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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる  作者: 黄札
第三部 グリンデルの王子達(前編)
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9話 傷心のサチ・ジーンニア6

(サチ)


 騎士団本部ホールにて。


 いつもはガランとしたホールが人、人、人で埋め尽くされている。壇上が見渡せる二階、三階にもみっちりと。イアンのデザインした制服を着た騎士達が、ひしめき合っていた。


 よく磨かれた床にはカットされた色鮮やかな天然石がはめ込まれているのだが……描かれた英雄の剣と薔薇のシンボルがすっかり隠れてしまっている。

 

 久しぶりの全体集会。王国騎士団の全騎士が集っていた。


 さざめきは波のように、起伏を繰り返しながら絶え間なく寄せては引くを繰り返す。

 上役らの「静かに! 静かに!」という怒鳴り声のお陰で若干押さえられても一時的なものだ。我の強い戦士が千人を越えれば無理もない。

 

 彼らをピタッと黙らせたのは、やっぱりあの人の声。

 

 野太い低音。そして爆音。声にまで毛が生えている。

 


「黙れ、黙れ黙れ!!!」



 騎士とは思えぬ品のなさ。賊の頭でもやった方が向いているんじゃないかと、サチは思う。


 ダリアン・アスターの咆哮である。


 これによって水を打ったように静まり返った。ここではアスターが王だ。静まった所で、アスターは満足そうに口を開いた。


 

「皆、知っていると思うが、我が騎士団に所属するサチ・ジーンニアはグリンデルのシャルル王子であった。殿下が身分を隠されていたのは、身の安全のためである。今回、グリンデルへ帰国されることとなったため、最後にお言葉を賜る。心して拝聴するように」



 ──なんだ、その前置きは??



 アスターのぞんざいな物言いにサチは呆れた。この前置きを意訳すると、こういうことである。


 取りあえず挨拶だけさせとくから心して聞けよ、無礼な態度は許さぬ、と。

 

 余計、ハードルが上がった。どの道、やりにくいのは変わらないが。


 ここへたどり着くまでも、逃げられたり(ひざまず)かれたりと散々だった。腫れ物のごとく扱われるのも、卑屈な態度を取られるのも不快だ。


 壇上の真ん中に立てば、視線は集中する。サチは我が身に集められる視線が変わってしまったことに気づいた。

 親しみは感じられず、異物を捉える目だ。真っ直ぐ返せば反らされる。



「えと……騎士の皆様、ごきげんよう」



 別れの言葉はこんな間の抜けた挨拶から始まった。サチが思い出したのは、リンドス島で祖父母に仕込まれた言葉使いや立ち居振る舞いである。自由に育てられたとはいえ、礼儀作法は骨の髄まで叩き込まれている。


 口の端を僅かに上げて、サチは柔らかく微笑した。



「この度、(わたくし)サチ・ジーンニアは一身上の都合により、騎士団を除隊することになりました。そもそもの始まり、私がこの騎士団へ入隊したのは、国王陛下からご厚情をかけて頂いたからです。戦いに不慣れであったため、皆様には何かとご迷惑をおかけすることが多かったでしょう。多くの方からの助言や支援のおかげで、これまで何とかやってこられました。

 

《中略》


 ご存じの通り、私は身体を動かすのが苦手な代わりに手先が器用です。そのお陰で、沢山の方と関わり合うことができました。


 私自身には何の力もなく、皆様のお力添えがなければ、騎士団で勤務することもままならなかったでしょう。至らないことも多く、不快な思いをされた方もおられたかと思います。お叱りを受けることも多々ありました。そんな中、手を差し伸べて下さった方々には感謝してもしきれません。そのおかげで、今の自分があると思っています。


 今回、心苦しかったのは自分の身の上を偽っていたことです。驚かれた方も多かったと思います。私自身も知らされておりませんでした。今もまだ、受け入れられずにいます。


 私は一人では何もできぬちっぽけな人間です。ですから、血統を理由に敬意を払って頂く必要はありません。いつものように気軽に若輩として扱ってほしいのです。


 私がここに居られるのは今日も合わせて三日程度……その間、どうか気遣いなどなさらずに、今まで通り接して頂けないでしょうか。そうして頂けた方が自分らしくいられるし、少しは気が楽になります。


 私には騎士としての実績もなければ、命懸けで戦える勇猛さもありません。自分の特性を生かして周りに溶け込むまで、相当な時間がかかりました。私が築けたのは、心ある方々との繋がりだけです。皆様のおかげで、自分の個性や人の痛み、温かみを知ることができました。これからはここで経験したことを生かして、自分なりに生き方を探っていきたいと思います。


 今までのこと、深謝しております。ありがとうございました」

 


 口上を全て述べ終えると、サチはホールを見回した。話す前と変わらず、静まりかえっている。時折、感極まった者が鼻を啜っているぐらいだろうか。それ以外の音はない。グラニエの方を見れば案の定、目を充血させている。


 パチ、パチパチ……

 

 自然発生的に生まれた拍手は徐々に大きくなり、ホール全体がけたたましい拍手の渦に飲み込まれた。


 サチは騎士一人一人に真っ直ぐな視線を向けた。もう目を逸らす者はいない。



 ──良かった。気持ちは伝わったのだ

 

 

 ありのままの気持ちを飾らずに話した。何気ない言葉でも、素直に真っ直ぐな気持ちを込めれば、人の心に届く。


 うるさいぐらいの拍手はサチを高揚させた。とっても気分がいい。お陰で予定とは違う行動に出てしまった。


 サチは、壇上から一旦下がりかけてから戻った。



「堅苦しいのはナシだ! 俺はグリンデルへ行っても、今まで通り好き勝手生きる! みんな、今までありがとう!!」



 サチが叫んだ途端、わあああと歓声が上がり、騎士達が壇上に集まってきた。

 階段二段程度高いだけの壇だ。その上に設けられた演説台へサチは登った。

 

 驚いているのは裾に控えていたお偉いさん連中である。前王から数々の叙勲を賜り、立派な髭を蓄えた軍人連中は若い騎士達の勢いに目を白黒させた。


 サチは演説台から、集まってきた騎士達の上にダイブした。

 

 人の波がサアッとサチを(さら)う。あっという間に、ホールの端へ泳ぐように移動した。



 ──カナヅチ旧国民だってこうすれば泳げるんだぞ?



 慌てるアスターとグラニエが目の端に移る。サチは何のわだかまりもなく笑うことができた。


 爽快だ。


 

 ──俺が王子? そんなの知るかっての。俺はこれからも好きなように生きる。誰かの作った価値観なんかぶっ壊して、全部俺の、俺好みの世界に作り変えてやるんだ

 


 ひとしきり人の波を泳いだ後は胴上げとなった。



「サチ・ジーンニア、万歳!!」



 怒鳴る騎士達に高く放り投げられる。シャルル王子なんて言う者は一人だっていない。



 ──そうだ、俺はサチ・ジーンニアだ。今までも、これからも。そう認識すれば強くなれる。

 


 強い自分はこの名に宿っている。



「こら、おまえらやめんか! 殿下を降ろせ!」



 どこからともなく、情け無い脇役の声がする。あれは副団長のアルベール・ヴァセランか。つまらない男だ。


 グラニエは何かあった時、すぐに対応できるよう、少し離れた所で気を張っている。アスターは腕組みして苦笑い。


 これぐらいのヤンチャは許してもらえるだろう。もう最後なのだから。


 ──と、無理に胴上げを止めようと中へ入った副団長のせいで、バランスが崩れた。


 綺麗にまとまった楕円が崩れ、こともあろうか、サチの胴体を受け入れる所に大きな穴が空いた。



「サチ!!!」



 イアンの叫びが聞こえる。


 でも大丈夫。

 サチは副団長ヴァセランが群れに割り込もうとしているのを事前に察知していた。投げられた時の浮力を使って、一回転。見事、壇上へ着地したのだった。


 再び湧き起こる歓声。騎士達が壇上へ上がってきた。 


 その後、サチは思う存分揉みくちゃにされたのである。

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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる設定集

cont_access.php?citi_cont_id=495471511&size=200 ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
[良い点] コレまで色々振り回されてきたサチですが、ようやく思うままに動けそうですね(*´ω`*)
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