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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる  作者: 黄札
第一部 新しい王の誕生(前編) 二章 闇の気配
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30話 取引材料②

 深い森に突如、出現した粗末な集落。周りをぐるっと板塀で囲っているのは、魔獣の襲撃を防ぐためであろう。薄っぺらい板一枚で防御できるものなのかと、ユゼフは(いぶか)しんだ。板からはなんの魔力も感じられない。幸い、疑問はすぐに解消された。


 早朝の空気を色で表すなら、青色だ。太陽から届く最初の色が青色で、次第にそれが薄まって暖色系に支配される。

 夜霧を蹴散らす最初の光は物寂しげでありながら、気高く荘厳である。誰もが知っている世界ではない。ほんのわずかな時間だけ世界は静なる青に包まれる。空から溶け出した青色が木々のてっぺんを通り、地面の隅々にまで広がっていく。汚れなき青。

 その清らかな青い空気を死臭が汚していた。


 ──血だ


 囲いの板塀に魔物の血を塗って、人間臭さを消していたのである。

 生首二つを手土産に訪問する。死神のような自分と相性が良さそうな場所だとユゼフは思った。

 

 見張りの盗賊に名乗り、馬から降りる。腰の物を地面に置くのは当然だ。どんな共同体だろうが、武装した不審者を無条件で受け入れるわけがない。

 賊というのは、不法な戦闘により利益を得んとする者たちである。彼らの前で丸腰になるのは相当のリスクを伴う。覚悟の上だ。

 ヴァルタンと聞いて、驚きを隠せぬ見張りにユゼフは余裕の笑みを浮かべた。生まれて初めての交渉だからこそ、思いっきり虚勢を張ってみる。


 盗賊のことはよくわからないが、力がすべての世界では舐められたら終わりなのだろう。

 見張りの一人が塀の向こうへ引っ込んでいる間も、ユゼフは堂々と待った。

 彼女を……ディアナを救い出したい。絶対にやり遂げなくては──固い決意が臆病風を蹴散らした。


 待つこと数分──


 獣耳の生えた亜人の盗賊に案内され、ユゼフは頭領の屋敷へ向かった。

 中は思いのほか広々としていた。大きな広場と湖が簡易な平屋を挟んでいる。屋根を壁で支えただけのシンプルな平屋は集会所と思われた。

 戸の()まっていない出入口と窓から、楽しそうに酒を飲み、賭事をする連中が見える。広場では数人が剣を打ち合っていた。

 人の出入りが激しいのだろう。ユゼフはたいして注目されなかった。好奇の目を向けてくるのはごく数人だ。

 

 特徴的なのは亜人の数。

 尖った耳を持つ妖精族から、獣の個性を持つ獣人族、はたまた触覚や透明な薄い膜でできた羽根を持つ蟲族なんてのもいる。

 亜人の多いモズでも、多少の差別はある。職にあぶれやすい亜人種が犯罪者集団に加わるのは、自然な成り行きなのかもしれなかった。

 それと女子供。帯剣していてもまだ幼い顔つきの少年がゴロゴロいるし、点在する住居の軒先で洗濯をしている女や群れて走り回る幼児の姿も見える。


 ──いやに生活感あるなぁ


 思っているより、彼らは恐ろしい集団ではないのかもしれない。

 見るからに盗賊という風貌の厳つい男たちもいるにはいる。だが、大半はどこにでもいそうな若者が多い。下町の風景と大差なかった。

 下町の不良少年が集まって、集落を作った──そんな感じ。


 いい具合に緊張がほぐれたところで、目的地に着いた。

 頭領のいる屋敷は広場と集会所の脇を過ぎた一番奥。煉瓦造りの四階建てだ。廃材を組み合わせて作った粗末な住居が点在するなか、豪華というほどでもないにせよ、まともである。兵士の宿舎にありそうな外観だ。都市部に近年見られる集合住宅にも似ている。


 通された部屋には頭領だけでなく、他に見覚えのある二人も待ち構えていた。 

 熊のような外見の巨漢──ナフトで遭遇した。宿営地が襲撃を受けた際、ミリヤを連れて行った男だ。

 それと、長い髭をへその位置まで伸ばした大男。おそらくはダリアン・アスター。

 髭の両端を丁寧に三つ編みしており、先を一つにまとめてリボンで結わえている。上に怖そうな親父の顔が載ってなければ、乙女の後ろ姿である。

 男気に当てられ、ユゼフの心拍数は上がった。父や兄を彷彿とさせる強い男性像は怖れを呼び覚ます。

 

 ユゼフは美しい顔の頭領をにらむことで、気持ちを落ち着けた。こんなことで、ひるんでいては失敗する。

 頭領は男たちに挟まれ、真ん中に座っていた。傷跡より顔の美しさのほうが際立つのもおかしな話だ。変な既視感を覚えてモヤッとするも、カオルに似ているからだとユゼフは思い直した。

 頭領はにらみ返してきた。


 ──大丈夫だ。そんなに怖くない。横の二人に比べれば。


 頭領をやるぐらいだから、このなかでは強いのだろう。だが、気弱な知り合いに似た顔立ちは、怖ろしさを和らげてくれた。

 傷がなければ、盗賊らしくない。ただの美男子だ。額から斜めにザクッと切られた醜い傷痕は、彼にとって良い印なのかもしれなかった。

 

 不器用な言葉より、成果を見せて黙らせろ──


 ユゼフの心のなかで叫ぶ声がする。自身と彼らの間に置かれた長テーブルにバン!……と手をついた。次に……

 ユゼフは背負っていた袋をテーブルの上に投げ出した。

 何も言わず、生首を放り投げたのである。家畜に餌でもやるみたいに、赤い血の滲んだ生臭い袋を差し出した。

 突然の行動にさすがの頭領も目を丸くしている。横の二人も同じく。

 

「なんだ、これは!?」

「これは貴公らの雇い主の首だ」


 困惑する頭領を尻目にユゼフは続けた。


「取引をしよう」


 しばしの間、沈黙が場を支配する。

 突然、長髭親父が笑いだした。


「おもしろい、おもしろいぞ! ユゼフ・ヴァルタン!! 気に入った!!」

「あなたは……」

「ダリアン・アスターだ」


 思ったとおり。

 アスターが手を差し伸べたので、ユゼフは握手した。


「話は首を見てからだ」


 頭領は袋から首を出し、熊男と検分した。

 まず出てきたハゲ頭、これには見覚えがあったようだ。頭領が小さく息を呑むのを聞いた。あとから出てきたのは、神経質そうな若い男。中途半端な長さの髭と歪んだ口元が王子ということを忘れさせる。

 首だけになってしまえば、誰もが数で捉えられるだけの記号になってしまうのかもしれない。王子と謁見した時、カチコチに緊張したことを思い出し、ユゼフは頬を緩めた。


「確かに。これはコルモランの首だが……こっちは?」

「カワウのフェルナンド王子だ」

「……王子、だと?」

 

 頭領と熊男は驚きのあまり、言葉を失った。

 ユゼフは平然と言ってのけたあと、頭を掻きながら照れ笑いした。相手が動揺すればするほど、こちらは落ち着いてくる。不思議なものだ。

 頭領の顔が驚きから、疑いへと変わる。それでも、ユゼフは怖気づいたりしなかった。彼は同じくらいの年齢だし、ひょっとしたら仲良くなれるかもしれない、とまで思えてくる。


「失礼だが、アンタの剣の腕前では……」

「そう、剣は苦手なんだ。でも、俺は騎士ではないから、正々堂々と戦わない。どんな手でも使う」

「それにしたって護衛がいるだろうし……どうやった?」

 

 ユゼフは少しの間、言う台詞をまとめるために天井を眺めた。一息吸ってから、どもらないよう、ゆっくり話し始める。


「まず、王子と二人きりになるよう仕向けて……それから心臓をひと突き。声を上げさせず仕留める。それから、遅れてやって来たもう一人を同じようにブスリと……」

「そう簡単に……」

 

 頭領は言いかけてからハッとした。おおかた、ユゼフが幌馬車から逃げる時に倒した見張りのことを思い出したのかもしれない。あの時も心臓をひと突きにした。


「まあ、いいではないか? その話は後ほどゆっくり聞こう。それより、今は取引の内容を聞こうではないか?」

 

 アスターが口を挟んだおかげで、それ以上追求はされなかった。

 どうやって倒したかなんて、説明できるわけがない。人の気を読めるなんて、信じてもらえる話ではないし、ユゼフ自身もよくわからないのだ。


 ユゼフはまっすぐに頭領を見据えた。

 やっぱりカオルによく似ている。下を向いてばかりの引っ込み思案に、もっとしゃべりかければ良かったと、今さらながら後悔した。


「王女がさらわれた」

 

 唐突にユゼフは本題へ入った。反応を確かめるために言葉を切る。


「襲って来た者の気配から、魔国に連れ去られたと考えている。救うために貴公らの力を借りたい」

「魔国だと!? 貴様、正気か?」


 熊男があんぐり口を開けている。ものすごい馬鹿面だ。この男も大丈夫。もう怖くない。


「俺は本気だ。力を貸してくれたら、それなりの報酬は約束できる。死んだ雇い主の代わりにな?」

「報酬を払うのは何者だ?」

「シーマ・シャルドン。主国の国王になる方だ」

「……国王……アンタはその、国王になる男に雇われてるのか?」

「雇われてはいない。俺の主人であり、王に最も相応しい方だ」


 頭領はしばらく考えこんだ。

 当然だろう。こんなことを即座に処理できるほうが異常だ。

 彼らに優位性を充分提示できたので、ユゼフは落ち着いて待った。王子の暗殺ができたのだから、盗賊との交渉など容易(たやす)いものだ。それくらいの覚悟がなければ、ディアナは助けられない。

 ややあって、頭領は静かに口を開いた。


「俺の兄が仕えているイアン・ローズというのは?」

 

 ユゼフは答える代わりにヴィナス王女の文を渡した。国内での内戦やイアンの立場はこれを見れば、理解できる。文に目を走らせ、青ざめるアナンを見て、ユゼフは微笑した。


「カオル・ヴァレリアンはイアン・ローズの忠実な家臣だ。残念ながら、内戦ではイアンに勝ち目はない。グリンデルから援軍が来る予定だから」

「グリンデルから? どうやって? 時間の壁は?」

「時間の壁には通り道がある。王女を助けたら、その場所を教えてやってもいい」

 

 頭領はまた黙った。ふたたび待たされる。

 イラついているのだろう。その間、熊男はそれこそ檻に閉じ込められた猛獣のごとく室内をうろついた。


 一方のアスターは涼しい顔をして髭を(いじ)っている。こちらは何を考えているか、まったくわからない。

 このアスターが曲者かもしれない──とユゼフは思った。

 盗賊でもないのに、なんでここにいるのか? 騒ぎを嗅ぎつけ、うまいこと報酬にありつこうとしているのかもしれない。


 ──まあいい。そっちが悪巧みをしているんなら、こちらもそれを利用してやるさ


 こんなことが考えられるまで、ユゼフは成長していた。理不尽な暴力から逃げ、戦い、運命に抗おうとしたことで強くなったのである。


「魔の国は危険過ぎる。少し時間をくれないか? 即断はできない」

 

 やっと口を開いた頭領の言葉は消極的だった。

 肩の荷が下り、ユゼフは脱力感に襲われた。

 取りあえず、捕らえられたり、殺されたりといった危険は回避できた。

 大成功でもないが、失敗はしなかった。自信なさげな頭領の目から敵意は消えている。兵を出してくれなくとも、情報提供はしてくれるかもしれない。それに、しばらく滞在させてもらえそうだ。

 初めての交渉にしては上出来だった。


 約束の月まで、まだひと月ある。ここまで来れたんだ。なんとかなるさとユゼフは能天気に構えた。

 グリンデルの援軍はもうシーマのもとに届いただろうか? 


 ──シーちゃん、なんとか乗り越えてくれ。俺は王女様を絶対に取り戻すから

次話から場面が変わります。壁の向こう、主国にいるシーマ視点になります。

ここまでお読み下さりありがとうございました。お気に召されましたら、ブクマ、評価してくださると幸いです。


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