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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる  作者: 黄札
第一部 新しい王の誕生(前編)三章 策略
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36話 王城へ突入(サチ視点)

 イアンから目を離すべきではなかった。

 ちゃんと見ていれば、謀反を防ぐことができたのだ。ガラク・サーシズのような悪人から遠ざけるべきだった。おかしな空気を感じとった時に、イアンを問いただせば良かったのだ。

 

 後悔先に立たず。そんなものは布にくるんで、心の隅に置いておけばいい。サチは気持ちを切り替え、瀝青城を占拠したイアンのもとへ向かった。


 腹を決めたのはいつだったか。

 王子を三十九人も殺して、もうあとには退けない。いつものように、謝罪と金で済む問題ではなかった。命? イアンの命だけで済むのなら、サチは喜んで差し出しただろう。

 だが、多くの人を巻き込んだ戦いは始まってしまった。国を二分するほどの内乱である。

 終わらせるために、命一つだけでは済まされない。やるなら徹底的にやらねば、食い荒らされる。

 そうと決まったら、サチは自分でも驚くぐらい冷酷になれた。余計な感情は捨て、ただ勝つためだけに思考を巡らせる。

 幸いにも、サチは誰よりも信頼されていた。


 王城へ攻め入る際の段取りは、サチがほとんど考えた。不本意とはいえ、やるからには作戦を練り、イアンに提案する。

 

 瀝青城での謀反発生が伝わり、王城は混乱状態にあった。

 情報が錯綜するなか、誤報を流すのはたやすい。クロノス国王に不満を持つ者は少なくないからだ。国王に不利な情報を流せば、瞬く間に広がった。

 デマの内容は……乗っ取った瀝青城を本拠地とし、二十八人の王子を人質にとっていると。結果、王軍のほとんどが瀝青城へ向かった。

 

 事実はほぼ皆殺し。わずかな人質はローズ城へ送ったので、瀝青城に兵はいない。

 王城の守備が弱まったところで、小数を装いイアンはクロノス国王を告発した。

 


 深夜、月のない夜だった。

 星明かりすら届かない曇り空がイアンに味方した。上から下まで身に着けた甲冑が鈍い光を放つ。イアンもサチも他の兵士たちと同様、フルアーマーだ。


「余、イアン・ローズは精霊の御名において、鳥の王国国王クロノス・ガーデンブルグを告発する」


 告発の文言はこの一言から始まった。

 告発文の内容は各地の諸侯へと送られている。内容は以下。


 ガーデンブルグはグリンデル王国、ヴァルタン家と共謀し、他の領主、諸侯、及び国民を欺く重罪を犯した。

 アオバズクへ攻め入り、亜人を大量輸送する計画を公にせず、極秘裏に進めた。よって、二十八人の王子、ヴァルタン親子、グリンデルの高官らが瀝青城で行った密約を余は摘発する。

 これは謀反ではなく、王子とヴァルタン家、グリンデルの謀議を世間に開示するため行ったことである。

 

 王国憲法第十二条、王議会過半数の賛成、又は投票により国民の過半数以上の支持を得られなければ、防衛以外の目的で軍を動かし開戦することを禁ず……とある。また憲法二十条、法に反する行為が未然の場合であっても、謀議を行った時点で処罰の対象になる……とも。

 

 国王と王子はグリンデルと共謀し、議会、国民を(ないがし)ろにし、軍を私利私欲のため、承認なしに動かそうとした……


「よって、余はクロノス・ガーデンブルグを重罪人として告発する」


 イアンが告発文を高らかに読み上げた時、松明は前衛隊にしか持たせなかった。

 数百人で抗議しているように見せかけるためである。

 ただの抗議であり、宣戦布告ではないと印象づけた。本当は後ろに二万を越える兵が控えていた。

 

 国王側はまんまと騙され、跳ね橋を下ろし兵を突撃させた。

 謀議をばらされたことは、国王にとって痛手だった。ゆえに、イアンを生け捕りにしようとしたのだ。裁判にかけ、自白させ、利己的な謀反であったことを世間に強調したかったのだろう。

 

 狭い橋を進軍する兵士は、イアン側の弓騎兵の標的となった。

 矢印に布陣した槍部隊が前衛隊で、その後ろに弓騎兵が控えていた。射損じた兵を、前衛の槍部隊が突き刺していく。


 イアンの兵は跳ね橋を渡って、城内へ一気に攻め入った。

 王城へ入った後、サチは無我夢中で剣を振り回し、戦うしかなかった。戦いを好まなくても、突入の段取りを考えた当人が、本番で逃げるわけにはいかなかったのである。

 

 その時、初めて人を殺した。

 いったい何人、殺したかはわからない。首を狙われるイアンを援護しなければならなかった。

 ギリギリまで追い詰められた人間は、とんでもない力を発揮することがある。剣などほとんど握ったことがないのに、初陣でサチは主君を守り抜いた。


 イアンが肩を槍で貫かれた時、すでに軍は主殿内へ入り込んでいた。サチは手当てのため、イアンを後退させようとしたが、当の本人が首を横に振った。


「たいしたケガじゃない。それより、大将である俺がいなくなっては士気が下がる」

 

 国王を早く見つけ出し、首を取らなくてはいけない……もっともだ。

 焦り始めたころ、甲高い呼び笛の音が主殿中を駆け巡った。これは大将首や有益な人質を見つけた時の合図だ。


 音の方へイアンとサチは走った。

 音は下の階から聞こえる。

 地下のワイン貯蔵庫の入口でガラク・サーシズの家来が呼び笛を吹いていた。

 イアンとサチは地下へと下りていった。ひんやりした貯蔵庫は広い。枝分かれした道を、松明の灯っている方へ進んだ。

 奥にたどり着くと、ガラク・サーシズに剣で脅される壮年の男が見えた。

 金糸で細かい刺繍を施した上衣は血に染まっており、肩から胸まで切り裂かれている。男は膝と手を床につき、四つん這いになっていた。男に隠れるようにして、鳶色(とびいろ)の髪の美しい娘が震えている。


「イアン様、ここにおられるのは、クロノス・ガーデンブルグに間違いありませんか? 私は遠くからでしか見たことがないので、自信がないのです」


 ガラクは、蛇のような嫌らしい笑みを浮かべていた。

 イアンの母、マリアはミリアム王妃の姉である。

 王家と親戚関係にあるイアンは当然、国王と何度も顔を合わせている。確認させるため、ガラクはイアンを呼んだのだ。

 

 イアンはまず、男の後ろにいる美しい娘を見た。彼女はイアンの従姉妹のヴィナス王女だ。イアンは兜を脱いで顔を見せた。

 ガラクの足元でうずくまっている男は、間違いなくクロノス国王だった。

 国王はイアンの顔を確認するなり、真っ赤な顔で怒鳴り始めたのである。


「イアン・ローズ、問題児めが! このような行いが許されると思っておるのか? そなたのような問題児が生き長らえているのは、ローズが王妃の実家ゆえ。今までそなたが問題行動を起こしても、王家の力で揉み消すことができた。それをこんな形で、恩を仇で返しおって! この赤頭が!」

 

 イアンは国王の剣幕にたじろいだ。国王は罵倒を止めなかった。


「ヴィナスはこんなことにならなければ、そなたと結婚させる予定だった。気の狂った赤頭との結婚がなくなって、この娘にとっては僥倖であろう。そなたの祖父とは戦友であったが、孫の出来が悪く、奇行を繰り返すのは気の毒極まりない……」

 

 国王はそこまで話してから、咳き込んだ。ヴィナスが涙を流し、訴える。


「お父様は大けがをされているの。ねぇイアン、お願い、見逃して。どうして、こんな酷いことをするの? 本当のあなたは優しい人なのに……」


 イアンは何も言わず、立ち尽くした。様子をうかがっていたガラクが声を弾ませる。


「国王に間違いないようですね」


 (にわ)かに、背後から甲冑の擦れあう音と派手な足音が聞こえてきた。五、六人はいるだろうか。呼び笛の音を聞いた兵が来たのだろう。

 どちらの兵かはわからない。


「おや? 誰か来ましたね。国王と姫君は奥の部屋に隠します。問題があれば、お呼びください」


 ガラクは通路の奥にあった扉を開け、国王を引きずりこんだ。

 開け放てば、全域を確認できる狭い部屋だ。小規模な書斎にも見える。壁一面に本が並べられていた。

 恨めしそうに振り返ってから、ヴィナスも部屋へ入った。


 寸差……危ういところだった。

 バタンと扉が閉まった直後、現れたのは味方の兵ではなく、宰相クレマンティとその配下の騎士たちだった。




イアン(AI)↓↓

挿絵(By みてみん)

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