39話 進軍(サチ視点)
と、いうわけで──
サチは王城を抜け出て、カオルが守るローズ城へ行った。
一万もの兵を動かすとは、思い切った作戦である。「サチの指示に従うように」と、イアンに一筆書いてもらったから、カオルもおとなしく従ってくれた。本心はどうであれ、従ってくれるのはありがたい。イアンの権威の凄さをサチは実感した。
行く途中、移動に使う島々の領主には話を通しておいた。
クルベット卿は典型的な内海領主だ。旧国民、反クロノス、反ガーデンブルグ。快く各島に馬を百頭、船を五十隻ずつ用意してくれた。
そして今、サチは漁船に乗り、最終地点へ向かっている。
サチたちの乗っている漁船は作戦部隊の先頭だ。虫食い穴のある花畑島へは、あと三十分もすれば着く。
──ここまでは上出来だ。ここまでは、な?
そろそろ日が暮れる。
甲板を照らす西日は赤みを帯びていた。兵士たちのほとんどは船室で休んでおり、甲板にいるのはサチとカオル・ヴァレリアン、それと見張り係だけだ。
風が少し冷たくなってきた。
サチは冷えた上腕に手をやり、海面から目を離した。陽の光が和らいだとたん、肌寒くなるのは冬の名残りだ。くしゃみをしそうになって横を向いた拍子に、女みたいな顔の彼と目が合った。
カオル・ヴァレリアン。
一言で言うと、陰険な美男子。
カオル・ヴァレリアンはサチと同じくイアンの家来だ。作戦実行の相棒?に当たる。
普通は容姿端麗だとチヤホヤされる機会が多いので、彼のようにいじけた性格にはならない。そういう意味では、めずらしいタイプと言えよう。
サチとは学院時代の同級生だ。卒業してから二年、ローズ家に仕えているから、職場の同僚でもある。だが、ほとんど話したことはない。
カオルは学生時代と風貌がまるで変わっていた。
学生時代はなぜか顔半分をフェイスベールで覆い隠し、眼鏡をかけていたのである。いつもイアンの後ろに隠れているイメージだった。
今は染めて金髪になっているし、しかもそれをほとんど刈って坊主にしている。
耳だけでなく、鼻や口にも穴を開けて金属を付けるのは、流行りのファッションか何かか? おまけに、薄くてあまり伸びない髭まで生やそうとしていた。まばらにしか生えないから、逆にみっともない。
──これは……たぶん、思春期性自己愛肥大病だな
思春期特有の強い承認欲求やら、劣等感やらをこじらせ、きっと今頃になって遅い反抗期が来てしまったのだ。
こういう分析が非常に失礼とは思いつつ、サチは目をそらしたカオルを生暖かく見守った。
別に痛い奴だろうがなんだろうが、やることだけキッチリやってくれれば文句はない。鼻で笑ったり、見下した態度を取ってきても、気にはならなかった。
サチは彼に嫌われていた。
聞くところによると、彼は子供時代からイアンの家来だったらしいし、おとなしいように見えて自尊心が高い。イアンがサチを重用するのが気に入らないのだ。
カオルが特別めずらしいわけではない。サチは嫌われるのには慣れていた。
庶民というヒエラルキー最下位出身ということで下に見られる。いつだって、態度がデカいと非難されてきた。くわえて剣の腕は、たいしたことないし、子供っぽい体躯だ。
舐められる見た目と経歴なのに、生意気だから学生のころは虐められた。
あのイアンに対しても、ズケズケ物を言ってしまう。それなのに……高慢、わがまま、自己愛の強い暴れん坊が、なぜかサチのことを気に入っているのである。
──この世の七不思議に入るかもしれんな?
本当に不思議だった。
短気なイアンがサチの言うことは、わりと素直に聞き入れるのである。しかしながら、主君以外とも仲良くやっていかねばなるまい。主にだけ気に入られ、他の仲間と仲良くできないのであれば、そのうち必ず足元をすくわれる。
人間関係を少しは改善しようとサチは思った。さり気なく、ジワジワとカオルに近づき、
「風が出てきたな?」
声をかけてみる。自分の中では愛想良くしたつもりだった。
「本当にうまくいくのか?」
カオルはサチをにらみ、普段より低い声を出した。サチはにこやかに答える。
「成功するかどうかは、やってみないとわからない。ただ言えるのは、この方法が最善であるということだけだ」
「要は自信がないと言うことか?」
「そんなこと、一言も言ってないけど……」
「サチ・ジーンニア、おれはおまえをこれっぽちも信用していない。おまえが妙な動きを少しでも見せようものなら、叩き斬ってやるからな?」
せっかく仲良くしようと思って話しかけたのに、宣戦布告を受けてしまった。
──まったく……俺が裏切るとでも思ってるんだろうか? 確かに誘いは受けたが……案外、勘のいい奴なのかもしれないな?
サチからしたら、こんな女みたいな奴に威嚇されようが、怖くも何ともなかった。噛みついてきたことに対して、一定の評価もした。
カオルの気持ちは、わからないでもない。
サチがイアンの反乱に参加したのは途中からだ。何も知らされておらず、ローズ領で通常業務に従事していた。
カオルは謀反の最初から協力している。瀝青城へもイアンと共に突入していた。
にもかかわらず、カオルは王城戦に参加できず、兵の四割を率いてローズ城を守ることになった。
途中から現れたサチがイアンに平然と意見し、我が物顔で兵を動かしているのが許せないのだろう。
「なぜ、ガラク・サーシズを捕らえさせた?」
カオルは強い口調で尋ねてきた。サチはイアンにガラクを捕縛させていたのである。結局、逃げられてしまったが。
こういった情報は王城占拠直後の文により、もたらされている。
「なぜ? 当然だろ? 勝手な命令違反、捕虜の殺害を企てたのだから」
ガラクは瀝青城襲撃中、それぞれの城にいた子供の王子、十六人を暗殺した。
それだけではなく、捕虜となった五人の王子のうち、四人に毒を盛って殺した疑いもかけられている。
一人、運良く食事を取らなかった王子は死んだことにし、ローズ城の隠し部屋に監禁させていた。ガラクの他にも、人質の命を狙う輩がいるかもしれない。
イアンは自分の預かり知らぬところで、ガラクが勝手な行動を取ったのを快く思っていなかった。ゆえに、サチの言う通りにしたのだ。
「しかしジニア、おまえと違い、ガラクは最初の戦いで大きく貢献した。命令違反と言っても、イアンのためにやったことで責められることではない」
「貢献? 貢献だと? 赤ん坊や幼い子を殺すのが貢献と言うなら、もう戦いを降りたほうがいい。間違いを間違いと言えないのなら、この反乱に何の意味がある?」
サチの言葉にカオルはハッとしたが、すぐにまた陰険な表情に戻った。
「クレマンティ宰相を討ち取った話だって、おれは信じてない。おまえみたいに、ほとんど剣を扱えないような奴が……」
「ああ、あれな? 後ろから刺したんだよ。イアンが別の騎士と戦ってる時に狙われていてさ、卑怯とか言ってる場合じゃなかった。イアンを助けるためにしたことだ」
いったん、カオルは黙った。
サチとしては剣の腕云々は否定する気もない。剣術に秀でてないのは事実だし、クレマンティの件に不信感を抱くのも当然だと思った。ただし、この一件には助けられている。首級を上げたおかげで、サチに反発心を持つ者たちも静かになったのである。
カオルはまだ腹に据えかねるようだった。だが、論理的に言い返されては口をつぐむしかないのだろう。反論されても、サチは言い負かす自信があった。
──だから嫌われるんだよな、俺は。自分でもわかっている。
いじめの経験はトラウマになっている。
王立学院に入ったのは完全な手違いだった。最初は王都の高校に通っており、校長の推薦で内海の学術士養成学校へ行く予定だったのだ。
推薦を受けられると聞いた時は泣いて喜んだのだが……なぜか、名門貴族の子女が通う王立学院へ入学することになってしまった。
身分が低いうえにこの性格だ。
真っ正直で、思ったことをはっきり言う。誰にもへりくだらない。虐められるのは必然といえた。
そんなサチをイアンが助けた。イアンとの付き合いはそれからである。恩があるから裏切れない。腐れ縁のようなものだ。
「おまえはユゼフ・ヴァルタンと親しかったな? シーマ・シャルドンの腰巾着の……」
唐突に言葉が落ちてきた。サチが横を見ると、カオルが嫌な目つきしている。
今、ユゼフのことは考えたくなかった。真面目でいい奴だと思っていたのに、クズ野郎に荷担しやがった。
「まさか、おまえもシーマと繋がってないだろうな?」
「それはない」
サチはきっぱりと答えた。何も後ろ暗いところはない。友がシーマの家来だろうが、関係ない。サチは自分の正しいと思った道を歩むつもりだった。
まっすぐに視線を向けると、カオルは目を伏せた。
「そうそう、人の見てくれをとやかく言うのは良くないと思うが……」
友のことを言われて、サチは少々イラついていた。こういう時、余計なことを言ってしまうのは悪い癖だ。
「髭とか全然似合ってないし、髪も短すぎる。ピアスも外したほうがいいと思うよ? 何か痛々しい」
嘲笑しながら言ってやれば、カオルは顔を歪ませ頬を震わせた。案外、どうでも良さそうなことで、自尊心が傷つけられたりするものだ。カオルは顔に付けたピアスを海へ放り投げた。
──仲良くするつもりが、またやってしまったな
まあ、仕方ない。性格だ。
このくだらないやり取りの間、船は目的地へぐんぐん進んでいた。
ピアスが波に呑まれたあと、大陸方面の海に煌めきが見えた。最初は一つだったのが、二つになり、三つになる。
見張りの兵士が鉦を鳴らした。
一番大きい光が規則的に点滅を繰り返して、こちらに信号を送っている。
「やばい!(点滅信号で)漁船を検閲すると言ってきた。どうする?」
カオルの顔が怒りから恐れへ変化する。とうとう来たか、とサチは思った。カオルの問いには答えず、遠眼鏡をのぞき込む。
「やはりな? 予定より早いが想定内だ」
「どういうことだ?」
「シーマは内海の警備を王連合軍ではなく、北に領地を持つ侯爵に任せている。ローズの城へ着くまでに調べたんだが……その人物は王議会員でもあり、以前領地の一部を略奪されたことで、ローズ家と仲が悪い。だから、ローズにつかないと思われているんだ。彼はシーマに信頼されている」
「北に領地を持つ、侯爵?」
「リンドバーグだ」
さあ、これからが山場だ。サチは遠眼鏡を目から離し、微笑んだ。
「これからリンドバーグを調略する」
※アルファベット二重丸が虫食い穴です。同じアルファベットの所へ瞬間移動できます。花畑島→アラーク島。シーラズのすぐ近くのアラーク島は軍船を配備してます。
人物相関図↓
カオル視点↓↓
https://ncode.syosetu.com/n8133hr/11/




