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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる  作者: 黄札
第二部 イアン・ローズとは(前編)五章 シオン王子の行方
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80話 仮装パーティー②(サチ視点)

(サチ)


 仮装パーティーの翌日──


 泥酔したサチは、ジャメル家のソファーで一晩過ごした。

 

 普段、飲み過ぎることは珍しいのだが、知らないうちにストレスが溜まっていたのだろう。朝ご飯をご馳走になり、二日酔いのまま王城へ出勤した。

 

 戦争中でなければ、騎士の仕事のほとんどは鍛錬と警邏(けいら)、警備、護衛、式典への参加などである。いつでも必要とされる仕事ではない。お飾りのようなものだ。



 ──税金の無駄使いだな。戦はないのが一番だが……しかし、この大陸では致し方ないのかもしれん。騎士という戦闘の専門職が必要とされるのは……



 ボンヤリした頭でグチャグチャ考えている間に王城へ着き、サチは騎士団の兵舎に向かった。



 ──そういや、ランは昨日どうしたのだろう?



 町の祭りを見に行きたいと言っていたのに、ランは早々に帰ってしまった。あとでジャメルの奥さんから聞いたのである。リンドバーグの城から迎えに来てもらい、帰ったと。途中からどことなく機嫌が悪そうだったし、サチは少々気になった。


 と言うのも、久しぶりに羽目を外したというか……ジャメルやファロフと大騒ぎしていたかもしれない。

 

 嗅ぎ煙草を回し合ってすっかり気分が良くなり、ランのことを放っておいて、男同士でワイワイやっていたのだ。



 ──女性同士で楽しそうにおしゃべりしていたように見えたけど……



 一度、声をかけてみたが、よそよそしい感じで女性グループのほうへ行ってしまった。女同士のほうが楽しいのかと思い、また放っておいたら、いつの間にかいなくなったのである。



 ──そういや、あいつも……



 イザベラも姿を消していた。彼女からは話を聞きたかったのだが……



 ──まあいいさ、探ったところで俺の得にはならないのだし。これから知恵の島へ行って、学生に戻るのだから……



 モヤモヤした気持ちを追いやり、サチは寮へ帰った。

 

 だが、寮に戻るなり、待っていたのは思いがけない呼び出しだった。


 寮に届く(ふみ)は当番の伝書係が管理する。その伝書係が持ってきた文には「話があるからすぐ来なさい」とあった。他にはなにも書かれていない。


 送り主はリンドバーグだった。



 ──なんだろう……



 漠然と不安が込み上げてきた。嫌な予感がする。こういう予感は外れたことがない。



 早速、上官のグラニエに許可をとり、サチはリンドバーグの城へと向かった。

 

 遅刻……昼頃に出勤したあげく、すぐまた出て行くという。呼び出しの相手が財務大臣ということもあるが、戦じゃない時の騎士団は融通がきく。かなり適当というか、おおらかなのである。


 虫食い穴を駆使すれば、大陸の北にある城までは二時間程度でたどり着いた。



 しばらく、居館の玄関でサチは待たされた。


 いつもだったら、玄関先で待たされることはない。リンドバーグが忙しい時は奥さんかラン、またはランの姉のケイトが応対してくれる。しかし、今日は誰も出てこなかった。


 ややあって、サチを執務室へ案内したのは使用人だった。 


 雑多な書類が散乱する執務室へ通されるのは久しぶりだ。いつもは応接間や、家族のいる居間へ案内されることが多い。



 ──初めてここに来た時のことを思い出すな……



 勢いよく飛び出た鳩時計を見てサチは思った。古びた頑丈な机も、やや傷ついた木の床もあの時と変わらない。変わったのは秘書がグラニエではなく、別の若い男性に変わったことぐらいだ。


 十三年前、すべてを失ったサチはここで待たされていた。慌ただしく動いていく書類の山をただ、ただ、ボーと眺めて……


 養父母と住む家まで一度に失った。大切に育てられた世間知らずは、突如として世間の荒波に放り出されたのだ。

 あれからいろいろあって、つらい経験もたくさんしてきたが、やっと報われる日がきた。幸せな家庭と夢の実現が今まさに叶おうとしている。


 今日は待たされなかった。


 サチが入ってくるなり、リンドバーグは秘書を下がらせたのである。挨拶を遮られ、とりあえず座りなさいと事務用の固い椅子を勧められる。


 秋も深まってきたというのに、リンドバーグの丸い顔にはプツプツと汗の粒が見えた。ハンケチで拭き拭き、いつもだったら笑顔を見せるところが……いやに強ばっていた。



「まず、結論から言わせてもらう」



 そう口火を切ったリンドバーグの目つきは鋭い。



「ランとの婚約はなかったことにしてもらいたい」


「えええっっ!?」


 

 ショッキングな展開にサチは言葉が出てこない。リンドバーグは気にせず続けた。



「君との友好的な関係を壊す気はないのだが……知恵の島への入島希望の話はちょっと待っててくれ。今、ヴィナス王女が亡くなったばかりでそれどころではないのだ。もう少ししたら、宰相殿に話そうと思う」


「あ、あの、いったいなにが……」


「恋人がいるんなら、事前に話してくれないと……」


「へっ? 恋人??」


「私も男だから、多少のことは仕方ないと思ってるし理解もしてるつもりだ。だから、事前に相談さえしてくれれば良かった。そうすれば、不用意にランを傷つけたりはしなかったのだ」

 

「ちょっと待ってください。私に恋人など……」


「亡くなったクレマンティ殿の娘と付き合ってるんだろう? ランは彼女から直接聞いたと言っていた」


「は!? クレマンティ……イザベラとはなにも……」


「頼むから言い訳はしないでくれないか? 君との付き合いをやめるつもりはないし、娘を傷つけたことも許そう。ただし、この話はなかったことにしたいのだ。わかってくれるかね?」 


「ええ。でも、まったくの誤解なのです。話を聞いていただければ……」


「何度も言うが、言い訳は聞きたくないんだ。妻はカンカンに怒っている。もう、ランは君の顔を見たくないし、そっとしておいてほしいんだ。男だからしょうがないことだと、わかってはいるよ。だからこそ、ランのことはすっぱりあきらめてほしい。詰めの甘かった君に非があるのだから。もう、なにも言わないでくれ」



 そこまで言われると、口をつぐむしかなかった。しかし、こんなことを受け入れられるわけがない。サチは混乱したまま、話を聞くしかなかった。



「こんなことになっても、君がいい人間だということはわかっている。借りもあるしね。だが、屋敷を訪ねるのはしばらく控えてほしい。ランが結婚するまでは……」



 リンドバーグの口から飛び出す残酷な言葉の数々……滅多刺しにされ、ぐうの音も出ないほど打ちのめされる。


 納得はしていない。できるはずもない。嘘の恋人をでっち上げられて、幸せの絶頂から一気に突き落とされたのだ。



「わかりました」


 

 一切、言葉を受け付けないリンドバーグに対し、サチが発したのはそれだけだった。


 ふたたび思い出すのは十三年前、祖父母と住む家を失った時である。あれ以来、物事が上手くいきそうになると必ず邪魔が入るようになった。


 学匠の学校へ推薦状を書いてもらった時も、違う学校へ行くことになったし……ローズ家に仕官し、それなりに認められてきた時も……イアンが謀反を起こした。謀反の時もそうだ。シーマをあともう少しで倒せるところだったのに、グリンデルから援軍が……

 

 魔国での生活が落ち着いてきた時も。帰国後、騎士団に入りアスターの娘ユマとの婚約が決まった時だって……


 いつだって邪魔が入る。それも不条理な形で。


 自分は悪くないのに理不尽なことが起こり、一切合切もぎ取っていく。それまでに自らの努力で勝ち取った物、すべてを。

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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる設定集

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― 新着の感想 ―
[良い点] サチ、ついてないですね。 しかし、ランもリンドバーグも何故無条件でイザベラを信用するのか……。
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