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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる  作者: 黄札
第二部 イアン・ローズとは(後編)二章 神々の島エデン
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18話 混沌

(イアン)


 意識を失っていたサチに船長が呼気を吹き込んだ。


 辺りはもう薄闇に包まれている。

 足元から冷気がせり上がってきた。

 

 一体、どういうことなのか。

 初めて見る人魚に意味深な言葉。


 ──王を守らなくては。それが我らの役目




「……ゲッ、ゲホッ、ゲホッ、ゲホッ……」



 サチが息を吹き返した。

 激しくむせて水を吐く。

 船長はサチを横に向けた。


 イアンの後ろでアスターが安堵の息を吐く。それを聞きながら、イアンの緊張は解けていった。



 ──良かった



 何度、自分のせいで殺しかけてるのだろう。

 アスターがサチを巻き込んだとはいえ、俺と仲が良くなければこんな目には遭わなかったのだ……イアンはそう思った。



「サチ! サチ! 大丈夫か?」



 情に弱いイアンは目に涙を浮かべつつ、サチの背中をさすった。

 


 ──元々不幸な生い立ちなのに、俺のせいでもっと酷い目に……騎士団でもいじめられていたに違いない……



「もう大丈夫だろう。大袈裟な……こいつは簡単には死なぬ男だぞ」



 後ろからアスターの声が聞こえた。

 振り返れば、腕組みしてでんと構えている。



「死ぬ所だったんだぞ!? シーマのことはサチに何の関係もない。あんたがサチを巻き込まなければ、こんなことには……」


「死んでないだろうが。いちいち仰々しく騒ぐな。みっともない」


「何だと!」



 またいつもの喧嘩へ発展しそうになり、ハッとする。



 ──今は喧嘩してる場合じゃない



 二人が言い合いをしている間にサチは一通り吐き終わり、起き上がった。瞳は虚ろだし、薄暗くても顔が白いのは分かる。



「サチ! 気がついたか?」



 サチは微かに頷き、松林の方を見やった。風が流れてきて、人工的な香りを運んできた。

 香やら椿油、高級なシャボンの匂い──



「誰か来る!」



 イアンは立ち上がり、(アルコ)の柄に手をかけた。



 ──何人だ? 一、二、三、四……五

 


 自分でも気付かない内に戦闘モードへ切り替わる。気を読み取る能力も当然のごとく使いこなしていた。寒さで小刻みに震える身体も剣柄を握った途端、シャキッとする。



 ──五人くらいなら、アスターと二人で何とかなる


 

 一方のアスターは悠然と立ったまま、空なんか仰いでいる。



「アスター、来るぞ……」


「来てから構えれば良いだろう。私は人の気配を読めぬが、この風は良い風だ。大人数でなければ問題ない」


「んな、悠長に構えてる場合か。サチは動けないし、船を沈められたんだ」


「イアンよ、お前はいつも尖り過ぎだ。人間の集中力は保てる時間が決まってる。状況を見て鷹揚に構えなくては足元すくわれるぞ」


「は??」



 一瞬それた注意を取り戻させたのは、鳥の羽ばたきである。


 バサバサッとガサツな音を立てながら向かってくる影が一つ。鳥……にしては不格好でやや滑稽な……だが、そこが愛らしい──



「ダモンッ!!!」


「イアンサマーーーーー!」


 

 黄色い声を上げながら、猛スピードで飛んでくる。太ってる割に飛ぶ速度は速いのだ。

 まばらな配色の羽根を広げれば、不気味な模様が浮かび上がる。山羊の角に牙をのぞかせ暗い目をした………悪魔の顔だ。ダモン本人は丸くつぶらな目をしているのだが。


 思わぬ再会にイアンは気を緩ませた。

 その隙にダモンが来た方角、松林へアスターは走り始めた。


 派手に砂を巻き上げ、ダモンと変わらぬ速度で。走りながら抜刀する。



「え? あ? アスター!?」



 イアンは慌てて後を追おうとした。

 考える間もなく、追いかけるしかない。

 障害物の何もない見晴らし良い砂浜を。


 砂は柔らかくブーツが沈む。

 走りにくかった。


 間もなく、林から姿を現した面々を見てイアンは凍り付いた。


 五人……確かに五人だった。

 その内、三人はよく知った顔……



 ──カオル、キャンフィ、イザベラ



「忠兵衛! 忠兵衛ではないか!」


「アスター様! よくぞご無事で!」



 アスターは(ラヴァー)をしまった。

 どうやら先頭のちょんまげ男と知り合いみたいだ。


 イアンは一歩下がり、二歩下がった。

 三歩、四歩、五歩……ジリジリ後ずさる。

 本当は後ろを向いて走り出してしまいたい。


 思い出さないようにしていた。

 カオルとキャンフィのことは。


 自分を裏切った家来と哀れな娘のことは。

 

 顔を横に向け、見ないようにする。

 もうサチの所まで戻った。

 船長が不思議そうに見上げている。



「アスター様!! ご無事で何よりです」



 聞いたことのないしゃがれ声がアスターに呼びかけた。さっきチラッとだけ見えた変な髪型の男だろうか。まるで鶏のトサカのような……



「げっ! 何だ、お前らは?……さては船を沈めさせたのはお前らの仕業だな!? それ以上、近づくな! 忠兵衛、こいつらは我々の命を狙う悪漢共だ。カオルもそうだ。これ以上、近づけさせるな!」



 アスターが再び剣を抜く。小さな擦過音が聞こえた。



「アスター様、どういうことです?」


 困惑するちょんまげ。



「アスター様ー、誤解ですよー」


 軽薄なしゃがれ声。トサカ。



「サチ! サチ! サチは無事なの!?」


 恐らくは髪を振り乱しているイザベラ。



「イアン……」


 カオルの澄んだ声。



「……イ、イ……アン様」


 キャンフィは泣いている。



「忠兵衛えええ! こいつらを近づけさせるなああああ!!」


「え? あ……はい。カオル様、取りあえず止まってください……あっ! イザベラ様、行かないでくださいよ」

 


 困惑し続けるちょんまげ。



「だからぁ、誤解ですってぇー」


 しゃがれ声。トサカ。



「サチ! サチ! サチぃいいいい!!」


 イザベラ。



「うっ……うっ……ううう」


 キャンフィ。



「近づけさせるなああああ!!」


 アスター。

 困るちょんまげ。



 キャンフィは泣いている──


 イアンは前を向いた。

 逃げずに受け止めなければ。

 今までずっと逃げてきたからこうなったのだ



 ──もう逃げずにちゃんと向き合おう



 大きく息を吸い込み、顔を上げる。

 横に気配を感じた。

 


「サチ……」



 立ち上がったサチが隣にいた。

 いつの間にか抜刀して構えている。

 サチは咳払いした。

 そして、一言。



「刺激的な歓迎に感謝する……」



 まだ、声は掠れてる。

 だが、サチの言葉に場は静まり返った。



「忠兵衛さん、お久しぶりです。その節は世話になりました……忠兵衛さん、理由があるのです。彼らを近づけさせないでください。カオル、キャンフィ、イザベラ、ティモール……彼らはヴィナス王女殿下を暗殺した暗君の一味です。俺も何度か殺されそうになりました。アキラの死にも関わっています。俺はイアンを守らねばなりません。彼らを近づけさせず、テイラー卿の元へ案内していただけないでしょうか」



 絶句するちょんまげ……いや、忠兵衛。

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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる設定集

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― 新着の感想 ―
[良い点] こんばんは! 黄札さんの作品、こちらまで拝読しました〜! バラバラに散らばったピースが点をなし、せんを引き紡がれていくお話が、さらに深くなる∑(゜Д゜) 明かされる真実に、当事者同志は読者…
[良い点] 忠兵衛、大混乱ですね(´ω`)
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