答してくれるのは、ありがたいことだ。ダクトの中を上っていく軽快な足音を聞き、イアンは胸をなで下ろした。

 アキラを送り出した後、リゲルが光を消し、また闇に戻った。イアンたちには僅かな光で充分だ。


「イアン、わかっておろうな? 情にほだされるなよ?」


 リゲルに念を押された。皆が心配しているのは、自分の感情面だとイアンは痛いほどわかっていた。


「あのさ、俺は過去の女のことをネチネチ引きずるような小物じゃないよ? そりゃ、多少の憐れみはあるがな?」


 嘘はついていない。イアンは、キャンフィの裏切りをまだ許してなかった。


「エデンでの一件は戦いのあとで疲れていたせいだ。俺は女慣れしてるし、誘惑に屈したりしない」

「その言葉、忘れるなよ? 割り切れない奴が、戦いに参加する資格はない」


 垂れ目の魔女は辛辣な言葉を投げる。やや浮かれ気味だったイアンの気持ちは引き締まった。




 待つこと、数十分。一時間もかからなかった。上の方でガタガタと音が聞こえ、まずアキラがダクトを下りてきた。


「にゃーーーぅっ」


 タンッと軽い音を立てて、着地するアキラの息は弾んでいる。ダクトの滑り台はスリルがあって、楽しそうだ。イアンもやってみたくなった。

 そのすぐあとで、「ひゃああああ!!」と叫び声が聞こえ、大きな旅行鞄と共にキャンフィが下りてきた。

 アキラのようにうまく着地できず、地面に顔から突っ込み、そのあとから来たもう一人に追突される。


「痛っあああああ!!」


 イアンが抱きとめてやるべきだったが、とっさのことに対処できなかった。駆け寄ろうとしたところ、


「カオルの奴、どういうつもりなの!? わざわざこんな場所を指定するなんて、正気の沙汰じゃないわよ!?」


 早口で怒りを爆発させていため、イアンの足は止まってしまった。


 ――キャンフィって、こんな子だっけ?


 イアンの記憶のなかのキャンフィはおとなしく、ほとんど言葉を発さなかった。怒ったり、荒々しい言葉を使うところは見たことがない。

 顔を上げたキャンフィは、鼻血を無造作に腕で拭っている。男みたいなしぐさだ。

 カオルだと思われていたのと、抱いていたイメージと違うキャンフィが怖くて、イアンは声をかけられずにいた。


「いたたたたたた……」


 キャンフィのうしろで腰をさする女の子の存在がなければ、もう少し観察していたかもしれない。女の子は敏感にイアンの気配を感じ取り、目を細めて見ようとしている。

 リゲルに小突かれ、イアンは声をかけることにした。

 

「キャンフィ?」

「……イアン様!?」


 だだっ広い洞の中、キャンフィのうわずった声がこだました。

 カオルに毒づいていた時と声質が変わったのは、喜ぶべきか否か。イアンは反応に困った。

 いるのがカオルだと思っていたキャンフィは、驚愕している。目を見開き、カチカチ奥歯を鳴らす姿が憐れだった。そんなにも自分は恐れられているのかと、イアンは悲しくなる。

 同伴者の女の子がまだ、キョロキョロしているのを見て、暗闇だったことを思い出した。


「あ、そうか……キャンフィたちには見えないんだ。リゲル、光を」


 リゲルが魔法で柱の一つを明るくする。イアンには(まぶ)しすぎる光だ。

 高くに位置する窓と互い違いに柱が立っており、リゲルはそのうちの一つに魔法をかけたのだった。月明かりが、かき消されてしまった。


「イアン……様……」


 キャンフィは目を潤ませていた。イアンとお揃いの褐色の瞳。白に近い金髪はまえに会った時と変わらず、顎までしかない。なめらかな肌を流れる血が痛々しかった。細い鼻梁が折れてなくて、イアンはホッとした。


「キャンフィ、血が出てるよ。大丈夫?」


 イアンはサッとハンケチを取り出した。若殿だった時は従者に持たせていたが、今はちゃんと衣嚢(いのう)に入れている。

 とたんにキャンフィの顔は火がついたように赤くなって、ハンケチを受け取るなり、下を向いてしまった。

 血を出したままにしておくわけにはいかないし、気を悪くされても、これは致し方ない。イアンは気をそらすため、話すことにした。


「カオルはいないよ。夜目がきく俺と、リゲルで行くことになったんだ」


 すると、ハンケチを握りしめるキャンフィの背後から、驚きの声があがった。例の女の子だ。


「へ? イアン様? もしかして、あのイアン・ローズ?」

「そうだよ。君は……」

「エリザです。エリザベート・ライラス。たしか魔国で……」


 焦げ茶色の髪を雑に束ねた女の子は、そばかすだらけの顔を破顔させた。イアンと同じ八重歯には愛嬌がある。そして、イアンが女の子を忘れることは、けっしてなかった。


「ああ! あのエリザか! 驚いたな、また会えるなんて!」

「アタシも驚きました! 話には聞いていたけど、まさか本当にご無事だったなんて! あの時、黒曜石の城は跡形もなく消えてしまったんですよ」


「まあ、無事でもなかったけどな……会えて嬉しいよ。ローズにはいつから?」

「一年前からです。最初は王騎士団にいたのですが……ちょっと合わなくて……」


 イアンは話しながら、彼女の足元の旅行鞄へ視線を這わせた。


「その荷物は?」

「……じつはアタシたち、今夜ここを逃げ出すつもりだったんです。そしたら、クロがカオルの手紙を持ってきて……どうせなら会ってみようって。まさか、イアン様が出て来られるとは思いませんでした」

「奇遇だな! それなら話が早いというものだ」


 絶妙なタイミングだった。もともと出て行くつもりなのであれば、説得は不要だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
不明な点がありましたら、設定集をご確認ください↓

ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる設定集

cont_access.php?citi_cont_id=495471511&size=200 ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
[良い点] ヘリオーティスは私も嫌い(`・ω・´)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ