36話 王城へ突入(サチ視点)
イアンから目を離すべきではなかった。
ちゃんと見ていれば、謀反を防ぐことができたのだ。ガラク・サーシズのような悪人から遠ざけるべきだった。おかしな空気を感じとった時に、イアンを問いただせば良かったのだ。
後悔先に立たず。そんなものは布にくるんで、心の隅に置いておけばいい。サチは気持ちを切り替え、瀝青城を占拠したイアンのもとへ向かった。
腹を決めたのはいつだったか。
王子を三十九人も殺して、もうあとには退けない。いつものように、謝罪と金で済む問題ではなかった。命? イアンの命だけで済むのなら、サチは喜んで差し出しただろう。
だが、多くの人を巻き込んだ戦いは始まってしまった。国を二分するほどの内乱である。
終わらせるために、命一つだけでは済まされない。やるなら徹底的にやらねば、食い荒らされる。
そうと決まったら、サチは自分でも驚くぐらい冷酷になれた。余計な感情は捨て、ただ勝つためだけに思考を巡らせる。
幸いにも、サチは誰よりも信頼されていた。
王城へ攻め入る際の段取りは、サチがほとんど考えた。不本意とはいえ、やるからには作戦を練り、イアンに提案する。
瀝青城での謀反発生が伝わり、王城は混乱状態にあった。
情報が錯綜するなか、誤報を流すのはたやすい。クロノス国王に不満を持つ者は少なくないからだ。国王に不利な情報を流せば、瞬く間に広がった。
デマの内容は……乗っ取った瀝青城を本拠地とし、二十八人の王子を人質にとっていると。結果、王軍のほとんどが瀝青城へ向かった。
事実はほぼ皆殺し。わずかな人質はローズ城へ送ったので、瀝青城に兵はいない。
王城の守備が弱まったところで、小数を装いイアンはクロノス国王を告発した。
深夜、月のない夜だった。
星明かりすら届かない曇り空がイアンに味方した。上から下まで身に着けた甲冑が鈍い光を放つ。イアンもサチも他の兵士たちと同様、フルアーマーだ。
「余、イアン・ローズは精霊の御名において、鳥の王国国王クロノス・ガーデンブルグを告発する」
告発の文言はこの一言から始まった。
告発文の内容は各地の諸侯へと送られている。内容は以下。
ガーデンブルグはグリンデル王国、ヴァルタン家と共謀し、他の領主、諸侯、及び国民を欺く重罪を犯した。
アオバズクへ攻め入り、亜人を大量輸送する計画を公にせず、極秘裏に進めた。よって、二十八人の王子、ヴァルタン親子、グリンデルの高官らが瀝青城で行った密約を余は摘発する。
これは謀反ではなく、王子とヴァルタン家、グリンデルの謀議を世間に開示するため行ったことである。
王国憲法第十二条、王議会過半数の賛成、又は投票により国民の過半数以上の支持を得られなければ、防衛以外の目的で軍を動かし開戦することを禁ず……とある。また憲法二十条、法に反する行為が未然の場合であっても、謀議を行った時点で処罰の対象になる……とも。
国王と王子はグリンデルと共謀し、議会、国民を蔑ろにし、軍を私利私欲のため、承認なしに動かそうとした……
「よって、余はクロノス・ガーデンブルグを重罪人として告発する」
イアンが告発文を高らかに読み上げた時、松明は前衛隊にしか持たせなかった。
数百人で抗議しているように見せかけるためである。
ただの抗議であり、宣戦布告ではないと印象づけた。本当は後ろに二万を越える兵が控えていた。
国王側はまんまと騙され、跳ね橋を下ろし兵を突撃させた。
謀議をばらされたことは、国王にとって痛手だった。ゆえに、イアンを生け捕りにしようとしたのだ。裁判にかけ、自白させ、利己的な謀反であったことを世間に強調したかったのだろう。
狭い橋を進軍する兵士は、イアン側の弓騎兵の標的となった。
矢印に布陣した槍部隊が前衛隊で、その後ろに弓騎兵が控えていた。射損じた兵を、前衛の槍部隊が突き刺していく。
イアンの兵は跳ね橋を渡って、城内へ一気に攻め入った。
王城へ入った後、サチは無我夢中で剣を振り回し、戦うしかなかった。戦いを好まなくても、突入の段取りを考えた当人が、本番で逃げるわけにはいかなかったのである。
その時、初めて人を殺した。
いったい何人、殺したかはわからない。首を狙われるイアンを援護しなければならなかった。
ギリギリまで追い詰められた人間は、とんでもない力を発揮することがある。剣などほとんど握ったことがないのに、初陣でサチは主君を守り抜いた。
イアンが肩を槍で貫かれた時、すでに軍は主殿内へ入り込んでいた。サチは手当てのため、イアンを後退させようとしたが、当の本人が首を横に振った。
「たいしたケガじゃない。それより、大将である俺がいなくなっては士気が下がる」
国王を早く見つけ出し、首を取らなくてはいけない……もっともだ。
焦り始めたころ、甲高い呼び笛の音が主殿中を駆け巡った。これは大将首や有益な人質を見つけた時の合図だ。
音の方へイアンとサチは走った。
音は下の階から聞こえる。
地下のワイン貯蔵庫の入口でガラク・サーシズの家来が呼び笛を吹いていた。
イアンとサチは地下へと下りていった。ひんやりした貯蔵庫は広い。枝分かれした道を、松明の灯っている方へ進んだ。
奥にたどり着くと、ガラク・サーシズに剣で脅される壮年の男が見えた。
金糸で細かい刺繍を施した上衣は血に染まっており、肩から胸まで切り裂かれている。男は膝と手を床につき、四つん這いになっていた。男に隠れるようにして、鳶色の髪の美しい娘が震えている。
「イアン様、ここにおられるのは、クロノス・ガーデンブルグに間違いありませんか? 私は遠くからでしか見たことがないので、自信がないのです」
ガラクは、蛇のような嫌らしい笑みを浮かべていた。
イアンの母、マリアはミリアム王妃の姉である。
王家と親戚関係にあるイアンは当然、国王と何度も顔を合わせている。確認させるため、ガラクはイアンを呼んだのだ。
イアンはまず、男の後ろにいる美しい娘を見た。彼女はイアンの従姉妹のヴィナス王女だ。イアンは兜を脱いで顔を見せた。
ガラクの足元でうずくまっている男は、間違いなくクロノス国王だった。
国王はイアンの顔を確認するなり、真っ赤な顔で怒鳴り始めたのである。
「イアン・ローズ、問題児めが! このような行いが許されると思っておるのか? そなたのような問題児が生き長らえているのは、ローズが王妃の実家ゆえ。今までそなたが問題行動を起こしても、王家の力で揉み消すことができた。それをこんな形で、恩を仇で返しおって! この赤頭が!」
イアンは国王の剣幕にたじろいだ。国王は罵倒を止めなかった。
「ヴィナスはこんなことにならなければ、そなたと結婚させる予定だった。気の狂った赤頭との結婚がなくなって、この娘にとっては僥倖であろう。そなたの祖父とは戦友であったが、孫の出来が悪く、奇行を繰り返すのは気の毒極まりない……」
国王はそこまで話してから、咳き込んだ。ヴィナスが涙を流し、訴える。
「お父様は大けがをされているの。ねぇイアン、お願い、見逃して。どうして、こんな酷いことをするの? 本当のあなたは優しい人なのに……」
イアンは何も言わず、立ち尽くした。様子をうかがっていたガラクが声を弾ませる。
「国王に間違いないようですね」
俄かに、背後から甲冑の擦れあう音と派手な足音が聞こえてきた。五、六人はいるだろうか。呼び笛の音を聞いた兵が来たのだろう。
どちらの兵かはわからない。
「おや? 誰か来ましたね。国王と姫君は奥の部屋に隠します。問題があれば、お呼びください」
ガラクは通路の奥にあった扉を開け、国王を引きずりこんだ。
開け放てば、全域を確認できる狭い部屋だ。小規模な書斎にも見える。壁一面に本が並べられていた。
恨めしそうに振り返ってから、ヴィナスも部屋へ入った。
寸差……危ういところだった。
バタンと扉が閉まった直後、現れたのは味方の兵ではなく、宰相クレマンティとその配下の騎士たちだった。
イアン(AI)↓↓




