表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる  作者: 黄札
第二部 イアン・ローズとは(後編)二章 神々の島エデン
361/874

43話 美味しい雑炊とお布団と

(イアン)


 赤い灯りへ向かって歩けば、茅葺き屋根の屋敷が見えてきた。

 思っていたより大きい。農家の中でも長者が住むような屋敷である。この人数で押しかけても問題なさそうだ。


 木々が途切れ、柔らかな草原が風に揺れている。馬の足音も心なしか軽快だ。




 (たける)の婆さんは玄関先まで出迎えてくれた。

 背はほぼ直角に曲がっているが、歩き方はシャンとしている。皺だらけの顔をもっと皺くちゃにして笑う姿に、邪気は感じられなかった。


 安堵した途端、イアンの体から力が抜けていった。



「おやまぁ……おやまぁ、おやまぁ……」



 婆さんは「おやまぁ」を延々と繰り返した。

 大陸の言葉は喋れないらしい。

 屋敷の脇の薪置き場に馬をつなぎ、イアン達は井戸の水で足を洗った。

 一日馬に揺られ、むくんだ足にひんやりした水が気持ちいい。


 履き物を脱いで中へ入ると、囲炉裏にかかった鍋がグツグツと煮え立っていた。

 鼻をくすぐるのは素朴で暖かい香り──



「こんな山奥じゃから、大したもんは出せませんで……」


「とんでもない。ご厚意感謝いたします」



 忠兵衛がエデン語でにこやかに応対する。

 イアン達は囲炉裏を囲んで輪になった。



「まあ、趣があって素敵なお家。(たける)君はこの広いお家にお婆さんと二人きりで住んでるの?」



 イザベラは上機嫌で岳に話しかけている。

 本来の目的など忘れ、すっかり観光気分である。

 岳も婆さんも大陸語は片言しか話せないため、小太郎が通訳に入った。


 二人の他に家族はいないようだった。

 山菜を採ったり、裏の畑で作物を育てたり、春になれば川の水が溶けるので魚を捕ったりと、自給自足の生活をしているとのことだった。


 何か腑に落ちないが、岳の見た目が特殊なので山に籠もらざるを得ないのだと、イアンは前向きに捉えた。


 婆さんは木の(わん)に雑炊をよそい、岳がそれを手伝う。

 

 渡された椀からは食欲を刺激する湯気がモクモク立ち上った。

 茶、黄、それに赤っぽい粒々が溶けかけてるのは雑穀だろう。全体的に白いのは花びらのようなものが沢山入っているからか。上にはそこら中に生えている雑草が載っている。


 温かい椀を渡されても、イアン達は固まっていた。食事をご馳走になることまでは想定していない。


 熱々の雑炊を真っ先に食べ始めたのはイザベラだった。



「美味しい!! これ、入ってるのはユリ根でしょう。来る時にユリが沢山生えている所を見たのよ。甘くて美味しい」



 一瞬白けたが、これで食べて問題ないことが証明されたので皆食べ始めた。



 ──全く、ここをどこだと思ってるんだ



 一つ目の岳以外、異形にはまだ一度も遭遇していない。しかし、足を踏み入れたら最後、生きては帰れないと言われている魔境である。


 そこで、見ず知らずの民家に上がり込み、食事を振る舞われている状況なのだ。何の疑いも持たずに食べれる神経がおかしい。


 イアンはゴチャゴチャ思いつつも、温かい雑炊を(すす)った。

 昼頃、麓の湖で残り物の焼きむすびを食べたきりである。腹も減っていたし、疲れた体に沁みる。


 甘くホクホクしたユリ根は口の中でスッと溶けた。ピリリとしたナズナやキビ、アワ、ヒエなどの雑穀からは色んな味がする。



「美味しい……」



 自然と言葉が出た。

 こういった温もりがずっと欲しかった。

 素朴であっても、いたわりを感じられるような。たとえそれが偽りだったとしても。

 

 表向き、ローズ城での暮らしは豪奢だった。それなのにイアンの心はいつも荒んでいた。抱擁されたりキスされたり、愛情の籠もった接触を親からされた記憶はない。養母のマリアは義務的にイアンを育てただけだったのだ。


 いっそ、平民の家に引き取られた方が幸せだったかもしれない。貧しくても愛されるのであれば。微笑み合う岳と婆さんを横目に、イアンはそんなことまで思ってしまうのだった。 


 だが……



「俺様、お坊ちゃま育ちだし、雑草とか食べて後で腹が痛くならないか心配……」 



 ティモールの言葉で感傷的な気分は台無しになった。言う割にティモールはズルズル物凄い勢いでかき込んでいて、もう二杯目である。


 何食べても一番平気そうなのはおまえだろと、イアンが言おうとした所で、



「やだ。もてなしを素直に受けられないのは失礼だわ。品位というものはこういう所に表れるものよ」


 イザベラが代わりに言ってくれた。



「どーせ、言葉通じてねぇし。だいじょぶ、だいじょぶ」


「聞こえているぞ。嫌なら食べなくていい。お前だけ外で寝ろ……と婆さんが申しておる」


 すかさず、小太郎が訳した。



「げっ……嘘だろ? 今、婆さん喋ってた? ニコニコしてんじゃねぇかよ。それ、お前の主観なんじゃ……」


「ティモール君、ちょっといいかな? 寝る前に少し話そうか?」



 と忠兵衛。

 それでやっとティモールは大人しくなった。

 

 全くこのティモールとかいう変人は……


 馬鹿だが、どこか憎めなくて馴染みやすいというか……緊迫した場面や生真面目に振る舞うべきであっても、気を抜かせてくれるというか……



 ──悪い奴じゃないかもしれない



 イアンはティモールのトサカ頭を見ながら思った。


 見上げた所、天井の骨組みと梁は剥き出しになっている。囲炉裏から上がる煙で燻され、黒ずんでいた。どれだけの年月にさらされて黒くなるのかは分からないが、かなりの時を要するのは間違いない。

 

 黒光りした材木は美しかった。





   ††  ††  ††


 食事を終えると、イアン達は奥の座敷へ案内された。


 六人で寝るには少々狭い。

 だが、外よりマシである。布団は四枚しかなかったので、イアン、カオル、イサベラは一枚ずつ。忠兵衛とティモールが同じ布団で寝ることになった。

 小太郎は縁側に出て寝ずの番をするという。



「途中で変わるよ」


 イアンは言ったが、小太郎は首を振った。



「イアン様はゆっくり休んでくだせぇ。わし、一晩くらい寝なくても平気だし」


 

 ティモールは回廊側に寝たいと言い張り、イザベラは奥がいいのでイアンとカオルが挟まれる形になった。


 何か言いたそうな忠兵衛も、一番この並び方が賢明なのだと考え直したのだろう。作法云々は言わなかった。


挿絵(By みてみん)


 皆、疲れていた。

 マントや上衣を脱ぎ横になる。

 布団は何やら香ばしい匂いがして気持ちいい。胸一杯に吸い込んで、そのまま眠りへ落ちてしまいそうだった。



「ねぇ、イアン。魔国で暮らしていた時のこと、思い出さない?」



 すんでのところで、イザベラに引き戻された。

 イザベラは布団一枚分空けた所で寝ている。イザベラとの距離が離れているため、他がギュウギュウなのである。それはまあ仕方ないとして……



「何にもすることのない午後は、よくこんな風に並んで昼寝したじゃない。芝生の上にゴロンと横になって……」



 ズー…ズルピー……ズー…ズルピー……ズー……


 ダモンが枕元でいびきをかいている。

 反対端で寝ているティモールが「うるせぇ」と呟いた。



「色々と不自由はあったけど、案外楽しかったわ。私達、とっても仲良しだったじゃない。ほんとの家族みたいに」



 イザベラの言う通りだった。

 イアン、サチ、イザベラ、ニーケの四人は助け合い睦まじく生活していたのである。四人の間に身分差はなかった。村の湖で釣りをしたり、城内にあったピアノを連弾したり、草むしりの手伝い、料理……何をするにも一緒で……

 禁忌とされていた塔の扉をイアンが開けるまでは──



「私達、バラバラになってしまったけど、また戻れないかしら? 前みたいな仲良しに」



 イアンはすぐに答えず天井を睨んだ。

 座敷の天井は剥き出しではなく、板が張ってある。木目の模様を見ていると、凝視されているような錯覚に陥る。



「ライラは死んだ。村の人達も……」



 拒絶の代わりに残酷な事実を突きつけた。


 ライラというのは妖精族の娘だ。魔国に滞在中、知り合ったイアンの恋人である。彼女は毎日城に入り浸っていたのだ。イザベラとも仲が良かったし、ニーケもよく懐いていた。



「私のせいだって言いたいの?」


「いや、俺が悪い」


「誰も悪くないわ。しょうがなかったのよ。それに充分反省したでしょう? 私もあなたのことを責めすぎたと思ってる」


「でも、もう時間は取り戻せない」


「互いに思いやることはできるわ」



 しばし、会話が途切れた。

 床の間に貼った光の札が、ぼうっと穏やかな光を投げかける。



「全て終わって大陸へ帰ったら……私、ディアナ様に話してあげてもいいわ。大丈夫。ああ見えて甘い所もあるし、感情で動く人だから。あなたのことも、サチのことも受け入れてくれると思う。このままアスターに従っていたって、ろくなことにならないもの。それにシーマはもうおしまいよ」



 最後の言葉はズシリと胸に響いた。


 ──なぜだ? どうして胸が痛くなるのだろう



 幸い、思い悩む前に睡魔が襲ってきた。

 どろり、不安も憐れみも飲み込まれる。

 イアンは夢の世界へ旅立った。

この後、カットしたティモール視点はこちら↓↓↓


https://ncode.syosetu.com/n8133hr/51/

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
不明な点がありましたら、設定集をご確認ください↓

ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる設定集

cont_access.php?citi_cont_id=495471511&size=200 ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
[良い点] イザベラがなんと言おうとディアナは信用出来ないですね(;´д`)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ