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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる  作者: 黄札
第二部 イアン・ローズとは(後編)二章 神々の島エデン
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67話 泉の守り主

 感情をぶつけられたことで、カオルとの距離がグッと縮まった気がする。歩きながら、イアンは一方的に話した。もっと自分のことを知ってほしい、わかり合いたい――この五年で、イアンは別人のように変化した。世間の荒波に揉まれ、庶民の生活を知り、生まれ変わったのだ。

 

「孤児というのは恐ろしい目や(つら)い目にあって、心に傷を負っている。だから、絶対に否定したり、体罰を与えてはいけないんだ。同じ目線に立って寄り添ってやる……」


 イアンは教会で、神父の手伝いや子供の世話をしていた。お坊ちゃま育ちのカオルには、想像もつかない世界だろう。乳児のオムツ替えや、食事の与え方、遊ばせ方など――子供との触れ合いは楽しくもあり、大変でもあった。

 また、魔国での体験も得難いものだった。普段、何も考えずに食べているパンの原料が小麦で、どのように作られるか、カオルは知らないはずだ。


「脱穀板に置いてから棒で叩く。これが結構、力を要する。籾殻と中身をバラバラにしたら、今度はゴミと食べるところを選別する。ハンドルを回して風を起こすだけのシンプルな装置を使うんだ。そうして、風の力で麦の実だけにする。それとな、野菜の作付けは春にやるんだが……」


 麦踏みの話をしようとしたところで、聞いているかいないか、わからなかったカオルが急に反応した。

 

「へぇ……一応言っとくけど、君の話すことは一般常識で、誰でも知ってるようなことだよ? 世間を知らずに生活してきたから、ちょっとした体験でも新鮮に思えるかもしれないが……」


 口を開いてくれたのは喜ばしい。だが、若干馬鹿にした口調なのは、いかがなものか。


 ――脱穀やオムツ替えが一般常識のわけないだろ!? 知ったかぶりするな!


 言い返してやりたいのをグッとこらえ、イアンは足を速めた。また、機嫌を損ねられても困る。しゃべることで、嫌な態度を取られるのも腹が立つし、気まずい沈黙に逆戻りも避けたい。

 突破口を見いだせずにいたところ、前方に光が見えた。誰かの通ったあとか?……いや、外へつながっている?? 道の終わり、最終地点か!? 退屈な通路からの脱却は心躍らせる。イアンは走り出した。


「あっ! 待てよ!」


 カオルの声が追いかけてきても、イアンの全意識は光に集中した。陽光とは違う。もっと超自然的な光だ。グリンデル水晶にも似ている。

 好奇心を刺激されることにより、周りが見えなくなるのは、いつものこと。イアンは光めがけて突っ走った。


 闇に浮かぶ光源はゴールに決まっている。光の札など不要だ。ゴツゴツした地面を軽やかに蹴り、飛ぶように走った。

 光が強まり、やがて眩しくて目を細めるほどになると、イアンは急停止した。


「痛っ!」


 追いかけてきたカオルが勢い余って、背中にぶつかった。鼻をさすりつつ、横に並び、息を呑む。イアンはカオルの所作など気にならないほど、目を奪われていた。


 目前に横たわるのは光り輝く湖だった。

 王都より北東方面にあるシーラズ湖と同じくらいの広さかもしれない。洞窟の中だから距離感がいまいちつかめないが、ここからは対岸が見えなかった。広大である。


 何より驚いたのは、湖がぼんやり光を発していることだ。光の正体は、プワプワ浮きあがっては沈む白い綿毛のような物体。それが湖の至る所に散らばり、柔らかな光を飛ばしている。


「ああ……美しいな」


 イアンは感嘆した。ここがどこだか忘れてしまうほど見入ってしまう。

 水面は穏やかに波打ち、溢れ出た水が足元を濡らした。水は洞窟内を通り、川へ流れ込んでいる。

 分かれ道の地面は両方濡れていた。サチが行った道も、この湖とつながっているのかもしれない。滝の音はもっと奥である。


 しかし、ぼんやり眺めてもいられなかった。強大な力を感じたのだ。魔力とはまた種類の異なる、霊力といった類のものか。イアンは一歩下がり、二歩下がった。

 二歩目、下がったところで、カオルも感づいたようだ。

 

「カオル、おまえは逃げろ! とんでもない化け物が控えてる。アスターとサチに伝えてくれ。逃げるように……」

「逃げろって……ここまで来てからか?」

「そうだ。普通の人間じゃ太刀打ちできない……ダモン! 飛べ!!」

「ニゲロオォォォォォォ」


 イアンはダモンを来た道のほうへ放った。間に合ってほしい。ここからは異形同士の戦いだ。人間とはレベルが違いすぎる。イアンは一人で戦うつもりだった。


 ダモンの後ろ姿を確認する間もなく、穏やかだった湖面が盛り上がった。

 さざ波は津波へと変わる。優しげな水音は轟音へと。闇に覆われる直前、イアンはカオルを突き飛ばした。

 巨大な波が被さってくる。瞬間、イアンは呑み込まれた。


「イアンっ!!」

 

 カオルの声を聞いた時、イアンは敵に捕われていた。

 四箇所、胴体を刃物で軽く刺されている。地味な痛みは浅いことを示していた。致命傷を与えるのではなく、固定するために刺しているのだ。

 そう、イアンは獰猛な獣に咥えられているのであった。鋭利な牙が奥まで刺さっていないのは、手加減しているからだろう。

 視界にいくつもの大蛇の首が映った。自分を咥えているのはそのうちの一頭だ。首は全部でいくつか、一、二、三、四……

 

「ヒュドラ……」


 数えている途中に名前が出てきた。思ったとおり、ここがゴールだったってわけだ。

 ヒュドラは九つの首を持つ水蛇。エデン人はオロチと呼んでいる。神話に出てくる伝説の怪物が、今まさにイアンを喰らおうとしていた。


 黒くしなやかな肢体をうねらせ、獰猛な目を光らせる蛇の直径は人間の三人分あるだろうか。イアンだったら、なんとか一回で断ち切れるかもしれない。真っ赤な舌で、チロチロ舌なめずりする視線の先にはカオルがいた。

 クロがしきりにニャンニャン話している。そんなことはどうでもいい。


 ――助けなくては!


 イアンは身をよじり、腰から短剣を抜いた。上体を起こすと牙が食い込むが、気にはしていられない。素早く蛇の眼球に刃を刺した。

 

 刹那、雄叫びと同時に解放される。イアンは水の中へと落ちた。ヤバい、泳げないと焦ったのは、水しぶきが上がってからだった。

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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる設定集

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[良い点] カオル、男を見せろ(`・ω・´)
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