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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる  作者: 黄札
第一部 新しい王の誕生(前編)一章 壁の出現
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3話 かぎたばこ

 護衛隊が野盗に襲われたのは二日前。不思議なことに最後尾の補給隊だけ襲われた。本隊は無傷だ。

 最後尾に水と食料を運ばせるなど、とんでもないとユゼフは思う。だが、ダニエル・ヴァルタンにとって兵士の並びは規則正しく美しくあるべきで、隊列を乱す補給隊はうしろが定位置と決まっているのだった。

 おかしいと思っても、ユゼフには意見を言えるほどの権限がなかった。隊長の兄とは、領主と使用人ほどの距離感がある。

 そして、飲食をセーブしないのは王女だけではない。この隊のほとんどの人間が能天気だった。逃げるように王城を出たにもかかわらず、一行はモズの中心街に着けば、受け入れられ歓待されるものだと信じていたのだ。


 ──たった二百程度の兵で、国の第一王女を守っている状態が安全だとは思えない。しかも壁に遮られ、援軍の望みがない状況だ。

 

 なにより、ユゼフは嫌な予感をずっと引きずっていた。

 気持ちを落ち着かせようと、腰袋から嗅ぎタバコを取り出す。嗜好品には鎮静作用がある。ユゼフは丸い小箱に鼻を近づけ、独特な香りを確認した。

 これはカワウの城下町を出るときに、亜人(デミ・ヒューマン)の子供から買ったものだ。長引いた戦争の影響で、城下は子供の物売りや手足のない物乞いで溢れていた。


 亜人──人間とは異なる種族である。

 差別され、国によっては奴隷の扱いを受けている。ユゼフに煙草を売った子供も酷く汚れていて、妖精族の特徴である尖った耳がちぎれていた。金を渡した時、茶ばんだ乱杭歯(らんくいば)を見せて、ニッコリ微笑む子供の顔が脳裏に焼き付いている。

 

 一方、城では毎日のように大勢の着飾った紳士と貴婦人が集まり、舞踏会やら音楽会やらを開いていた。

 入り口までなら、ユゼフも兄のお供で何度かついて行ったことがある。窓から溢れる光や人々の楽しそうな笑い声、楽器の美しい音色が聞こえてきて、自分と縁遠いことは直接見なくてもわかった。


 鳥の王国とカワウ王国の八年にも及ぶ戦争が終わったのは、二ヵ月前の水仙の月だ。

 戦争終結にあたって、両国の王女と王子の結婚が確約されていたかどうかは知らない。政治的思惑などユゼフは、正直どうでもよかった。

 なにより最悪なのは宦官(かんがん)にされることだ。兄たちが無事に帰還したため、王女の侍従として仕えることが決定してしまった。

 別に兄たちの死を願っていたわけではない。しかし、ユゼフは兄たちが死んだときの保険である。保険として必要なくなれば、別の方法で家のために貢献する。貴族にとっては当たり前のことだ。受け入れねばならぬ。

 煙草の粉を吸い込む。勢いよく吸いすぎて、くしゃみが出ようが気にしない。不安やら喉の渇きやら空腹やらが、少しは落ち着くのだから。


「育ちの悪さが出てますよ? 見張り中に煙草なんか吸って。言いつけますよ」

「そしたら、おまえが吸っていたと話す。おまえの悪童ぶりは有名だからな?」

「うわ。最低だな! エラい人たちの前では、おとなしいくせに」

 

 おとなしくするよう、矯正されたのだ。おまえのような平民には、この気持ちはわかるまい──ユゼフはフッと何気なく視線をそらした。そこで、荒れ地の向こうで光るものに気づいた。


 ──なんだ?


 この土漠は十スタディオン(二キロぐらい)先まで木も家もなく、見晴らしが良かった。賊が近づいていたとしても、すぐにわかるはずだ。

 光が見えたのは一瞬だったので、確証はない。火だとしたら、明るさの度合いからだいぶ近い。


「気づいたか?」

「ええ……」

 

 レーベの顔が先ほどとは打って変わって、こわばっている。

 王女の天幕は宿営地のど真ん中にある。隣には侍女たちの天幕、少し離れた所には隊長ダニエル・ヴァルタンの天幕、兵士の天幕はその周りを囲んで設営されていた。

 人数はわからない。だが、かなり近くまで来ているのは明らかだ。暗闇のなか、平伏姿勢で音を立てず近づくには、それなりの訓練が必要だろう。彼らは賊ではないのかもしれない。


「隊長に知らせに行く」

 

 ユゼフがそう言った直後、ヒューーー!!……と風を切る音が聞こえ、間をあけずボンッという爆発音が響いた。

 衝撃と同時にやってくるのは眩い赤、熱気、焦げる匂い。数分前までいた隣の天幕が一瞬で炎に包まれる。中にいるシーバートは?……老人の安否を気遣っている暇はなかった。

 それを皮切りに次々と火が飛んできた。風を切る音が背筋を凍らせる。それが何度も何度も……

 数秒の間に王女と侍女の天幕を除いて、周りは火の海となった。


 どうやら火矢ではなくて石だ。投石機で飛ばした石が、落下後に着火するよう仕掛けている。 

 左右の天幕が火に包まれたとたん、ワーッという(とき)の声が聞こえた。敵が攻め入ってきたのだ。静かな宿営地は、叫び声と剣がぶつかり合う音で騒然とした。


 ──もう手遅れかもしれない

 

 ユゼフは兄のもとへ行くのをあきらめた。


「今のは、なんの音です!?」

 

 声は天幕の入り口に立った侍女のミリヤだった。ユゼフは答えず、ミリヤを押し退け、中へ入った。脳がフル回転している時は、周りが見えなくなる。

 ディアナ王女はベッドの上でシュミーズ※姿だった。天幕内はランプの光で明るいから、胸元がはっきり見える。


「なんなの!? いったい?」

 

 困惑するディアナを尻目にユゼフは行李(こうり)を開け、中の衣類をいくつか引っ張り出した。


「ユゼフ、おまえ、気が狂ったの?」


 ディアナの質問を無視し、ユゼフは背後でまごついているレーベにガウン※とマントを渡した。


「おまえはこれを着て、表から逃げろ」

「は?」

「敵方はここが王女様の天幕だと認識している。離れた所からずっと……今も見られている可能性が強い」


 王女の周りの天幕は正確に狙い打ちされていた。どこからか、ずっと見られていたのだ。内通者もいるだろう。


「おまえは背丈格好が王女様に似ているし、女のようにも見えるから囮に適している。俺は王女様をお連れして裏手から逃げる!」

「ちょっと待ってくださいよ! それで、ぼくが狙われて殺されたら、どうするんです? 嫌ですよ。そんなの…」

「大丈夫。憎まれっ子、世に(はばか)る、だ。おまえは死なないだろう。悪運強そうだしな?」


 レーベは首を縦には振ろうとしなかった。無理もない。どう考えても危険な役回りだ。しかも、大嫌いな男からの命令とあれば、聞きたくないのもわかる。ユゼフとレーベは押し問答を繰り返した。

 永遠に続きそうなやり取りを終わらせたのは外野である。不意に、うしろで見ていたディアナが立ち上がった。


「言うとおりになさい! 協力しなければ、国に帰ってから捕えるわよ?」


 悪童は、問答無用で従わされることになった。




挿絵(By みてみん)

薄いですが、赤い線が国境で時間の壁が現れた位置です。


挿絵(By みてみん)

今、ユゼフたちがいる場所。カワウの土漠。ここから隣のモズへと移動します。



※ガウン……女性用の衣服。コルセットなどで身体の形を整えてから着付ける。

※シュミーズ……スリップ。下着。


人物相関図↓

挿絵(By みてみん)

設定集ありますので、良かったらご覧ください。

地図、人物紹介、相関図、時系列など。


「ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる~設定集」

https://ncode.syosetu.com/N8221GW/

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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる設定集

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― 新着の感想 ―
>おかしいと思っても、ユゼフには意見を言えるほどの権限がなかった。隊長の兄とは、領主と使用人ほどの距離感がある。 このあとすぐに殺されてしまう兄のダニエルですが、弟のユゼフとの親交のお話も特になく、…
[良い点] 拝読いたしました。 読むたびに、美味しい料理のように味わい深く、感動が湧き起こる作品です。 再び、再読させていただくことにしました。 1日に3話ずつ、ゆっくり読ませていただけたらと思…
[良い点] 序分の為政者や統治者たちの有り様と巷の人々の営み。エゼフの燻らせるかぎたばこ。この三話にあっての主人公の視点よ移動は物語の舞台よ広がりとなっています。これはこのお話の主人公がエゼフでなくて…
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