82話 決して折れない剣と眩い水晶
ジャメルの心の中に入ったイアンは──
ジャメルの疑問に対して、イアンは知っている全てのことを正直に答えた。ガラク・サーシズという間者にそそのかされ、謀反を起こしてしまったこと。ガラクはシーマが放った間者で、幼い王子達を皆殺しにしてしまった。
そもそも、あの謀反自体、シーマの企みだったということ。魔国へ逃げたイアン達は魔物に襲われる。魔物の意のままにディアナ(当時は王女)を人質に取った。化け物の目的はユゼフ。だから、ユゼフをおびき寄せたのだ。
「詳しいことは分からない。でも、子供の頃から知ってるユゼフは悪い奴じゃないし、魔王の仲間なんかじゃない。あと、ティモールは元々ユゼフの家来だったのさ。カオルは母親に愛想を尽かした。そう、カオルの母親はディアナ女王だよ。だから、二人とも裏切り者じゃない。ティモールはユゼフのために女王側へ潜入していたのだし、カオルは母親に逆らえなかった」
イアンは心の中でジャメルに伝えた。また、ジャメルの気持ちが流れ込んでくる。ジャメルは懊悩している訳を教えてくれた。
──剣術大会で俺はアスター様に言われるがまま、わざと負けたんだ。相手はいけ好かない奴だったよ。負けたくはなかった。それに、アスター様が次の対戦でその男を殺すと分かっていたのに……
結局、奴は棄権して命拾いした。でも、俺が最低な行いをしたのは覆せない。サチは止めようとしてたのに、聞こうともしなかった。
底辺貴族だった父が死んだ後、俺を引き取ってくれる親戚はいなかった。父のような騎士に憧れていたが、なれるはずもない。一人で生きていくことになった。盗賊になり荒んだ生活を送っていた時、アスター様と出会い、全てが変わると思ったんだ。
けど、俺は卑劣な謀に荷担してしまった。
実はアスター様が不在の時、ディアナ女王からローズへ来ないかと誘われている。オルグ※してきたのは以前、痴漢騒動を起こしたジェームスという騎士だ。
ジェームスは女王派についたクリムトと同じく、アスター様の戦友。痴漢騒動後、アスター様との関係が悪化したんだろう。尚且つクリムトとも親しかったから……ジェームスはアスター様が死んだと思い込んで、他も何人かに声をかけていたよ。女王を城内へ引き入れたのもジェームスだ。
女王が王城に入った時、俺達は魔物の群れが出たとの誤報を受けて城下に降りていた。戻った時、すでに女王は王城を占拠していたのさ。
朝会に姿を見せなかった所を見ると、ジェームスは逃げたのだろう。卑劣か? いや、俺だって裏切ってたかもしれない。女王がヘリオーティスと深い結びつきがなければな。
亡くなった父は今の俺を見てどう思うだろう? 悪事に手を貸し、仲間を無駄死にさせた俺のことを。
「悪事なんかじゃない。魔国へディアナ様を助けに行ったのは、正しいことだった。もし、助けに来てくれなかったら、俺もディアナ様も、サチもニーケ様もイザベラも……恐ろしい魔物に殺されていたよ。今、こうしていられるのはおまえ達が命懸けで戦ってくれたお陰なんだ。それとな──」
イアンは躊躇した。自分が特別だということ。生まれながらに背負った罪のことを話すのは勇気がいる。
「俺はシーマの息子だ。シーマは亜人。俺もシーマもおまえ達と同じ。この力を見れば分かる通り、人間じゃないんだよ」
とうとう、絶対に隠すべき極秘事項を打ち明けてしまった。困惑するジャメルの感情を受け止め、イアンは彼の父の言葉を反芻する。
──お前は誰よりも一途で我慢強い。賢さをひけらかす事もない。決して折れない強い剣と眩い水晶は王の力になるだろう
ジャメルなら大丈夫だとイアンは思った。根拠はないが、何となく。すんなり心を通わせ合えるのは波長が合うからだ。ジャメルとは友達になれるのではないか、そんな気がした。
イアンがジャメルと心の中身を交換したのは、実際の時間ではほんの数秒程度だった。
イアンはパッと離れ、
「またな」
と背を向けた。
今はお目付役が近くにいるから、質問責めにされては困る。
話す機会なら幾らでもある。晴れて、今日からイアンも騎士団の一員だ。これから同じ釜の飯を食らうのだから。
呆然としたままのジャメルを残し、イアンは演習場を後にした。
お目付役──サチが従騎士や僧兵の利用する寮を案内してくれるというので、イアンはついていった。そこでサチとカオルも寝起きしているそう。
「寮へ行く前に上司の所へ行って報告しないといけないんだが、いいか? 昨日は出勤されてなかったから、報告出来なかったんだ」
サチに従い、イアン達は演習場から引き上げ、また本部の建物へ入った。カオルと小太郎も、一人になるのが不安ゆえに同行する。
イアンの足元は覚束なく、ふらふらしていた。力を使いすぎてしまったのである。自然と小太郎の体にもたれかかった。
「おいおい? 大丈夫か? 気分悪いなら……」
「大丈夫だ。しばらくすれば、収まる」
訝しむサチの視線が痛い。
小太郎はイアンの事情を察しているのだろう。何も言わなかった。
サチがくるり前を向き、カオルと並んで歩き始めたので、イアンは胸を撫で下ろした。
しかし、小さな背中は黙らなかった。
「さっきさ、ジャメルと何話してたんだよ?」
「何って……聞こえた通りだよ。俺達が魔国にいた時、ジャメルはユゼフ達とディアナ様を助けに来たんだ。直接対面はしてないけど。後で詳しく話を聞こうと思う」
「ふぅん……聞こえてきた言葉以外に、もっとやり取りをしているように見えたが。それに昔からの知り合いみたいだった」
イアンは返せなかった。
イアンの腕を肩に回し、支えてくれている小太郎が揺れる。
「サチ、イアン様は特別なんすよ。人の上に立つ人だから、なんつーか、普通の人の理解を超えた所があるっすよ」
助けてくれた。拙い言葉でもイアンは嬉しかった。この息子はイアンのことをよく分かってくれるだけでなく、崇拝している。
イアンが連れられたのは偵察部の事務室だった。
偵察部隊長ジャン・ポール・グラニエ。彼がサチの上司。
ツンと上を指す整えられた髭が目を引く。いかにも有能そうな紳士。朝会の前に会っていたので、イアンは軽く目礼した。
こういうインテリ系はイアンの苦手なタイプである。何か質問されて、まともに答えられる自信がない。
報告を聞く前にグラニエは、傍らに控える少年を紹介した。
赤頬の日焼けした少年は貴族というより、商家の長男といった雰囲気だ。少年の名はシャウラ。
五年前、シーラズが暴走したオートマトンの襲撃を受けた時──煙の充満するバザール内に取り残された少年である。
サチに救い出されたことがきっかけで騎士になりたいと思ったとのこと。諸事情あり、グラニエの従騎士になったのだという。
「ジーンニア様のように立派な騎士になれるよう頑張ります!!」
キラキラした目を向けられれば、サチは苦笑。イアンとカオルもつい笑ってしまった。
サチは騎士という柄じゃない。というか、騎士というイメージからかけ離れている。料理と裁縫が得意な騎士なんて、他にいないだろう。剣を振るって戦うより、文官か学匠の方が合っている。
グラニエの冷ややかな視線を受けて、イアンは凍りついた。別にサチを馬鹿にして笑った訳じゃないのに……ローズの国境で初対面した時の優しい感じとは違う。葉の上にいる毛虫を見る目だ。イアンが露骨に蔑視されるのは五年ぶりだった。
「さて、と。突然いなくなった言い訳を聞くとしようか。どうせ、詳しいことは話せぬのだろう?」
打って変わり、グラニエがサチへ向ける眼差しは慈愛に満ちている。
「ええ。アスター様の命により、お話しすることはできないのです」
「心配はしていたけど、団長命令なら仕方ない」
グラニエはあっさり引き下がった。顔には優しげな笑みを浮かべ、心からサチの帰城を喜んでいるようだ。先程、イアンへ向けた目つきとは雲泥の差がある。イアンは理屈で人の行動を理解しない代わりに、細かい表情を読み取ることができた。
アスターの言葉が蘇る。
──抜け目のない男だよ
このグラニエという生真面目なインテリは優秀な部下のサチを可愛がっており、イアンには悪い印象を抱いているようだ。
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