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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる  作者: 黄札
第二部 イアン・ローズとは(後編)一章 英雄と剣
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1話 捕らえられたリゲル

(ユゼフ)


 王の間にて。ユゼフは引っ捕らえたリゲルをシーマの前に連れてきた。


 肉感的な赤い唇。垂れ目。派手すぎる金髪は顔のイメージと重なれば、軽薄な印象すら与える。魔女のリゲルはふてぶてしく立っていた。


 城の魔術師を十人集めて、魔封じの呪詛をかけたから抵抗できないはずである。それなのに、人を食ったような態度は変わらなかった。


 人払いしてから、シーマは質問を始めた。



「さてと……存外、馬鹿なんだな、おまえは? なんで、城内をうろついてたんだ?」


「ミリアム太后に用事があってな」


「太后に? どういう用事だ?」


「それは太后に直接聞けば?」



 リゲルは横柄な態度を崩そうとはしない。シーマはユゼフに目配せした。ここからはユゼフの仕事だ。


 時間の壁が現れたせいで、ユゼフのグリンデル行きの話はなくなっている。失恋にヴィナス王女の死という大事件がかぶさり、ユゼフはいつにも増して鬱々としていた。


 ディアナがヴィナス王女を殺害したことで、ユゼフは冷静になれた。自分を振った女の悪辣さは心を慰める。ディアナは亜人を憎悪するヘリオーティスとも密接な関係にある。可愛さ余って憎さ百倍。敵とみなせば、苦しみは和らいだ。


 心の平安を失ったシーマに対して、憐れみもあった。ユゼフがいなければ、シーマはやっていけない。その揺らぎない関係性がユゼフの存在理由となっていた。


 

「シオン様をどこへやった??」


「安全な所じゃ。ヴィナス王女サマに頼まれてな」


 

 ユゼフがキツく見据えても、リゲルは悪びれる様子もない。まったく信用ならない女だ。この女はカオルたちを五年前へ送り、ユゼフやアスターを暗殺しようとする手助けをした。それだけではない。


 ニーケ王子を確保せよという指示内容の(ふみ)を奪われるところだった。これは先の謀反が、シーマの策謀だったという決定的証拠になりかねない。



 ──ティモールをあちら側に行かせて正解だった


 

 ティモールにはうまいこと、ディアナの暗殺隊に入ってもらった。スられたと見せかけ、ラセルタに文をコッソリ返したのである。ティモールを通じて、ユゼフにはディアナ側の情報が手に取るようにわかった。アホのトサカ頭も、そこそこ役には立っているのだ。



「適当にはぐらかすんじゃない。地下室で死を懇願したくなかったら正直に話せ」



 ユゼフは低い声で凄んだ。リゲルは首をかしげ、笑顔を見せる。脅されている時の顔ではなく、口説かれている時の顔だ。



 ──くそっ……俺じゃ、全然ダメだ。やっぱり、拷問吏に任せよう

 

 

 生ぬるい詰問で話すような女ではなかった。直接、話してみようと思ったのが間違いだったのだ。しかし、この女はユゼフたちのことをどこまで知っているのか。拷問吏にあまりベラベラしゃべられても困る。秘密を知る人間は、なるべく少ないほうがいい。

 


「おまえの目的を言え。ディアナ様の間者なら……」


「はははっ……なに言ってる? エゼキエルよ」


「なにがおかしい?」



 前世の名を呼ばれたユゼフは動揺した。



 ──なぜ、その名を知っているのだ??



「あのなぁ、わしは誰の味方でもないよ。ディアナへ協力したのはたまたまじゃ。過去を変えようとすれば、あいつらも報いを受ける。おまえらとあいつらの両方から死人が出れば、面白れぇって思ってさ……」



 リゲルの言葉にユゼフは激怒した。この女は国を二分するほどの争いを、ただの遊びだと思っている。すでに何人も死人が出ているのだ。許せない。シーマも同じ気持ちだろう。



「もう、いいだろ。この魔女に何を聞いても意味がない」


「そうですね。陛下のおっしゃるとおりだと思います。この女が拷問で口を割るとも思いませんが……」



 しかし、話を切り上げようとしたとたん、リゲルは慌てた。



「待てよ。誰がシオンの居場所を教えないと言った?」


 

 意外である。拷問されるのが嫌だったのか。すんなり折れた。


 リゲルが紙を要求したので、厳重な警戒のもと指で書かせた。インク壺に指を突っ込み、リゲルは紙の上に指を這わせる。黒い手袋をはめた右手ではなく、左手で書いた。


 細く白い指は妙になまめかしかった。綺麗な指をしている。指の動きは愛撫しているみたいに、ゆっくり、じっとり動いた。



「しかしなぁ、エゼキエル、おまえのオモチャはなかなか面白い物を提供してくれたぞ。シオンという究極の演者をな」



 はて、オモチャとは?──ユゼフは首をひねる。シオンはシーマの息子だが演者とは? 


 シーマを見ると、顎を人差し指で叩いていた。シーマが顎を触るのは、考えごとをしているか、苛立っている時だ。今は後者かと思われた。


 指を走らせる間も、リゲルは口を休ませなかった。



「さて、おまえらのうち、次は誰が死ぬと思う? 英雄王サウルは最後の砦じゃが。グリンデルの王子、ガーディアンもいるぞ。魔王よ、ここでオモチャを殺されれば、おまえは困るじゃろう。魔国へ持って行く非常食がなくなってしまうからな……」


「黙れ」


「黙った」



 ユゼフに言われ、リゲルは目尻を下げる。もともと垂れ目だから、もっと下がってフワッと優しい顔になる。ユゼフはつい見入ってしまった。どうも調子が狂う。


 リゲルは青くキラキラした目でユゼフを見つめ、紙を差し出した。話す内容は醜悪なのに、人形みたいな可愛い顔で見られるとドキドキしてしまう。ユゼフは無表情を装い、紙に目を通した。



「……これはシオン様がおられる場所の住所か?……島……教会?」


「そうじゃ。花畑島の教会で働いてるぞ」



 花畑島は内海の奥にある鳥人が住む島である。観光地なので、ユゼフもなんとなく知っている。



「働いてる?? シオン様が?」


「ああ、下働きじゃがな。結構、頑張ってるぞ。イアンは」


「イアンだと!?」



 ユゼフとシーマは同時に言ってから、顔を見合わせた。思いがけない名前だ。謀反の責任を全部押し付け、この世から抹消した男の名前が出ようとは。それはユゼフたちにとって、記憶から消し去りたい名前であった。



「そうじゃ。イアンじゃ」


「ふざけるのも大概にしろ。俺と陛下はシオン様の行方を聞いてるのだ……」


 

 さすがにユゼフも堪忍袋の緒が切れそうだった。だが、次の言葉を聞いて愕然とした。



「ふざけてないさ。だってイアンがシオンなんだからな」


「……え?」



 硬直するユゼフを嘲笑いながら、リゲルは続けた。



「時間の壁を通って二十五年前のローズ城にシオンを預けた。シオンはイアン・ローズとして育てられたのじゃ」


「そ、そんな嘘を……」


「嘘じゃないよ、エゼキエル。その証拠にシャルドンの家宝クレセントはイアンの持ってるアルコと同じ物じゃ。父の形見としてシオンに渡してくれと、ヴィナスに頼まれたのじゃ」


「ま、ま、まさか……そんな……」


「動揺してるな、エゼキエル。どうやら同時代に同じ人間が存在することはできないが、道具は別らしい。イアンのアルコは確かおまえが持ってたな? シーマにクレセントと同じか確認してもらうといい。まあ、そこまでする必要もないか」



 そこまで言うと、リゲルは「ヒヒヒッ」と気味の悪い笑い声を立てた。

 

 突然……


 シーマがドサリ……玉座に倒れ込んだ。ショックのあまり、気絶したか。



「へっ……陛下っ! どうされました!?……え? シーちゃん??」



 シーマは完全に意識を失っていた。しかし、どうも様子がおかしい。薄目を開けているが、瞳孔が開ききっている。呼吸も異常なほど浅い。脈も弱まっている。これではまるで、死ぬ直前だ。ユゼフは狼狽した。


 

「しかし、おもしろいなぁ、おまえらは。二人で一つってやつか? どちらかが欠けても、不安定で壊れてしまう」


「シーちゃん? シーちゃん!? おまえ、陛下になにをした??」


「演者は全員出揃ったか。四人の王とガーディアンたち。顔合わせも終わったようじゃな? 魔王よ、喰われないように気をつけろ。とんでもない化け物が控えてる……」



 リゲルは意味のわからないことを話し続ける。ユゼフの呼びかけにシーマは答える気配すら見せなかった。

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